【代償機構のブレーキ】カルペリチド(ハンプ®)について【ARNiが流行る前に】

”ハンプ®といえば心不全の薬”

”なんか,心臓とか腎臓にやさしい利尿薬”

こんなイメージですかね?

今回は,カルペリチド(ハンプ®)の話.

これから流行るかもしれないARNi(アーニィ)(ネプリライシン阻害薬とARBの複合剤)の予習にもなるかもしれません.

■前提:心不全における体液貯留

カルペリチドと言えば,利尿剤.

利尿剤ということは,体液貯留が治療ターゲットですよね?

 

ではまず,そもそも心不全で体液貯留がおきる過程を考えます.

➀心拍出低下

まずは,心不全は,なんにせよ心拍出が低下します.

➁さまざまな受容体が,心拍出低下を察知

この心拍出低下を,大動脈弓部,頸動脈,腎輸入細動脈,心臓など色々な体液量感知機構が察知します.

➂色々な調節系:神経体液性因子が亢進

この察知によって,交感神経活性が亢進し血管が収縮RAA系,ADH系などが亢進します.

➃血圧や循環血漿量を保とうとする

これらの系が亢進すると,血圧上昇,糸球体濾過量の低下ナトリウム再吸収の増加水の再吸収増加,などが起きます.

この反応は,心拍出低下によって,血圧や循環血漿量が下がらないようにする代償機構なのですが,結果的に体液が貯留することになります.

➄代償機構が強すぎないようにするブレーキ:ナトリウム利尿ペプチド

一方,心不全では,体液貯留や圧負荷を心臓が察知して,ナトリウム利尿ペプチドも産生が亢進します.

このナトリウム利尿ペプチドは活性した交感神経やRAA系などに拮抗するように働きます.

いわば,代償機構が暴れまわらないようにするブレーキですね.

 

■ナトリウム利尿ペプチド:代償機構のブレーキ

ナトリウム利尿ペプチドには

➀心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)
➁脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)
➂C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)

があり,中心的に作用するのはANPとBNPです.

➀ANP
主に心房で合成・貯蔵.心房の伸展刺激で分泌.

➁BNP
主に心室で合成・貯蔵.心室の伸展や圧負荷で分泌.

 

カルペリチドは,このANPの遺伝子組み換え製剤ですね.

 

■カルペリチドの作用

血管拡張作用,ナトリウム利尿作用,レニンやアルドステロン合成抑制作用,交感神経抑制作用,など様々な作用を発揮します.

要は,おおむね,神経体液性因子に拮抗する薬なんです.

 

寒い時に暖房をつけて寝ますよね?

でも,暖房強すぎると,掛け布団をはいだりしません?

おそらく,カルペリチドの作用はそんな感じ.(「寒い=心拍出低下」,「暖房=神経体液性因子」,「掛け布団をはぐ≒カルペリチド?」)

暖房が効きすぎてるのに,掛け布団が身体に縛り付けられてたら,暑すぎて辛いですからね.(これがいい例えかどうかは,まったく自信なし)

 

■カルペリチドの効果

次に,実際のカルペリチドの効果とされている代表的な事項を説明します.

➀動脈平滑筋を弛緩
血圧が下がります.硝酸薬のような効果です.

➁輸入細動脈拡張
腎交感神経の亢進で,輸入細動脈は収縮するので,その反対の作用というイメージ.
糸球体濾過量が増えます

➂ 腎髄質血流を増加させる
腎髄質の直血管にはANPの受容体があり,ANPは髄質血流を増加させます.
すると,腎皮質から腎髄質の浸透圧勾配が低減されて,ヘンレのループの濃縮機構が阻害されます.
つまり,ループ利尿薬みたいなナトリウム利尿作用を発揮します.

➃アンギオテンシンⅡに拮抗
ARBのような効果ですね.血管拡張作用にもつながりります

➄レニン分泌、アルドステロン分泌を抑制,アルドステロンの作用に拮抗
レニン阻害薬やMRAのような作用.
遠位尿細管でのナトリウム再吸収を抑制します.

➅ADHの作用に拮抗
トルバプタンのような作用.
水の再吸収を抑制します.

 

■実際の使用に際する特徴

他の利尿剤と比較した時,

・交感神経活性を亢進させにくいため,脈拍が増えにくく,心筋の酸素需要が低減される
・ナトリウムやカリウムなどの電解質のバランスが乱れにくい
・神経体液性因子を抑制する方向の作用なので,臓器保護的に働く

私的には

心腎保護的な利尿剤

もしくは

(利尿作用含め)心負荷をもろもろ軽減する薬

というイメージです

■良い適応/注意点

注意すべき副作用として,血圧低下や組織低還流があります.

