低酸素血症のない急性冠症候群に酸素投与は不要なのか?【少し懐かしい知識を掘り返す】
現在,医療現場にいる方々は,学生の頃などに,心筋梗塞(特にST上昇型心筋梗塞)の初期対応として,MONA(塩酸モルヒネ、酸素、硝酸薬、アスピリン)を習いませんでしたか?
その1つに酸素投与があります.
しかし,現行のACSガイドライン(2018年改訂版)では,低酸素血症のない症例でのルーチンな酸素投与は推奨されていません.
先日,Twitterでのご質問にお答えしましたが,意外にこの推奨が浸透しきっていないと思いましたので,解説させていただきます.
低酸素血症ない患者へのルーチンな酸素投与は“利益がないno benefit”
現行のガイドラインの1つ前のガイドライン「ST 上昇型急性心筋伷塞の診療に関するガイドライン(2013 年改訂版)」までは
・SpO2<94%は酸素投与(classⅠ, B)
・来院後6時間以内酸素投与(classⅡa, C )
という推奨でした.
特に確認してほしいことが,この推奨に従うなら,STEMIは全例来院後6時間は酸素投与をするべき,ということです.
これが,現在も慣習的に行われているMI症例への酸素投与の”クセ”に関わっていますね.
でも,このときの推奨エビデンスレベルはCです.
つまり,あまり根拠はなかったわけです.
その後,2017年から18年頃に,低酸素血症のない患者への酸素投与の有効性に否定的なRCTやメタ解析が相次ぎました.
このため,現行の「急性冠症候群ガイドライン(2018 年改訂版)」によると,AMIに対する酸素投与の推奨は
・SpO2<90%未満は酸素投与(classⅠ, C)
・SpO2≧90%にルーチンの酸素投与は推奨されない(classⅢ no benefit, A )
です.
2番目の「ルーチン酸素投与の否定」はエビデンスレベルAになってますね.
では,具体的に代表的な試験を確認します.
■AVOID trial(Circulation 2015; 131: 2143-50)
・オーストラリアの9施設のRCT
・対象:STEMIでSpO2≧94%,441人
・搬送時から➀酸素 8L/min vs ➁酸素投与無し
➀の酸素投与はカテ後に病棟に帰室するまで投与継続
➁は,途中でSpO2<94%になったら酸素投与を開始し,SpO2≧94%を保つ
・primary endpoint
酸素投与群(➀)で有意なピークCKの上昇
・その他のoutcome
酸素投与群(➀)で心筋梗塞再発率,不整脈頻度ともに有意に増加
発症6か月後にMRIで評価した梗塞サイズが,酸素投与群(➀)で有意に増加
ルーチンの酸素投与が,梗塞範囲,不整脈,心筋梗塞の再発を有意に増加させたという,嫌な結果.
■DETO2X-AMI trial(N Engl J Med 2017 Aug.28)
・スウェーデンの35施設のRCT
・対象:STEMIでSpO2≧90%,6629人
・➀酸素6L/minを6-12時間 vs ➁酸素投与無し
・primary endpoint
1年後の全死亡に有意差なし
・その他
心筋梗塞の再発も有意差なし
ルーチン酸素は,有害でないがあえてする必要もない,という結果.
AVOIDほどではなかったですけど,やはり有用性はない様子.
■2つの試験の違い
「この2つを見せられたからなんなんだよ」
「結局,有害なの?無益なだけなの?それともどっちでもないの?」
➀規模の違い
AVOIDの対象は500人弱であるのに対し,DETO2X-AMIは6600人以上.
エビデンスの強固さとしては,DETO2X-AMIの圧勝でしょう.
このことから,ルーチン酸素投与に関しては
「有害とまではさすがに言えないかもしれないが,無益であることは強いエビデンスがある」
と考えてください.
➁”低酸素がない”の定義と酸素投与量・投与方法
さらに”ルーチン酸素投与が有害である可能性”に踏み込みます.
”低酸素がない”の定義は
AVOIDではSpO2≧94%,DETO2X-AMIではSpO2≧90%
と,AVOIDの方がきつめ
酸素投与の量・方法は
AVOIDでは8L閉鎖型マスク,DETO2X-AMIでは6L開放型マスク
と,AVOIDの方が高濃度の酸素が投与される.
