Might Magic

 またね、と言って別れた。真面目な君がついた最後の嘘だった。まだ日付は変わる前で、普段なら「また明日」と応えただろう。
 満月の光の届かない部屋にひとり帰り、観る気のないテレビを付ける。マンデーフットボールの騒がしいBGMが薄く響いた。待ち構えていたようにマイナス思考が首をもたげてくると、瞬く間に心は後悔の念に支配されてしまう。
「間違えてしまったんだ、何もかも」巻き戻らない時を恨めしく思った。

 三日後。身から出た錆とはいえ、失ったものの大きさに打ちのめされている。身の置き所のない僕は、捨てられた犬のように街をふらつき回っていた。惨めな気持ちをどこまでも引きずりながら。みっともないくらい泣き叫び、見知らぬ人にすがりつけば少しは気がまぎれるだろうか。道端で夜の寒さに震え空を仰ぐ。ミサイルでも降って街ごと燃やしてくれれば、暖をとれるのに。

 無性に酔いたい気分だった。ムードのない煤けたバーに入り、飲めない酒を一気にあおった。Moon Riverを聴きながら終わった恋の答え合わせを始める。
 昔からずっと夢中だった。結ばれることを信じて疑わなかった。無謀だと言われても想いを告げずにいられなかった。
 無声映画、あるいは走馬燈のように幸せだった頃の記憶は巡り、いつの間にか途絶えていた。無口なマスターが僕の肩を揺らし閉店を告げた。

 目覚ましが鳴る。面倒だけれど、頑張って腕を伸ばす。メタリックな時計の冷たさが今は心地よい。めまいを覚えながら上半身を起こし、今度はスマートフォンを掴んだ。メッセージは、ない。
 めずらしく仕事をサボった。滅多に取らないアルコールがここぞとばかりに働いてくれたおかげだ。目の前に君がいたら何て言うだろう。メイクを落とした君の顔をなぜか思い出した。名画のように美しくて、名画のように他人事になってしまった君の姿を。

 モダンな内装のカフェ。モーニングセットのパンの上で溶けないバターを眺めている僕。猛スピードで朝食を済ます会社員。申し訳なさがちょっぴり胸をかすめる。もっとも、普段の僕だって彼らと変わりはしない。もう少し余裕があればよかったのだろうか……何事にも。
 もしもこの場に君がいたら。妄想に興じようとしたその瞬間、窓の外を本物の君が通り過ぎた。モスグリーンのモッズコートが鮮やかに灰色の街を染め上げていく。物憂げな街の空気が一変した気がした。もやもやとした胸の内も一緒に晴れていた。
 妄想に逃げるのはやめよう。もう二度と会えないと覚悟していた君を見てそう思った。物語の終わりには作者が句点を打たなければならない。もういいよね、とつぶやいて僕は小さな丸を書いた。

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長編の執筆が思うように進まないので、気分転換に書きました。ちょっとした言葉遊びです。

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