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リレー小説 note 17「God bless me!」

この小説は空音さん主催のリレー小説の17番目の作品です。
当noteの前にこれまでの作品を読んでいただけると楽しめると思います。

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なんの覚悟も無しに大ごとをしでかす。
それって、つまりはヤケクソってこと?

会社を飛び出してから5分。
まだ動悸が収まらない。
試作品の入ったクーラーボックスを抱え、時々歩道の段差につんのめりながら街へ向かう。

さっきまで、こいつの中身をバラ撒いてやる、と息巻いていた。
俺と亀梨さんのどちらが正しいのか、世に問うために。
そして積もりに積もった鬱憤を晴らすつもりだった。

だが、時間が経ち、徐々に冷静になってくると変な汗が額に滲んできた。
やっちまった!
後悔ってやつの浸食力はとてつもない。
縦に突っ込もうとしていたテトリス棒を横に積んでしまったら、とんでもない蓋になるだろう?
俺の心で同じことが起きている。

自己弁護しよう。
最近のどうしようもない生活を思えば無理もない話なのだ。
身も心も限界まで来ていた。
朝方まで寝付けず、やっと眠れば悪夢にうなされる。
首肩腰は凝り固まり、緊張性頭痛を引き起こす。
おまけに偏頭痛。
ストレス過多で胃液は逆流、食欲はなし。
仕方ないから、慰めに9×19mmパラベラム弾みたいな米国産のビタミン剤をひとつかみあおる。
結果、もともと痩せ形だったのに5㎏も体重が落ちてしまった。
そしてこの炎天下だ。
俺が奇行に走っても、すぐに怖じ気づいても、仕方がないじゃないか。

短くなったタバコを諦めると、飲み干したコーヒー缶に吸い殻を押し込む。
リダイアル。
予想通り鬼又は出ない。
面倒なことになった、と独りごちる。

今朝のことだ。
開発室から試作品がごっそり消えていた。
お偉方が出席する午後の会議でプレゼンする予定だったものだ。
状況から考えて犯人は鬼又しかいない。
我が社の、そして我々の今後を占う意味で重要な会議であると、奴も理解しているはずだ。
愚挙の理由は分からない。
ただ、幸いなことに私以外は誰も気付いていないようだ。
速やかに回収できれば表沙汰にならずに済む。

もう一度、リダイアルしようと思ったが、諦めてスマートフォンをポケットにしまう。
この暑さで外を歩き回るのは重労働だ。
なるべく早く終わらせたいと思う。
鬼ごっこ、なんて冗談にすらなってない。

走れメロスとか、24時間テレビのマラソンに感動するのは何故なのか。

いま分かった。
ゴールがあるからだ。
何事においてもフィニッシュが一番気持ち良いに決まってる。
その点において、逃亡はいただけない。
ゴールがないからだ。
逃げているあいだは、どんなに頑張ってもゴールに着けない。
だから感動もないのだ。

そう、俺は逃げていた。
現在だけの話じゃない。
半年前からずっとだ。
あの頃は、立案した企画がまったくカスりもせず、鬱ぎ込んでいた。
亀梨さんに冷遇されるようになり、同僚の誘いも減る一方。
頼れる者はなく、焦りと不安が膨らんでいく。
酒に溺れるのは時間の問題だった。
追い込まれた俺は捨て鉢になって、とんでもない行動に出た。
泥酔時に書き殴った企画書をほとんど読みもせずに提出したのだ。
正気に戻ると、なにもかもお終いだ、と震えた。

だが、俺の思惑とは裏腹に企画は受け入れられてしまう。
プロジェクトは軌道に乗り、会社の業績が好転するほどの成功を収めた。
酔っ払いが書いた企画書。
そこには普段の俺からは生まれないような奇想が満ちていた。
良く言えばインパクトのある斬新なアイデア。
会社での評価は分かりやすく一変した。

だけど気付いていた。
この成功は実力で得たものではないと。
俺がやりたかったのはこんなものじゃない。
ヒットすれば当然次も同じようなものを期待される。
ではまたアルコールに身を浸せばよいのだろうか。
問題はなにも解決していない。
プレッシャーの質が180度変わっただけだった。

どうして鬼又はこんなことをしたのだろう。
仕事は熱心にやるし、真面目な男だ。
立て続けにヒット商品を発案しているし、仕事に問題があると思えないのだ。
あのインパクトのある発想は素直に凄いと言わざるを得ない。
最近少し元気がないように映ったが、プライベートはどうなのだろう。
部下の私生活に立ち入らないようにしていたが、頓着しなさすぎるのも問題だろうか。