ということで,AVOIDの結果に信憑性があるのであれば,
よりSpO2が高い症例に
より高濃度の酸素を投与することで
酸素投与が「無益→有害」となる可能性がある
ということです.
有害性の機序としては
・活性酸素による再灌流障害
・冠動脈血管抵抗の上昇
などが推察されています(Am Heart J 2009; 158: 371-7など)
■実際の対応を考えてみる
基本の考え方としておさらいすると
SpO2≧90-94%の急性心筋梗塞に対するルーチン酸素投与は無益
と考えます.
90-94%と幅を持たせたのは,AVOIDは≧94で,DETO2X-AMIとガイドラインは≧90だからですが...
どうでしょう.
「SpO2 90%のAMI」はさすがに酸素投与をしたくないですか?
これは,ガイドラインの推奨を鵜呑みにしたらこうならないと思いますが,「SpO2 90%」はギリギリすぎるし,怪しいんです.
➀「SpO2 90%」はギリギリ
酸素解離曲線ってあるじゃないですか?
SaO2とPaO2の相関をみた曲線です.
pHや体温が健常状態として,酸素解離曲線を考えると,SaO2は90を下回ると急降下するんです.
確かに,酸素運搬量DO2の式(割愛)を考えると,SpO2が90あれば,循環に大打撃を与えることはないですが...
ひとたび悪くなったらSpO2は急降下します.
「PaO2 90→60(-30)」は「SpO2 100→90」で済みますが
「PaO2 60→30(-30)」は「SpO2 90→60」ですからね.
崖の上にはいるんだけど,崖っぷちギリギリのイメージです.
➁「SpO2 90%」は怪しい
そして,もう1つ言うと
「なんでそんなにSpO2低いの??」
という疑問です.
普通に考えれば,心不全として破綻している可能性が高いですよね?
急性心筋梗塞なんですから!
もちろん,肺炎を合併したり,色々な可能性がありますけど,そこは頭を変に捻るところではありません.
循環不全(の徴候)があれば,SpO2を高値にすることは有用な可能性はあります.
ガイドラインでも「低酸素血症,心不全やショックの徴候がある場合には酸素投与を開始すべきであるが,ルーチンの酸素投与は推奨されない.」とあり,循環不全に対する酸素投与は否定されていません.(それは”ルーチン"ではない,という意図)
ゆえに,(明らかなCOPDの既往でもない限り)SpO2 90%のAMIをみたら,循環不全を合併している可能性を考えて,酸素投与することは間違っていないと思います.
■まとめ:AMIに対する酸素投与の具体的戦略
ということで,AMIに対する酸素投与に関してですが,もう一度現行ガイドライン「急性冠症候群ガイドライン(2018 年改訂版)」を引用すると,
・SpO2<90%未満は酸素投与(classⅠ, C)
・SpO2≧90%にルーチンの酸素投与は推奨されない(classⅢ no benefit, A )
です.
これは,6600人という大規模RCTを施行したDETO2X-AMI trialの結果に,概ね合わせています.
この試験のポイントは,「ルーチン酸素投与が(有害ではなく)無益」であること.
ただし,その少し前に行われたAVOID trialでは,「ルーチン酸素投与は有害」となっており,2つの試験を比較すると
よりSpO2が高い症例に
より高濃度の酸素を投与することで
酸素投与が「無益→有害」となる
可能性があります.
以上をふまえた私のオリジナル方針は
➀SpO2≧94
レントゲンや症状から明らかなうっ血や心不全徴候なければ酸素投与無し
➁SpO2<90
循環不全に対して,(過度でない)適切な量の酸素を投与
➂90≦SpO2<94
心不全徴候ないし循環不全徴候がないか注意深くチェック
明らかなCOPD歴などなければ,少量の酸素投与を開始
という感じです.
➂などはとくに迷うと思います.
しかし,迷ったら少量酸素投与で問題ないと思います.
思い出してください.
あくまで,エビデンスレベルが高かったDETO2X-AMI trialやガイドラインが言っているのは「無益」までです.
AVOID tiralのように,無駄に高用量酸素を投与しなければ,そうそう「有害」にまではならないと思います.
そして,それ以上に,「ガイドラインはこう言ってるから~」と思考停止して,循環不全に酸素投与を怠る方が,明らかに愚行です.
今回の話は以上です.
本日もお疲れ様でした.
【参考】
「急性心筋梗塞患者への酸素投与の是非」冠疾患誌 2019; 1: 30-32