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メシア 【6】

ストーリーにつまったわけでもなく、他事にひっぱられて更新がおそくなりました。

これで折り返し地点です。

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走馬灯かと思えるような情景が広がっている。原っぱに立っている。立っている場所にはふとももの位置を少しほど超える高さの草が風でなびいている。ちょうど、夕暮れ。うすい赤色、うすい紫色が混ざった沈む陽の光に覆いかぶさるように、紺色ともっと暗い青、そして黒色が空に広がっている。ただ、まだ少しの間は明るい気がする状態だ。これが黄昏時というものかと独り言をいう。周りを見渡す。今ここに立っているのは丘だろうか。来たことのない場所だ。この丘から見下ろすと一面の平野が広がり、夕日の光で風でしなやかになびく草むらたちが光沢を輝かせ、こちらにウインクをしているかのように見えた。穏やかな時間と空気だった。このまま、夜になるまで、ずっとたち続けているつもりなのか、一切足が動かない。金縛りにあっているようだ。しかし、恐怖といった畏怖するようなものではなく、ただぼうっと時間を感じている。ゆっくりと頭に、もやがかかってくる。

目が覚める。急に騒がしい音が耳に聞こえ、頭の中に人の声が入ってくる。そして、髪の毛が、日の光に照らされて、高い温度となっているのに気づく。顔をあげると、周りには作業をしている村人の集まりでごったがえしだった。自分の手には重い粘土べらと木材で両手がふさがっていることに気づいた。「ああ、白昼夢をみていたのか」と。さっきまでの風景との差がじわじわと頭に実感としてやってくる。

どうも、家の建て直し作業をしているようだ。そうだ。この前、王の行列が来た時に、自分の寝床からかなり離れているが、民家1軒が焼き払われてしまったようだ。行列が去ってから一日置いて村に帰った時には、真っ黒な炭の山がそこにあったのを思い出した。理由なんて、公明正大なものなってなく、気の向くままに建物が炭となったようだ。隣人もたとえ他人であっても、なすすべなく、焼け落ちるのを見届けるしかなかった。そんな光景を見た村人は何人もいて、そのなかで男は力作業、女は炭の片づけと作業の休み時間での食事の準備をするといって、一丸と作業に力を注いていた。もちろん、皆自分の仕事はあるのだか、その3割か4割は隅に置き、この建て直しの手伝いをしている。村の意思がそこに表れているようだ。虐げられていることを、他人事に思わないような空気があった。

僕はこういった場合には、他のお金を稼ぐ仕事は差し置いて、この無銭なな仕事ばかりをする。自分の首を絞めているように思えて、実は寝る前に一日を振り変えるときに、何倍もの安堵感をもたらしてくれるのだ。やめられない。夕飯は抜きにしたが、気にならなかった。寝床で目をつむる。今日の夕方、作業を終えて帰る際に、亡き家の持ち主に左肩をぽんと叩かれ、「ありがとうよ」とかすれた声が、近くを流れる川の音と同じ音量で耳に届いた。それを鮮明に思い出す。そういった記憶ばかり、頭には増えていくものだ。

隣の家の光が消え、この部屋に入ってくる光は月から出ているもののみになった。まだ起きている。まだ目がさえているようだ。不意に起き上がり、近くの壁に手を触れる。木でできている部分はひんやり冷たく、木目の段を指でなぞる。たとえ、納屋のような場所であっても、しっかりとした家であっても、愛着が沁みついた場所が消え去るのをぼんやりと考えてみる。ふいに寒気がした。夜風がはいってきたような気がした。ふたたび、藁の上にあおむけで倒れこみ、目をつむった。昼間に見た夢を見ることなく、意識が遠のく。虫の声は耳に届かないけれど、静かな夜に響いた。





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