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武装少女とステップ気候(目次)
クルドの少女によるハードボイルドマカロニウエスタン系童話
中東某国の内戦のなかで武装した少女兵が海を見に西へとあるいていくお話
Α:ピースメイカーは奏でない
1.許されざる一匹狼(マーヴェリック)
2.狂犬アノニマ
3.地雷を踏みつつコンニチワ
4.中東戦線異状なし (1)/(2)/(3)/(4)/(5)/(6)/(7)/(8)
5.荒野のエトランゼ (1)/(2)/(3)/(4)/(5)/(
Ω:血と精液に塗れたラヴ&ピースをあなたに
高良清彦は日本国陸上自衛隊に所属する自衛隊員のひとりでした。受験勉強に明け暮れた高校三年の冬、そして大学を卒業してからというものの、特に目的もなく、普通の恋人が居て、普通の人生……そう形容するのがぴったりだと、彼は思っていました。彼が自衛隊に入ったのは、一枚の写真が切っ掛けでした。当時の9・11テロ、それからイラク戦争……戦場カメラマンの捉えた破壊された街の写真を見て、彼なりに、漠然と、世界に対
もっとみる9.海を知らぬ少女の前に麦わら帽の我は (4)
色を失くした世界で、少女は煙の昇る拳銃を構えていました。
アノニマと呼ばれた少女は、瞳孔がきゅうう、とピントを合わせるのが分かって、倒れた男を見やりました。それはヨーイチ・ハルノ=ホセアと呼んでいた男の肉体でした。そしてそれはぴくりとも動かず、仰向けになって、間違いなく心臓を貫いた銃弾の風穴の開いた、赤茶けたメキシカン・ポンチョを、吹雪にいたずらに揺らしているのでした。
少女は銃口を外しまし
9.海を知らぬ少女の前に麦わら帽の我は (3)
浅く雪の降り積もる黒の海の中に、ぽっかり浮かぶ火の島がありました。人間の原始の発明は、冬の寒さを凌ぐために不可欠のものでした。そうでなくとも冬至の近付く北半球では、夜の長さは日々延びてゆき、馬とロバ、それに男と女の二匹と二人は、合わない歯の根をがちがち言わせながら、虚無の宇宙空間へ放熱してゆく孤独の寒さに震えていました。森の中で炎は揺らめいており、そして伸びる影も同様でした。
(花は私を嘲笑う、
9.海を知らぬ少女の前に麦わら帽の我は (2)
ニガヨモギという名前の星が落ちて、アノニマは狼の毒(トリカブト)を瓶から井戸に垂らしました。そうして、薬草アルテミシアから抽出・蒸留された、『不在(アブサン)』という名前の酒を一口飲むと、コブクロの痛みはなんとなく治まってくるようでした。
「なんで、毒を?」
流れ星に祈りを捧げていた小さな母親が、向き直って尋ねました。夜の雪はしん、と青白く黙っていてアノニマは答えました。
「敵が追ってきている。
9.海を知らぬ少女の前に麦藁帽の我は (1)
ステップ気候は雨季でした。空から落ちる雨粒は急速に冷却されて、結晶となり、柔らかな太陽の光を乱反射させて雪になりました。
色を失くした世界で、少女は煙の昇る拳銃を構えていました。
アノニマと呼ばれた少女は、瞳孔がきゅうう、とピントを合わせるのが分かって、倒れた男を見やりました。それはヨーイチ・ハルノ=ホセアと呼んでいた男の肉体でした。そしてそれはぴくりとも動かず、仰向けになって、間違いなく心
8.ぼくら、二十一世紀の子供たち (5)
雪は、しんとして積もっていました。迫撃砲を受けた野戦病院からは土煙が昇っていて、黒装束の軍団は、音もなく忍びよっていました。トヨタのピックアップ・トラックから増援部隊が降車して、荷台に積まれたブローニング重機関銃がガシャンと音を立てて装填されました。
政府軍が上がってきました。何人かは五〇口径の掃射で身体を半分にしました。遅れて、装甲に煉瓦を金網で補強しているT‐54戦車がやってきて、主砲でト
