2022年10月10日禁止制限告知に見る、スタンダードの問題点

1.初めに

 「2022年10月10日 禁止制限告知」により、スタンダードで《食肉鉤虐殺事件》が禁止指定された。禁止内容の是非については水掛け論に終始してしまうため、議論するつもりはない。本記事は、今回の禁止措置(スタンダード環境に対する開発部の対応)から、スタンダード・フォーマットの現状と、その問題点を考察する。

2.告知内容からわかること

今回の禁止告知と内容から、以下のことが分かる。

2-1.禁止ラインが引き下げられた

 《食肉鉤虐殺事件》の禁止は、これまでのスタンダードでの禁止指定と一線を画している。

 このカードは《密輸人の回転翼機》のように、大規模大会のトップ8にデッキで32枚採用されていたわけではない。《霊気池の脅威》のように、4ターン目にゲームを終わらせるカードではない。《王冠泥棒、オーコ》のように、類稀なるパワーカードだったわけでもない。《食肉鉤虐殺事件》を中核にした特定のアーキタイプが、環境を支配しているわけでもない。

 もちろん、黒いデッキでは広く使われているが、特定の色のデッキに必ず入るカードの存在は珍しいものではない。現スタンダードでも《鏡割りの寓話》や《放浪皇》はその色のデッキにたいてい採用される。「アグロデッキが積極的に採用する全体除去」であることは特筆に値するが、禁止告知でも「競技デッキでの黒の使用率を少し下げるため」と明言されていることを鑑みれば、このカードは「単純なパワーカード」の域に収まる程度の強さである。
 にもかかわらず禁止されたということは、スタンダードでの禁止ラインが引き下げられたことを意味する。「強力なカードの使用率」や「アーキタイプの支配率」に加え、「色の支配率」も禁止ラインの指標として考慮され、これまで禁止指定されていなかったパワーレベルのカードでも、メタゲームの色の偏りによっては禁止されることもあるということだ。

2-2.開発部は説明しない

 開発部はスタンダードでの禁止ラインを引き下げた。しかし、開発部はこの指標をプレイヤーに対し説明していない。かつては、開発部のSam Stoddard氏が「Latest Developments -デベロップ最先端-」というコラムを執筆し、この中でスタンダード・メタゲームの問題について開発部の方針を説明していた。このコラムは2017年6月に終了し、新設されたプレイ・デザイン・チームによる新コラム「Play Design -プレイ・デザイン-」に引き継がれた。しかし、このコラムはスタンダード・メタゲームの問題についてほとんど触れることはなく、2017年以降連発される禁止指定にも沈黙を守り続けた(唯一の例外は、《王冠泥棒、オーコ》の禁止指定の時である)。しかもこのコラムは2020年5月14日の記事を最後に更新を停止しており、それに代わる新しいコラムや解説記事はない。
 このことから開発部はプレイヤーにスタンダードの禁止の指標を説明するつもりがないことが分かる。今回の禁止が大きな波紋を呼んだのは、前述のとおり禁止ラインが引き下げられた(指標が変わった)にもかかわらず、それについて開発部が何も説明しないため、プレイヤーの間に混乱が広がったことが一因ではないだろうか。肝心の禁止制限告知でさえ、この記事より遥かに短く、説明した事柄はあまりに少ない。

2-3.開発部はスタンダード環境を(禁止なしで)デザインする能力がないか、する気がない

 2017年に発足したプレイ・デザイン・チームは2019年から完全に機能したとされているため、現在スタンダードで使用可能なすべてのエキスパンションは、プレイ・デザイン・チームが適切だと判断したものだということになる。にもかかわらず禁止指定が発行されるということは、開発部はスタンダード・メタゲームを禁止指定により制御することが適切だと判断したことが分かる。
 2019年発売の『エルドレインの王権』はMTG史上最もカードパワー・レベルの高いエキスパンションの一つとなり、多くの禁止カードを輩出したにもかかわらず、プレイ・デザイン・チームは「今後もこれくらいのレベルに固定したい」としており、これを撤回していない(一応、Mark Rosewater氏は『エルドレインの王権』が強すぎたことを認めている)。つまり今後もスタンダードには、MTGの全フォーマットを塗り替えるほど強力な、即ちスタンダードの禁止ラインに触れるようなカードが供給され続けるということだ。