未来ノート?
街の中心部へと向かうさなか。
積み上がったゴミの頂に薄汚れたノートを見つけた。
いつか噂話に聞いたことがある、願いを書くと叶うノート。
その名前が未来ノートだったっけ。
よくあるくだらない都市伝説の類いなんだろう。
そう理解しつつも、なぜか無視して通り過ぎることができなかった。
数ページめくってみて、やはり悪戯だと思う。
表紙はそれっぽく汚してあるのだが、中身が新品同様だからだ。
あとで回収して人の欲望をせせら笑うのだろう。
良い趣味をしている。

俺はあたりを見回し、誰もいないことを確認して、
「神のお告げが欲しい」
と書いて戻した。
未来ノートなんて信じているわけじゃない。
何かすがれる物が欲しいのだ。
いっそ神様が俺を操ってくれればいい。
神様だったら間違えは犯さないし、間違えてもなんとかしてくれるはず。

「分かった。今から向かってみるよ」
外回りの営業から鬼又の目撃情報が入った。
礼を言い電話を切る。

まずは一安心と言ったところか。
問題はどのようにアプローチするべきかだ。
残された時間はそう多くない。
鬼又は単純だが、意外に芯が強いところがある。
下手をすれば意固地になりかねない。

ずいぶん前に交渉人(ネゴシエイター)という映画を観たのを唐突に思い出した。
あれはどんな話だったろう。
サミュエル・L・ジャクソンとケビン・スペイシーが出ていた。
役に立ちそうなシーンはあったか。
最後のオチは……どんなオチだったろう。
緊迫しているときに限ってどうでもいいことばかり浮かんでくる。

公園のベンチは公共物だ。
手すりにもたれ掛かってへばっているからといって、俺一人のものじゃない。
だから、いつの間にか小学生が隣に座っていても問題はない。
ただ、空いているベンチがあるのに、なぜ俺の横に座るのか。
「ねえ、おじさん」
小学校の、3年生くらいだろうか。
丸々とした肥満児だ。
もしかしたら俺より体重があるかもしれない。
「ねえ」
もちろん、聞こえている。
「ボク、一護っていうんだ。ブリーチの一護といっしょだよ」
だが、俺は当初の目的を果たせず疲れ果てて公園で小休止している身であるし、シリアスに「これから」のことを考えなきゃならないし、子供は好きか嫌いかでいうと大嫌いだし、疲れ果てているし、なりより暑いので無視を決め込んだ。
「ねえ、おじさん。仕事いかないの?」
想定外の挑発に、思わずチラ見してしまう。
悔しい。
子供、いやガキは厚みのある頬肉を持ち上げてニコリとしている。
やはり肥満児だ。
2代くらい前のヒーロー戦隊のTシャツに、短パン。
スーパーの2階に売ってそうなスニーカーをつま先に引っかけて、足をふらふらさせながら座っている。
デブ特有のマイペースでガキは話し続ける。
「おじさん、スーツ着てるから、サラリーマン? 仕事いかないの?」
「お前こそ学校はどうした」
ついに反応してしまった。
悔しい。
悔しいので、質問に質問で返す大人の高等戦術で応酬した。
「サボったー」
「虐められてるから行きたくないんだろ」
意地の悪い質問。
「うん。デブだから!」
陽気だな。
「ママがね、ダイエットしたら虐められなくなるって」
そのママが太らせたんじゃないの、と思ったが口にしないでおく。
「ねえ、おじさん。アイス買ってよ」
「は?」
何を言ってるんだ、このガキは。
「ねぇ、アイス食べたいよ」
「無垢な子供の願い、みたいなものが通用する時代は終わったんだよ」
「ママがね、太るからアイス禁止だって」
「じゃあ、食べちゃダメいかんだろ」
「ずっと食べてないんだよ。もう我慢できないって」
ねー、ねー。
ガキは必死に俺の腕を揺すってくる。
いわゆるおねだり攻撃。
「知らないおじさんに着いていったら駄目って教わらなかったか?」
俺は子供が嫌いだ。
「うん、わかった。着いていかない。ここにいるから、おじさん買ってきてよ」
大嫌いだ。

