Rockstar killed Popstar

この小説は灰谷魚トリビュート作品です。
ロックスター暗殺
を未読でしたらそちらからどうぞ。

 テレビを観るのとヘソを見るのが同じ行為だとは思わなかった。

 目が覚めると俺はキン肉マンに出てきた悪魔超人ミスターカーメン(マキマキ~と笑う)がレフェリーにしたように包帯でグルグル巻きにされていた。どういうこと? 全治何ヶ月なんだこれは。いっさいがっさい記憶がない。

 病院の個室だと思しき部屋には俺以外だれもいないのにテレビが付けっぱなしになっていて、ワイドショーのくだらないやりとりが強制的に耳に入ってくる。コメンテーターらしい甲高い女の声がとても気に障るのだが、死にかけのミイラみたいな格好の俺には手探りでリモコンを探すことすらできない。なんとか首を持ち上げて画面を視界に入れるのが精一杯だ。スプラッタな書体ででかでかと「ロックスター暗殺!?」のテロップ。なんだよ暗殺って。物騒だな。心底どうでもいい。俺が知りたいのは現状に対する納得のいく説明と今日のイチローの成績だけだ。

「おっ、目が覚めた」

 おっ、今週のユニクロ、ヒートテック安いじゃん、くらいのリアクション。頑張って首を右に捻るとドンキホーテで売っていそうな安っぽいピンクのナース服が目に入った。

「いつからそこにいたの? 気配を感じなかったんだけど」

 言ってから漫画のセリフみたいで恥ずかしくなる。

「ずっといましたけどなにか?」

 間違いなく美人だけれど大味な顔、ピンク色のゆるふわパーマな髪、それやっぱりドンキホーテだろって具合に開襟されたナース服、そこからはみ出したグラマラスな肢体。豊かな胸の上でネームプレートが上下運動している。キャロル・草壁。ハーフなのか。確かに日本人離れした顔だ。いや、体もか。そんなプレイメイトのような女が包帯に切り取られた視界にゆっくりとフレームインしてきた。

「キャロルさん、でいいのかな」

「キャロルでいーよ」

 あ、この子、距離感が狂ってるタイプだ。

「じゃあ、キャロルで。ちょっと事情を説明してくれないか。記憶がないんだよ。どうして俺はレフェリーみたいになっているんだ」

「レフリー? 混乱してんの? 虎に噛まれたらしいよ。ガウガウって」

「ガウガウは熊でしょ。ちゃんと説明してよ」

「ええと、じゃあカルテ読んであげるね。虎14頭に前後左右ありとあらゆる方向からガウガウと噛まれて付いた歯形が346カ所、打ち身捻挫擦り傷が876カ所、それにより765針縫う。もうフランケンシュタイン並のツギハギブギウギだよ。あとね、内臓もぐちゃぐちゃ」

 キャロルは笑顔でカルテを読み上げてくれた。慰めというよりどこか嗜虐的なものを感じる。

「めちゃくちゃ重傷じゃねえか……」

 とうとう虎に噛まれてしまった。昨日まで姿は見えていたのに。そりゃ、ショックで記憶も失うわ。すべてが終わってしまったのだから。

「やっぱ、へこむよねー。私なら泣いてるって。あ、でも骨折なしって書いてあるよ!」

 フォローになってねえよ。

「なぜお前は患者がハードコアな悲劇に見舞われているのに平然とはしゃいでいられるんだ。本当に看護師か?」

 キャロルはハッとしてニヤッとして舌なめずりして最後に笑い出した。

「ふふふ、よく見破ったわね。私の正体は殺し屋よ!」とアメリカンスタイルな胸を張る。見栄えは良い。

「ぜんぜん見破ってないのに。疑ってもいないのに」

 あまりに重傷だから、病院がエロナースをサービスしてくれたのかと思っていた。

「いいのよ。冥土の土産ってやつだから」

 キャロルは声のトーンを少し落として、物憂げな表情を見せる。こちらが本来の彼女なのかもしれない。

「本当に殺し屋なんだ。で、この惨状を見てもなお職務を全うすると?」

「私は依頼を受けて将来ロックスターになるアンタを殺しに遠路はるばる未来からやってきたの」

「そんなの信じられるかよ」

「まぁ、いきなりタイムトラベルだなんて言われてもね」

「いや、ロックスターになる方」

「そっち? でもアンタ、ミュージシャンなんでしょ」

 そう、俺はミュージシャン。正しくはだった、だけれど。

「俺が作るのはロックじゃない。ポップスだよ。そこは明確に線引きをしておきたい。だいたい、ここから奇跡のカムバックを遂げるっていうの? 動けるようになんの?」

「さあ。私、あんまターゲットのこと調べないから。情が移ったら嫌じゃん。でもさ、聞くところによるとロックって生き様なんでしょ? だったらその格好でもロックできるんじゃないの。寝たきりロック。ありかも」

