「浮腫に利尿薬は使用しません」【浮腫治療における適切な利尿薬の使用方法を考える】
みなさん,浮腫に利尿薬は使用しますか?
「いや,使用するでしょ?」
「適応病名にも"浮腫"って書いてあるよ?」
そうですね.
利尿薬の適応病名には浮腫があります.
でも私は,滅多なことでは「浮腫に利尿薬は使用しません」.
➤浮腫に利尿薬が使用される理由
➤適切な利尿薬の使用方法
この点を解説していきます.
1.「浮腫に対して利尿薬は使用しません」
タイトルとすこし変えたのわかりましたか?
「浮腫に利尿薬は使用しません」と言いましたが,正確には「浮腫"に対して"利尿薬は使用しません」
1-➀.浮腫形成のしくみ
そもそも,浮腫形成が起きる原因は,血管内から間質への水移動です.
血管内から間質への水移動は,Stalingの式で規定されます.
Starlingの式:LpS×(Δ静水圧ーΔ膠質浸透圧)
Lp:透過係数
S:全毛細血管濾過面積
Δ静水圧:毛細血管の静水圧 ー 間質の静水圧
Δ膠質浸透圧:毛細血管の膠質浸透圧 ー 間質の膠質浸透圧
この値が高ければ高いほど,間質に水が移動して,むくみます.
(例:炎症が起きるとLpが上昇してむくむ,尿が出なくなって静水圧が上昇してむくむ)
1-➁.利尿薬は毛細血管静水圧を下げる
利尿薬は,尿を増やし血管内容量を減らしますよね.
その効果によって静水圧を下げることが,浮腫治療における利尿薬の役割です.
つまり,Starlingの式の中で,利尿薬が"改善しうる"のは,Δ静水圧のみなんです.
毛細血管の静水圧上昇の原因は,静脈圧の上昇と考えて問題ありません.
※毛細血管の静水圧は,動脈圧の影響を受けません.
「血圧が上がった瞬間に全身がむくんだ,なんてこと聞いたことないですよね?
これは,血圧上昇を察知すると,前毛細血管括約筋が収縮して,毛細血管静水圧を上げないようにしているからです.
静脈圧の上昇は,心不全,腎不全,もしくは中枢側の静脈閉塞(DVTなど)で起きます.
静脈閉塞で起きている静脈圧の上昇に,利尿薬を使用しても,(物理的に血流が阻害されている結果なので)むくんでいる部分の静脈圧は変わらないですよね.
すると,合理的に浮腫に対して利尿薬が使用される場面は,結局のところ,心不全や腎不全だけなんです.
1-➂.「浮腫"に対して"利尿薬を使う」というのは本質的でない
よって,私的に「浮腫"に対して"利尿薬を使う」という表現は,気持ちが悪いんです.
だって,
例えば,蜂窩織炎でむくんでいる人に,利尿薬は使用しないですよね?
例えば,(DVTなどの)静脈閉塞で下腿がむくんでいる人に,利尿薬は使用しないですよね?
「いや,それは当たり前でしょ」と思ったかもしれませんが,「浮腫"に対して"利尿薬を使う」という表現は,そういう意味です.
何が言いたいか.
浮腫とは,あくまで徴候.
実際には,その裏にある病態を,利尿薬使用のターゲットにしなければならないということです.
利尿薬を「浮腫治療薬」として考えることは本質的ではないです.
➤利尿薬は,本質的に"浮腫治療薬"ではない
➤浮腫治療における利尿薬は,静水圧降下薬
【余談】Starlingの式に依存しない浮腫形成:リンパドレナージの低下
Starlingの式が規定するのは,"血管内から間質への水移動"です.
この"血管内から間質への水移動"が亢進せずに,浮腫を形成する方法が1つあります.
それがリンパドレナージの低下です.
つまり,間質からの水の逃げ場がなくなっている状態です.
これを「リンパ浮腫」と言います.
2.「浮腫に対して利尿薬を使用すること」の弊害とは?
「わけかわからん精神論を言いやがって...」
「浮腫に利尿薬を使用して,何か問題があるのかよ?」
って思いましたか?
あります.
問題があるので,この記事を書きました.
罠みたいなもんです.
2-➀.浮腫とは徴候であり,表現型
むくんでいれば体液貯留があると考えますよね.
ゆえに,除水目的で利尿薬を使用するイメージがあります.
このようなイメージです.
ただ,浮腫の病態って,こんな単純じゃないですよね?
浮腫の鑑別には以下のようなものがあります.
(≫浮腫の鑑別を解説した記事からの引用)
こんなにあるんですよ.