未来ノート?
公園に向かう道すがら、ゴミ山の上に雰囲気のあるノートを見付けた。
女子高生の姪が教えてくれた噂話にそんなものがあったな。
願い事が叶うノート。
何か書いてみようか。
私はペンを取り出すと、さっと一筆書いて元の位置に戻した。
自分らしくない、随分とメルヘンチックなことをしたなと思う。
平静を装っているつもりでも、心根の不安までは隠しきれない。
午後のことを思うと、やっぱり気が重いのは確かだ。
願掛け、おまじないの類いに頼りたくもなる。
ただ、鬼又の前では平然とした顔をしなければいけない。

「で、久しぶりのアイスはどうなんだよ」
「うーん、いまいち。ガリガリ君よりアイスクリームが食べたいよ」
「ははは、いまいちかぁ……って、お前、贅沢言ってんじゃねーよ。久々に食ったら何でも美味いと思うだろが、普通」
「だってー、ありえないよ。ドクターペッパー味? なんなのこれ」
ありえない、か。
渋い表情の一護を見て、思わず吹き出してしまう。
「何日ぶりだよ、アイス」
「2日」
「それ、久しぶりって言わないな」
一護はまずいまずいと連呼しながらも完食した。
そうだよなぁ、不味いもんは不味いよな。
微笑ましい光景、なんだろう、普通なら。
一護の様子を見ていたら逆に我に返ってしまった。

なにやってんの、俺。

こんなところで、子供相手に和んでる場合じゃないだろう。
脇に置いたクーラーボックスを見やる。

こいつをバラ撒くんじゃなかったの?
――無理だ。
会社を飛び出した頃のテンションはもうない。

では、会社に出戻り?
――これも無理。
今ごろ大騒ぎになっているはずだ。
下手すりゃ、いやかなりの確率でクビだろう。

だったらどうしたらいいんだ。
さっきのノートじゃないけれど、いっそ神様が決めてくれれば楽なのに。
そんなわけにもいかない。
じゃあ、せめて、何もできないなら、自分の意志だけは曲げないでおこう。
肥満の小学生が不味い物を不味いと言えたんだ。

ふと横を見ると一護はいなくなっていた。
貰えるもの貰ったらドロンとは現金な。
御礼を言わせないといけないし、御礼を言わなくてはいけない。
一護の姿を探そうと顔を上げる。
肥満の小学生の代わりに別の人間が立っていた。

「鬼又」
あえて抑揚のない声で部下の名を呼んだ。
太陽を背に感じる。
もしかしたら、逆光で私の顔が見えないかもしれない。
こちらからは怯えた顔がよく分かる。

「こんなところで何をしているんだ?」
「亀梨さん!」
唖然とした表情。
私が追ってくるのを予想してなかったようだ。
「帰るぞ。まだ間に合う」
「待ってください!」
勢いよく立ち上がって鬼又は言った。
「あの……やめませんか、ドクターペッパー味」
今日の会議でプレゼンするガリガリ君ドクターペッパー味は鬼又が発案したものだ。
今さらどうしたと言うのだろう。
「それが嫌でこんなことをしたのか」
「もう、あの路線はこりごりなんです」
「シチュー味もナポリタン味もヒットしたじゃないか」
この2つも鬼又の発案だ。
「あれは自分で考えたわけじゃないんですよ。アルコールの力を借りて書いたんです」
そう言うと、鬼又は後ろめたいのか、再び俯いてしまう。
「それでもお前の企画には違いない。問題ないよ」
「亀梨さん。俺は純粋に美味しいアイスが作りたいんです。奇をてらって味を蔑ろにした商品を作りたくないんです」

鬼又は勘違いをしている。
私がインパクトだけの売れ線しか作ろうとしない人間だと思っているようだ。
なるほど話が噛み合わないわけだ。
「別に蔑ろにしてないだろう」
「さっき小学生に不味いと言われて、やっぱり間違いだと思いました。俺にはシチューもナポリタンも美味しいとは思えません」

やはりこいつは勘違いをしている。
交渉人の映画。
あれは男同士の信頼を描いた作品だった。
私も腹の内を晒さないと交渉はできないのだろう。
「そうか? 美味しかったじゃないか。シチューもナポリタンも」
「えっ?」
「ドクターペッパーなんて最高じゃないか」
「その場しのぎの嘘は吐かないでください!」
「嘘じゃないよ。我が家の冷凍庫見に来るか?」
鬼又は愕然としながら、声を振り絞り質問を続ける。
「亀梨さん。聞かせてください。亀梨さんの理想のアイス。どんなアイスを作りたいんですか?」
「お前と一緒だよ。美味しいアイスに決まってる。その上、インパクトがあって売れれば言うことなしだ」
私の腹の内なんてこんなものだ。
鬼又に伝わっただろうか。

