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離島にて

 旅に出ると、半分は何かを待っている。
飛行機、電車、あるいは船を。
大衆食堂でランチのできるのを。
重い荷物を抱えてホテルのチェックイン時間を。
時間の限られた旅の中で、それらは忌むべき無駄だろうか。
待つ時間も旅として楽しむべきだろうか。

 四月と言うには強すぎる太陽を浴びて。
僕は瀬戸内海の離島を目指してフェリーに乗っていた。
行きも帰りも日に三本しかない船便に、どうにかこうにか滑り込んだ。
汗をぬぐいながら洋上で思う。
乗り遅れたらそれまで。なんてシンプルで残酷なのだろう、と。
陸路なら移動手段はまだあるが、海では船に乗るしかない。
都会で数分置きに来る電車を待つのに較べると、時間というものの存在を確かに感じた。

 島に着くと船着き場から緩やかな坂を登って辺りを見渡した。
歩いても30分ほどで一周できる小さな島だ。
海は凪いでいて、空は晴れ渡り、遠く対岸の港町が見える。
かつて栄えた工場の跡地は廃墟というより、遺跡に近い。
どこを切り取っても絵になるので、たまらず写真を撮りまくった。

 気付くと日が傾きはじめている。
僕は本来の目的地である美術館にようやく足を運んだ。
美術館は小さいながらも、個性的な作品と凝った展示方法で満足できる内容だった。

 帰りのフェリーの時間が近づいてきている。
名残惜しさを感じながら波止場に向かおうとする僕に誰かが声をかけた。
「どうですか、この島は」
美術館の出口の脇に、ぽつんと老婆が椅子に座っていた。
おそらく80歳は越えているだろう。
だが、しっかりとした声と力のある眼差しから活力が伝わってきた。
訊けば、老婆は島の歴史について自らの経験を交えて語っているのだそう。
「あの岩が見えますか」
老婆は黒光りする大岩と、かつて栄えた工場の関係、その衰退を聞かせてくれた。
話は続く。 
戦時中、瀬戸内海を飛び交った戦闘機の話。
時折混じる青春の思い出。
すべてがこの小さな島で起きたことだ。

 ガラス張りの部屋から切り取られた景色を眺める。
波が時間を運んで、波が時間を奪っていく。
老婆の視界に映るものは? 分からない。
空を裂いて飛ぶ戦闘機、島の盛衰、現在、これから。
僕にはただの綺麗な海しか見えなかった。
だから、少し目を閉じて老婆の話に耳を傾ける。
老婆は呟くように語り続けた。
ゆっくりと陽が沈んでいく。
短くて忙しない旅だけれど、こんな時間の過ごし方も悪くない、と思った。

 そして、僕は帰りのフェリーに乗り損ねた。

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