8.ぼくら、二十一世紀の子供たち (4)
思い返してみれば、自分自身と過去の出来事とは、実際に何の繋がりがあったのか、はっきりしないのでした。でも自分の思い込んでいる自分の過去を――いわば妄想を、否定してみると、確かに自分は空っぽなのだと分かるのでした。それでも左腕は誰のものでもなくなり、幻影だけが残り、そこには、代償としての赤黒い甲蟲が居座っているのでした。
「赤毛のお姉ちゃんが、脚をくれたんだ」
不意に、死角から少年の声がしました。
8.ぼくら、二十一世紀の子供たち (3)
――目が覚めると、そこはベッドの上でした。薄暗く、傍には誰も居ませんでした。枕元の台には飲みかけの冷えたファンタのクリアレモン味の缶が置いてあり、外では、軽い雪がちらついていました。
自分から伸びる管を目線でたどると、左腕に点滴を打たれていました。そしてその腕を持ち上げると、
「……あ、……」
左手首から先がありませんでした。傷は既に塞がっていて、神経もないはずなのに、なんだか痛みました。それは
8.ぼくら、二十一世紀の子供たち (2)
河を、渡っていました。脛までが水に浸かり、そしてそこはいちめんの葦原でした。少女は右手に回転式拳銃『ピースメイカー』を、左手には三日月型のカランビット・ナイフを構えながら、ワニのような爬虫類がそこらじゅうを這っているのを警戒していました。
対岸に、馬に乗った雪のような女性が見えました。少女は拳銃を構えました。と、手からふわりとその拳銃が逃げ出して、それはその女性の手に収まりました。少女はすっか
8.ぼくら、二十一世紀の子供たち (1)
少女は蒼ざめた馬に跨り、照り付ける砂の上をフル・スピードで駈けていました。暗い足跡を残して砂埃は舞い、その向かいから、ぴったりとこちらに向かって駆けてくるひとつの影がありました。
それは狂った一角獣(ユニコーン)でした。穢れを嫌うその白き毛並みは、大きな翼と一キュビットの長い角を生やして、半ば飛びながら、少女に殺意を向けておりました。
少女は背中の『リー・エンフィールド』小銃を手に取ると、脚
7.九月十一日に生まれて (5)
アポロが先に拳銃を抜きました。いいえ。正確にはゾーイが先にアポロに拳銃を抜かせました。アポロが『パラベラム・ピストル』の銃口をゾーイに向けるより早く、彼女は右腿の『ピースメイカー』の撃鉄を起こしながら、腰に拳銃を構えて彼の右腕を狙いそして、撃ちました。銃声は部屋中に響き正確にその右腕を撃ち抜きました。アポロは拳銃を取り落としました。ゾーイは続け様に、躊躇うことなく彼の左膝を撃ち、左手で撃鉄を煽る
もっとみる7.九月十一日に生まれて (4)
足音を引きずっていました。床や壁、天井をツル植物のように張り巡らされている、いろいろなケーブルを辿りながら、ゾーイは、痛む頭を抱えながらとぼとぼと一人歩いていました。青白い液晶の光が、奥から漏れていました。その広い部屋には、沢山の画面と、ウェブサーバ、チョッキを着た白ウサギの剥製、狂った懐中時計、それから高カロリー輸液のパックなどが散乱していました。その中央に、舌を出して動かなくなっている狼犬の
もっとみる7.九月十一日に生まれて (3)
少し狭い部屋の中に、腰だめに構えられた銃剣が鈍く輝いていました。ゾーイは足音を立てないように、片足の踵から体重を乗せ、ゆっくりと膝から抜くように、重心を移動させながら歩いていました。洞穴には蝋燭の火が燃えていました。
ふと、軽い銃声が一発、響きました。それから人の倒れる音がしました。ゾーイは素早くそちらに振り向き、そして息を殺しました。狼犬もそれに倣いました。
男がひとり、撃たれた膝をついて