「じゃあ、なんで俺に冷たく当たったんですか」
「ん? 冷たくしてたか?」
「半年くらい前からです」
「ああ、あのころ妻と喧嘩しててなあ。ちょっとギスギスしてたかもしれない。悪かったな」
現在はラブラブだ。
「鬼又、私は社に戻るぞ」
クーラーボックスを肩にかけ、歩き出す。
「お前は落ち着いてからでもいい。無理なら早退ってことにしろ。とりあえず、今日の件は胸にしまっておくよ」

まさか、単なる味音痴だったなんて。
他人の味覚をとやかく言っても仕方ないけれど、これじゃあ、完全に俺の独り相撲じゃないか。
亀梨さんのこと、売れればアイスの味なんてどうでもいい、守銭奴のように思ってた。
最低だ。
そして、あまりにくだらなすぎる嫁とのくだり。
放心のあまり、膝から崩れ落ちそうになった。

そのとき。

前触れ無く、唐突に、俺の頭に鮮明なビジョンが降りてきた。
思考じゃない。
思考の流れを無視して、脈絡無く強引に映像が割って入ってくる。
ゴミ捨て場。
ついさっきノートを見付けた、あのゴミ捨て場だ。
女の子が3人。
ゴミ捨て場に向かって俺は走っている。
何かを手に持って。
手に持っているのは……ガリガリ君ドクターペッパー味。

これは神のお告げか?
天啓ってやつか?

正体不明の衝動に駆り立てられ俺は走り出した。
亀梨さんは駅に向かったのだろう。
もう一度、対峙しなければならないと思うと気が重い、はずなのだが、心の底から沸いてくる力が足取りを軽くする。

いた。
「亀梨さん!」
躊躇なく声をかける。
「やっぱり、それ、返してください! どうしても必要なんです。今すぐに」
「私も必要なんだが」
亀梨さんはぽかんとして表情がない。
「持って行かなきゃいけないんです!」
論理ではどうにもならない。
「あと、やっぱり、俺、美味しいアイスを作りたいです。売りたいです」
「そ、そうか」
「そんで、ドクターペッパー味、不味いです。売りたくないです!」

やっと本音を言えた。
追い込まれて、追い込んで、それでも天のみちびき?の力を借りなければ言えなかった。
でも言えた。
会社にとって、亀梨さんにとって、お客さんにとって、俺の判断が正しいのか全然分からないし、どんどん分からなくなってるけど。
もしかしたら後でめちゃくちゃ後悔するかもしれないけど。

「ちょっと待て。これを渡したら午後の会議で何をプレゼンしたらいいんだ」
俺は亀梨さんからクーラーボックスを受け取ると、ジッパーを開いた。
「これ、自信作です!」
笑いながら、中を見せる。
そして、3本残ったドクターペッパー味のガリガリ君を抜き取った。

俺はゴミ捨て場に向かって走り出す。

亀梨さんの呟きが聞こえた。
「それで、アイスはなんで必要なの?」

鬼又が駆けていく。
その背中をぼんやりと目で追った。
なにがなにやら分からないが、今まで見たことのない真剣な表情に驚いた。
そして、自分の行動にも驚いた。
一瞬、理性や論理を手放してしまったようだ。
どう考えても鬼又に渡すべきではなかったのに。
だだ、そうしなければならないような気がしたのだ。
運命とでもいうように。

クーラーボックスには4本のアイスが残っている。
鬼又は自信作と言っていた。
私は1本取り出して封を開ける。
プレミアムレモンミルクソーダ味、か。
半年前、鬼又が出した企画書に同じものがあったな。
匂いを嗅ぎ、端を舐め、一口かじる。
うん、いける。
ネーミングはとにかく、美味しいじゃないか。
何にせよ、午後の会議にはこれを出すしかないのだが。
非常事態だ。
普段なら慌てふためいていることだろう。
だが、なぜか妙に落ち着いている。
未来ノートとやらのお陰かもしれない。
先ほどノートに書いた言葉を思い出す。
「午後の会議でプレゼンが大成功する」
あれが本物のノートなら。
メルヘンチックな空想に私は苦笑いした。(完)

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