糖尿病性腎臓病DKDの概念【糖尿病性腎症DMNと違うの?】
※2021/2/3加筆修正
糖尿病性腎臓病DKDって聞いたことありますかね?
私は循環器内科ですが,学生とか研修医とかのときには,糖尿病も勉強してきたはずなのに,一度も聞いたことがなく,「珍しい病態かなにかか?」と一瞬思ったりもしましたが,全然違いました.
そもそも,DKDは最近言われ始めた新概念だったんです.
今回は,DKDの解説.
糖尿病性腎症DMNとDKDの違い
もともと,糖尿病性腎症DMNと呼ばれる,糖尿病の腎合併症はあったあはずなのに,どうして今さら糖尿病性腎臓病DKDなどという概念が生まれたのか.
まずはこの違いから解説します.
糖尿病性腎症Diabetic Nephropathyとは
糖尿病性腎症Diabetic Nephropathyとは,長期の糖尿病罹患ののちに,尿中アルブミン排泄増加で発症する腎障害のことです.
病理学的には,メサンギウム領域の拡大,間質の細胞数増加と細動脈の硝子化などが特徴とされます.
確定診断は腎生検ですが,糖尿病性腎症の発症数は年々増加してきていたことから.全例で腎生検をするわけにもいかなくなり,臨床的に診断されるようになりました.
具体的には,血尿陰性,網膜症・神経症の合併,他の腎疾患の否定,などです.
☝血尿陰性を確認するのは,糖尿病症例ではIgA腎症を起こすことも少なくないから
☝他の3大合併症の有無を評価するのは,これら細血管合併症は,神経→眼→腎の順で発症するとされ,それだけ長い糖尿病罹患期間の証明のため
糖尿病性腎症は,血糖,血圧,脂質,肥満を多角的に治療することで発症進展が抑制されることが明らかにされており,これらの生活習慣病のトータルマネジメントが標準治療となってきた.
Diabetic kidney disease:DKDの概念
典型的な糖尿病性腎症は,上述したような病態から,アルブミン尿がほぼ必発ですが,近年になり,アルブミン尿を認めない腎障害症例が増加してきました.
その背景として,米国国民栄養調査(1988-2014年)の結果を参照します.
糖尿病治療ないし,心血管保護の意識が高まってきたことで,血糖降下薬,RAS阻害薬,スタチンの使用率が増加してきました.それに伴い,HbA1c,血圧,LDLコレステロール値の低下が起こり,アルブミン尿の有病率は経年的に低下してきたことが,同調査で明らかにされています.
一方で,逆にeGFRの低下は経年的に増えてきていたのです.
この変化に関しては,患者の高齢化やRAS阻害薬の浸透が関与していると推定されています.
この「顕性アルブミン尿を伴わない糖尿病症例のGFR低下」は,病理学的には,糖尿病性腎症でみられる糸球体病変の割合が少なく,対照的に尿細管間質病変と血管病変が進展した,"腎硬化症"の特徴を有する割合が多くなります.
Kidney lesions in diabetic patients with normoalbuminuric renal insufficiency.
Shimizu M, et al. Clin Exp Nephrol. 2014 Apr;18(2):305-12.
よって,古典的な糖尿腎症の概念に収まらない病態と考えられ,これらを含む包括的な概念としてDiabetic kidney disease:DKD(糖尿病性腎臓病)が提唱されました.
注意点としては,腎機能の低下した糖尿病,全てがDKDではないことです.
例えば,腎硬化症や糸球体腎炎などの可能性もあるわけで,特に,IgA腎症は糖尿病症例で来たすことは少なくありません.(ゆえに,上述した糖尿病性腎症の臨床診断方法に,"血尿陰性"が含まれます.)
ベン図にまとめるとこんなかんじ.
DKD症例の薬物治療はどうあるべきか
DKDの重症化予防として,高血糖の是正や血圧管理(特にRAS阻害薬)の有効性は示されてきました.
しかし,☟の論文によると血糖や血圧だけでは十分に抑制しきれないそうです.
Comprehensive risk management of diabetic kidney disease in patients with type 2 diabetes mellitus. Araki s, et al. Diabetol Int. 2018 Feb 27;9(2):100-107.
血糖,血圧以外にも,脂質異常,肥満,喫煙,動脈硬化に伴う腎虚血など,多岐にわたるリスク因子が混在しており,これらの包括的管理が推奨されます.
このことは,Steno-2研究などで示されています.(☟の記事でSteo-2研究は解説してます)
結局何がしたいか:DKDの概念を作った意味
ここまで読んで,「なるほど」と思った方も,煮え切らないところがあるはず.
そう.
結局,わざわざDKDという新概念を持ち出して,何がしたいのか.
そもそものストーリーをまとめと,こう.