 ねえよ。

「依頼者はどこのどいつだよ」

「守秘義務があるんで」

「冥土の土産はもうないの」

「ない」

 なんて不毛な会話なんだ。思わず溜息が漏れる。

「じゃあ、いいよ。依頼人なんて知ったところでどうにもならないし。キャロルが未来の殺し屋だとしても逃げようがないし」

「いらだってるわね。そのフラストレーションがロックの衝動に繋がったのかしら」

「うるさいな。それより、さっきもテレビでロックスターが殺された云々やっていたけれど、それもお前のしわざなわけ?」

「違う違う。同じような悩みを抱えている他の誰かのしわざでしょ。自分だけが特別な悩みを抱えているだなんて、思い上がりもいいところよ」

「なんで俺を責めるんだよ。まぁ、どうでもいいけど」

「投げやりだね。そういうところがロックなんじゃないの」

 おい。俺は怒気を含んでキャロルの放言を制した。俺にだって譲れないものがある。

「さっきも言っただろ。俺が作ってるのはポップスなんだよ。いいか、ポップスはロックより凄くて偉くて尊いんだ。ロックのように衝動だの感情だの生き様だの時代性だのストーリーだのに頼らず、グッドメロディとビューティフルハーモニー、ドントシャウトの歌唱、テクニカルな演奏に基づきポップネスを突き詰めたサウンドの結晶がポップスなんだよ。もしロックスターが虎に食われたらそいつと一緒にロックも消えてなくなるだろう。だけどな、ポップスは違う。ポップスターが死んでもポップスは無くならない。何故だか分かるか? ポップスはポップスだけで自立しているからだ。制作者の内面から切り離されている。だからポップスは死なない。音楽の神の祝福を受けて輝き続けるんだ」

 欠伸かドン引きでもしているだろうと思ったら、キャロルは神妙な顔で聞いていた。

「そんで、間もなく生涯を終えるアンタはポップスを作れたの? 神の祝福を受けるようなポップスを」

 俺は押し黙るしかなかった。キャロルは長い間返事を待ち続けてくれたけれど、それが優しさなのか仕事の流儀なのかは分からない。

「虎に噛まれた」

「なにそれ」

「大人になってしまう前に完璧なポップスを作る。さもなくば虎に噛まれて死ぬ。そういうルールだったんだ。自分が濁ってしまう前に決着を付けようと思ってね」

「時間切れってこと?」

 キャロルは呆れていた。オーマイゴッド、だって。そいつはロックの神かい?

「どこかのロックミュージシャンも言ってたわ。年を取る前に死にたいって。ずいぶん生き急ぐんだね。ポップスって成熟した大人の音楽じゃないの? 矛盾してるじゃん。やっぱりアンタ、そっちの人間なんだよ」

 違うと言いたかったけれど、言葉は出なかった。全てをぶちまけたからか案外気分が良い。

「まぁ、どっちでも結論は変わらないよ。仕事だからさ。アンタを殺してそれでおしまい」

 そう言うと、キャロルは顔を近づけて俺の瞳を覗き込んだ。

「でもね、私も鬼ってわけじゃないんだわ。殺人マニアじゃないし。あんまり後ろ暗い気持ちでお別れしたくないの。っていうことで質問。ねぇ、最後にもう一度楽器弾きたい?」

「おい、からかってるだろ? 二人羽織でもするつもりか」

 キャロルは俺の反応を予期していたらしく、右手にオモチャみたいな銃を構えて言った。

「ノンノンノン。未来の科学を舐めないでよね。このビロビロ光線銃で健康光線を浴びせれば、アンタの体は元通りどころか脂肪肝から骨密度まで正常になる。んで、アンタの家からギター持ってきてあげたから弾けばいいじゃない」

「不法侵入すんなよ」

 そこかよ、と自分にツッコミを入れる。でも仕方ないだろ。急に話を振られて混乱しているんだよ。じゃあ、さっきまではどうだった? 冷静だったか? そんなはずないだろ。なら目覚めた瞬間は? 覚えてない。まぁ、何にせよ、冷静じゃないと良いポップスは作れないんだ。