3.スタンダードの価値の考察

 上記3点を踏まえたうえで、スタンダードの価値を考えてみる。スタンダードは、他のフォーマットに対して以下のような特長があると考えられてきた。

  • ランニングコストが高い代わりに、初期投資が安い

  • 禁止指定が少ない

  • パワー・レベルや複雑性が低いため、初心者にもわかりやすい

 しかし、現スタンダードの実態はこれとかけ離れている。《食肉鉤虐殺事件》はシングルカード価格が14,000円に達するほど高騰し、『団結のドミナリア』のトップレア《黙示録、シェオルドレッド》もこれに追随する動きを見せている。もちろん低予算でデッキが組みやすい環境であることは間違いないが、以前に比べて割高なフォーマットになっていることも事実である。ローテーションがあるにもかかわらず、である。
 禁止カードが0枚の期間が長く続いていたスタンダードは遠い昔の話である。2017年1月の《密輸人の回転翼機》禁止から現在までの5年間で、スタンダードに禁止カードが1枚も存在しなかった期間はたった2ヶ月しかない(『エルドレインの王権』発売から《死者の原野》禁止までの3週間と、『団結のドミナリア』発売から《食肉鉤虐殺事件》禁止までの1ヶ月)。ローテーションによるカードの使用期限を飲み込み、高額カードを努力して集めてデッキを組んだとしても、理由を説明されない禁止指定が降ってくることは止められない。
 そしてパワー・レベルと複雑性も向上している。過去の禁止カードは言うに及ばず、「攻撃するたび」「呪文を唱えるたび」「死亡するたび」「カードを1枚引くたび」など、ゲーム進行上必ず発生する処理をトリガーにする誘発型能力を持つカードの種類が極端に増えた。そのようなカードが複数枚戦場にあるときに誘発した大量の誘発能力の処理は、経験豊富なプレイヤーでさえ戸惑うほどだ。初心者への敷居は明らかに高くなっている。

 前述のスタンダードの特長は、もはや失われたといってよい。「ローテーションがあるにも関わらず参入コストが高く」「説明されない禁止指定が連発され」「高いパワー・レベルと複雑性がゲームの理解を困難にする」フォーマットと化した。はっきり言ってしまえば、現在のスタンダードは劣化したモダンだ。パワー・レベルが高いにもかかわらず脅威に対抗する十分な回答カードが与えられていない。そのため環境に余裕がなく、多様なデッキが生まれる創造性を失っている。強力カードは高騰し、それがいつ禁止されるのかと囁かれるフォーマットだ。

4.終わりに

 私は、「MTGプレイヤーであればスタンダードをプレイするべき」という信念を持っていた。スタンダードの高いランニングコストを払うことでショップやWotcに利益を還元し、MTGというゲームを長く繁栄させることができるからだ。
 しかし「信用に足らない」ゲームのために金銭を払うことは全く違う。それは金をドブに捨てることと同じだ。そして、スタンダードは既に「信用に足る」フォーマットではなくなった、と私は考えている。全く持って不本意ながら、私は前述の信念を撤回し、当面はスタンダードを引退することにした。
 幸いなことに、MTGにはスタンダード以外にも多様な遊び方がある。パイオニアがある。モダンもある。レガシーやEDHはとても楽しい。パウパーは童心に帰ったような気分にさせてくれる。スタンダードに振り分けていたリソースを他のフォーマットに振り分けることで、ショップに貢献して遊ぶ環境を保つことが、最も納得できる遊び方になった。
 最後に、この記事の内容の総括をもって結びとしたい。スタンダードは「信用に足る」フォーマットではなく、これに投資することは賢明ではない。開発部は今後も説明することなく、禁止指定を出し続けるだろう。スタンダードのトップレアを集めることは、それらがいつ禁止されるのか怯えて過ごす生活を手に入れることと同じだ。《黙示録、シェオルドレッド》が、2023年のスタンダードで使用できる保証はどこにもない。

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