「糖尿病性腎症DMNは,血糖管理ないし,RAS阻害薬で有意に抑制できてきている」
「しかし,おかしいぞ!?DMNを減らし続けても,どうしても予防しきれない腎臓病がいる!こいつらを生検すると腎臓の病理もDMNとなんか違う..異なる病態なんじゃないか?!」
「よし,これらまとめてDKDと名付けちゃおう!」
です.
つまり,言いたいことは
「血糖管理して,RAS阻害薬飲ませれば,糖尿病患者の腎機能悪化の予防は完璧だと思ってる?」
「油断するなよ?そんな単純な話じゃないんだ」
「ちゃんと血圧とか,脂質異常とか,肥満とか,喫煙とかも是正していかないと,それでも腎臓は悪くなっちゃうぞ!」
ということです.
これを言いたいがために作られた概念だと,私は思っています.
臨床への実用:DKDを意識して具体的な対応を考える
包括的な管理が大事なことはお話ししました.
もう少し具体的な話をします.
➀血糖管理
DKD重症化予防のためには,HbA1c7.0%未満が推奨されています.
DKD症例の血糖管理を考えた時,エビデンスの王様であるメトホルミンは,(腎機能的に)使用しづらくなるので,代替となりそうな薬剤を考えます.
そこで,昨今DKDの進行抑制が期待されているのがSGLT2阻害薬です.
EMPA-REG OUTCOME試験,CANVAS試験,DECLEAR-TIMI58試験などで,SGLT2阻害薬のDKD予防効果が示されています.
この機序としては,SGLT2阻害薬が,血糖降下症だけでなく,体重減少,血圧降下,脂質異常症改善など,多角的に働くためではなかろうか,とされています.(真偽のほどは不明)
但し,腎不全期の使用に関する有効性のデータは少なく,今後に期待といったところでしょうか.
エビデンスは乏しいですが腎不全期でも安全に使用できるのはDPP阻害薬のトラゼンタ®やテネリア®,αグルコシダーゼ阻害薬全て,グリニドのシュアポスト®などになるので,血糖降下作用が足りなければ検討します.
肥満は,DKDを悪化させる可能性があるので,SU薬は好ましくありません.腎機能障害例におけるSU薬の使用は,低血糖のリスクも高いので,SU薬はなおさら適切でないといえます.
➁血圧管理
薬剤選択に関して
”蛋白尿があれば,ACE阻害薬/ARBを優先”
”蛋白尿がなければ,一般的な第一選択薬(ACE阻害薬/ARB,Ca拮抗薬,利尿薬)のなかに優劣無し”
というのがガイドラインの推奨.
蛋白尿陽性例は,糸球体内圧の上昇が示唆されるため,ACE阻害薬/ARBの糸球体圧を下げる効果が,腎保護作用を生むためです
実際に,蛋白尿を特徴とするDMNは,ACE阻害薬/ARBの使用で,(他の降圧薬に比して)有意にDMNの進行予防ができたとする報告は多数あります.
一方で,蛋白尿陰性例では,糖尿病合併高血圧であっても必ずしもACE阻害薬/ARBの優位性があるわけではないことがわかり,このような推奨になっています.
ちなみに,2019年に高血圧治療ガイドラインが改訂されるまでは
「糖尿病合併高血圧 ⇒ ACE阻害薬/ARBが第一選択薬」
という単純な推奨でした.
蛋白尿を特徴とするDMNから,より広い疾患概念であるDKDへと治療フォーカスが変わったことも,この降圧薬のクラス推奨の変化に関与していると思います.
また,DKD重症化予防のためには,(より厳格な)130/80mmHg未満の降圧目標が推奨されています.
この目標血圧に降圧することは,DKD予防にとってはとても大事なことので,ACE阻害薬/ARB単剤+Ca拮抗薬などといった併用療法は積極的に検討しましょう.
「蛋白尿ないしDMNを減らすことに関しては,ACE阻害薬/ARBは鉄板」
「しかし,DKDを減らすには,”ACE阻害薬/ARBを優先に選べばいい”という単純な話ではない」
「蛋白尿陰性なら通常どおりの第一選択薬から薬剤を選択する」
「DKD症例において,血圧管理は厳格にすべきであり,多剤併用療法も積極的に検討する」
というイメージ.
➂脂質異常症
LDLコレステロールは120mg/dL未満,HDLコレステロールは40mg/dL以上,(早朝空腹時)中性脂肪150㎎/dL未満が推奨です.
基本のスタチンを中心に治療していきましょう.
➃生活習慣の是正
適切な体重管理,運動習慣の推奨,禁煙,アルコール制限,などが言われています.
まぁ,「健康とされていること,全部やれ」って感じですね←
[参考文献]
日本内科学会雑誌108巻5号 など
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