血圧や組織還流を保とうとする代償機構,に対するブレーキですからね.

当然といえば当然です.

さっきの例えでいえば

寒くて暖房付けたら熱くなりすぎて,掛け布団をはいだ

そしたら,布団をはぎすぎて風邪をひいた

という感じ.

 

このことを踏まえると,安全かつ有効にカルペリチドを使用できる症例は

・血管内オーバーロードが確実にある
例えば,下大静脈径や中心静脈圧で評価しましょう.

・血圧が低くない
明確な基準は言われていないですが,よほど慣れていない限り,収縮期血圧が100mmHg未満の症例には使用しない方がいいです.

血圧低下の副作用は,特に投与初期に多いので,まずは低用量(0.025~0.05 μg/kg/分[場合により0.0125 μg/kg/分])から持続静脈内投与することが推奨されています.

 

■急性心不全治療におけるガイドラインでの立ち位置

まさかの,利尿薬カテゴリーではなく,血管拡張薬カテゴリーとなっています.

これまで述べたように,利尿効果というよりは,神経体液性因子の拮抗作用という側面が重視された結果と考えます.

そんなカルペリチドの急性心不全治療薬としての推奨は,

・非代償性心不全の肺うっ血(classⅡaB)

・難治性心不全で,強心薬との併用(classⅡaB)

・重篤な低血圧,心原性ショック,右室梗塞,脱水へは投与すべきでない(classⅢC)

ちなみに,他の利尿剤の推奨は
ループ利尿薬:急性心不全における体液貯留(classⅠC)
トルバプタン:ループ利尿薬などの他の利尿剤で効果不十分な体液貯留(classⅡaA),低ナトリウム血症を伴う体液貯留(classⅡaC)
MRA:ループ利尿薬の作用減弱例での併用(classⅡbC),腎機能が保たれた低カリウム血症(classⅡaB)
サイアザイド系利尿薬:ループ利尿薬などの他の利尿剤で効果不十分な体液貯留(classⅡbC)


■ガイドラインでの評価

薬効だけをみると,よっぽど心臓を保護してくれそうですが,実は心不全の予後改善効果は確立されていません

心筋梗塞後の急性期におけるカルペリチド投与が,梗塞サイズや再灌流傷害を有意に減らし慢性期の心機能を改善させ,心臓死および心不全入院を有意に低下させた,という報告があります.(Lancet . 2007 Oct 27;370(9597):1483-93.)( J Am Coll Cardiol 2012;59: 1006-1007. )

また,冠動脈バイパス術を施行する左室機能不全患者を対象としたカルペリチドのランダム化比較試験では,2~8年後の心臓死ならびに心イベント発生が有意に低下したいう報告があります.(n. J Am Coll Cardiol 2010; 55: 1844-1851. )

このように,症例を選ぶことで,心不全の転帰を良くする可能性はあるようです.

また,腎保護効果に関しても同様で,開心術における腎保護,造影剤腎症の予防に有効という報告がある一方で,急性心不全症例において,画一的に腎保護効果を示すか否かは結論が出ていないようです.

 

■まとめ

心拍出低下から起こる神経体液性因子による代償機構.

これは,血圧や組織還流圧を保つために必要な機構ですが,これが過剰に働くことで,体液貯留が起きます.

カルペリチドは,この代償機構と拮抗するような作用のANPの製剤.

利尿剤とされたり,血管拡張薬とされたり,扱いは様々ですが,多彩な作用から心臓や腎臓などの臓器保護的な働きが期待されています.

ただ,現状のエビデンスは当初の期待ほどではない気がします.

しかし,昨今使用可能になったARNiが,ナトリウム利尿ペプチドの真の有用性を今後示してくれるかもしれません.

カルペリチドは,持続静脈注射薬なので,出番はどうしても急性期に絞られていましたが,ARNiは内服薬なので,慢性期の心保護・腎保護作用に,今度こそ期待がかかりますね.

 

実際に使用する際の注意点として,その作用を鑑みるに血圧低下に注意すべきです.

特に,血管内オーバーボリュームが目立たない症例や,元々血圧が低めの症例は,カルペリチドの使用を避けた方が安全です.

また,使用開始する際は,低用量から開始することが,ガイドライン推奨されています.

具体的には,0.0125~0.025 μg/kg/分程度で開始するようにしましょう.

 

今回の話は以上です.

本日もお疲れ様でした.



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?