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内燃動車

内燃動車とは「内燃機関を搭載し、それを動力として走行する鉄道車両の事」であると理解している。内燃機関は一般的にはディーゼルエンジン、ガソリンエンジンを指し、古くはガソリンエンジンが主流だったが現在ではディーゼルエンジン車両やハイブリッド車両がメインとなっている。

幼少の頃、居住地は三複線の国鉄沿線だったので鉄道車両に慣れ親しんでいた。茶色の電気機関車が牽く長大な貨物列車、青色の通勤電車や橙色&緑色の中距離電車、クリーム色に赤帯の特急電車や夕方に来る青い寝台列車など、そのスピードと車両形態に目を輝かせて居たものだった。

中学校に入り、鉄道の仕組みに詳しい友人ができた。彼に鉄道の奥深さや旅の愉しみ方を教えて貰った。実際に中京の親戚宅に行った際に初めてディーゼルカーによる急行列車に乗った。これが内燃動車デビューであった。

列車名は「急行たかやま」。当時大阪発岐阜経由高山行き。私の乗車区間はミニ周遊券自由乗降区間の岐阜から美濃太田まで。車両はキハ58型と呼ばれる急行型の車両。岐阜駅ホームでの車両入線は列車惰行で「カラカラカラカラ・・・」とエンジンのアイドリング音。電車ばかり乗っていた私は気分的な衝撃を受けると共になにか温かみを感じた。

乗車し運転席後ろでかぶりつき。岐阜を出た列車は高山本線に入り、架線が無くなる非電化区間を走行。これもまた電車に慣れている私には感激であった。古い設計のディーゼルエンジンDMH17は唸りをあげて力行と惰行を繰り返し進行していく。当時は駅構内の一線スルーとはなっていなかったのでスピードは乗らないが、つぎつぎと通過する急行列車を楽しめた。

美濃太田駅では「みのおったー、みのおったー、太多線・越美南線は乗り換えです」との駅員アナウンス。駅弁売りも健在で「べんとー、べんとー」の響きも相まって旅情というモノを感じることが出来た。10分ほどの乗り換えで太多線普通列車に乗車し、多治見〜名古屋に出て0系新幹線で関東に戻った。これが初の一人旅となった。

この後の旅はプランニングで敢えて非電化路線を選ぶようになった。DMH17エンジンの響きやエンジン排熱を利用した暖房などにどっぷりハマったのであった。

現在このエンジンを積んだ車両は絶滅危惧種である。また乗りに行きたいが、大人の事情で動画サイトやDVDで我慢している昨今である。

※画像は小樽市総合博物館に静態保存されているキハ56です

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