「人生の最後にアンタが衝動的でロックでファッキンなギタープレイしてくれたら、私も心置きなく仕事ができるからさ。win-winってやつ?」

 銃口が眉間を指す。本物の銃なら俺は死ぬ。

「俺はポップスターになりたかったんだ」

 キャロルが銃を撃つと、ビロビロ~と音がして緑色の光線が俺の体を包み込んだ。ビロビロって音かよ、と思っているうちに346カ所の歯形、876カ所の打ち身捻挫擦り傷、765の縫い跡、ぐっちゃぐちゃの内臓、その他もろもろ、ついでに××が治った。

「いっちょあり」キャロルがギターを差し出す。さあ、弾いて見せて。

 包帯のさなぎを破って大地に降り立つ。そして叫ぶ。

「ああ! ロックスターになんてなりたくなかった!」

 俺はギターを引ったくると、キャロルに向かってピート・タウンゼントのようにギターを振り下ろした。顔面を強打した衝撃で何本か弦が切れてビヨーンとなったが、構わず再びギターを振り下ろす。ジミヘン。何度も振り下ろす。リッチー・ブラックモア。鈍い音がして歯が宙を舞う。血を吸うギター。自分の内側にかつてない興奮と衝動を感じて震えが止まらない。俺はキャロルの手にビロビロ光線銃を握らせると部屋を飛び出す。そしてロックスターの道を歩み始めた。

あとがき

需要があるか分かりませんが、どんな経緯でこんな話になってしまったのか、参加を記念してwちょろっと書いてみたいと思います。

いくつかの作品の中から「ロックスター暗殺」を選んだのは、もちろん好きなのが前提で、なおかつ物語に自分の要素を入れる余地があると思ったからです。
最初の予定では原作から「虎がうろついている街」という要素だけ拝借して、男女がただしゃべってるだけの話を1000字程度で書こうと思っていました。0からスタートして1にもたどり着かないような話が好きなので。

で、二人の会話を考えているうちに、音楽について話していることにしよう原作とも微妙にリンクするし→原作がロックならポップスだみたいな安直な流れを思い付きました。

じゃあ、シチュエーションはどうしよう。虎がうろついてる街ってかなりデンジャラスだよなー。なんて考えているうちに虎に噛まれた主人公が誕生しました。
こいつのせいで場面転換ができなくなりちょっと苦しむことにw

原作を読み返すうちに、やっぱり暗殺は入れようと思い直し、主人公はミュージシャン、女性は殺し屋に。主人公がポップスについて一席ぶつところまでは決定しました。オチが下りてくるのを期待しながら見切り発車。思いを巡らしているうちにトイレで発見しましたw

最初に思い付いたオチはキャロルにギターを渡されるところまでは同じです。ロックを否定していた主人公が人生最後のギターを本能の赴くままにプレイした結果、やっぱりロックじゃんと射殺されるバッドエンド?でした。よし、いけると確信しました。このときは。

ところがその後、またオチが下りてきます。THE WHOの「マイ・ジェネレーション」から「年を取る前に死にたい」というフレーズをセリフに引用したのをきっかけに、ピート・タウンゼントがラリってギターを破壊するシーンを思い出したのです。

これだ。正直、ちょっと興奮しましたw
この話はポップスターが殺される話にしよう。
「ロックスター暗殺」に対する「ポップスター暗殺」(←最初のタイトル案です)。
でも、手を下すのは殺し屋ではなく、ロックスター。
お、主人公が未来でロックスターになる設定とリンクした。バンザーイ。

そして、オチから逆算して主人公がポップスを諦めるモノローグを足して、それを虎に無理矢理絡めました。

あと、ミスターカーメン、ガウガウ、346、876、765とかネタを入れたり(嘘です最初から入ってました)。あ、キャロルって名前はキャロル・キングと矢沢永吉のキャロル(聴いたことないけどw)が元ネタです。

タイトルをバグルスのラジオスターの悲劇(Video Killed the Radio Star)からパクってなんとか完成。

最後に。今作に登場するロック&ポップス論は僕の見解とは異なりますのでw僕はロックもポップスも好きです。ポップスの方が偉いと思ってますけどw

今作を書くきっかけを与えてくださった灰谷魚さんに感謝の意を表します。
そして読者のみなさんにも。ありがとうございました。

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