つまり,浮腫とはあくまで徴候であって,ただの表現型です.
単一病態ではないんです.
2-➁.浮腫治療で意識すべきは血管内容量
では利尿薬の話です.
浮腫治療における利尿薬の効果とは,静水圧を下げることでしたね.
心不全や腎不全による浮腫は,静水圧上昇による浮腫です.
ゆえに,心不全や腎不全による浮腫の治療に利尿薬を使用することは,理にかなっています.
一方,血管透過性亢進による浮腫や膠質浸透圧低下による浮腫は,必ずしも静水圧上昇を伴いません.
血管内容量が増加していない状態に利尿薬を使用しても,効果は乏しいです.
むしろ,血管内脱水などの有害事象にもつながりかねません.
なので,「浮腫に対して利尿薬を使用する」のはおすすめできないんです.
浮腫に対して利尿薬を使用するのに適した病態とは,血管内容量の増加があるときなんです.
静水圧を下げる薬なんですからね.
※ちなみに,静水圧の上昇による浮腫であっても,DVTや上静脈症候群のような静脈閉塞による静水圧の上昇には,(当然ですけど)無効です.
➤浮腫に対して盲目的に利尿薬を使用すると,有害となる可能性がある
➤浮腫に対して合理的に利尿薬を使用できるのは,心不全や腎不全による血管内容量の増加を病態として考えたとき.
3.どのように血管内容量の増加を察知するか
とはいえ,浮腫は身体所見で見えますが,血管内容量や静水圧はわかりませんよね?
我々循環器内科医は,浮腫の紹介や相談を受けることが多いです.
その際に,利尿薬が有効な浮腫かどうか(≒血管内容量の増加の有無)を見分けているポイントを解説します.
3-➀.中心静脈圧を測定したり推測したりする
これは一番もっとも核心的です.
静水圧は静脈圧と相関します.
全身の循環の中心である中心静脈圧(CVP)は,もっとも核心的な静水圧の指標ですよね.
ただ,難点は中心静脈カテーテル(CV)が必要なこと.
ちょっとした技術や環境が必要ですし,何よりも侵襲的ですよね.
当然外来ではできません.
そこで,簡便かつ非侵襲的,さらには外来でも施行可能なのが,エコーによる下大静脈径(IVC)の計測です.
・最大下大静脈径が20㎜以上 かつ 呼吸性変動がないとき,中心静脈圧の上昇を疑います.
・逆に,下大静脈径が20㎜未満 かつ 呼吸性変動があるとき,中心静脈圧の上昇は否定的です.
・このいずれでもないとき(例.下大静脈径20㎜未満だが,呼吸性変動がない)は,明確な中心静脈圧の上昇は示唆されませんが,正直なところよくわかりません.他の指標と合わせて考えましょう.
ただ,これも難点があるのは,施設によってはエコーの機材や施行する技能がないかもしれません.(IVCの計測は,超簡単なので,医者なら誰しもができていい技能だとは思いますが...)
3-➁.肺うっ血所見,心負荷マーカーの上昇はないか?
CVP測定が静水圧の評価には最も核心的ですが,外来や救急の場でいきなりCVPは測定できないでしょう.
IVCによる静水圧の推測も,完全無欠ではありません.
すると,他の指標が必要になります.
それが肺うっ血所見やBNP,NT-proBNP,ANPなどの心負荷マーカーの上昇です.
つまるとこ,血管内容量増加の徴候を見つければいいわけです.
浮腫は血管内容量増加の徴候の一つですが,血管内うっ血は,肺のうっ血や心負荷マーカーの上昇も起こします.
心負荷のマーカーは採血すればわかります.
肺うっ血は,聴診時の湿性ラ音やレントゲン所見,起坐呼吸症状などから判断することができます.
これらの所見が揃っていれば揃っているほど,血管内容量の増加が疑わしいですよね.
3-➂.「っぽくない所見」を確認する
今度は逆に,「血管内容量の増加っぽくない所見」を探します.
血管内容量の増加がなくてもむくむ疾患を除外しましょう.
ちなみに,片側性や局所性の浮腫は,基本的に血管内容量増加が原因とは考えられないので,論外です.
➤血管透性が亢進するような炎症反応,アレルギー反応は示唆されないかWBC,CRPなどの採血マーカーもそうですが,発熱や患部の熱感もチェックしましょう.
➤薬剤性の浮腫は疑わしくないか
Ca拮抗薬やACE阻害薬は特に注意です.
➤低アルブミン血症はないか
原因は,ネフローゼ症候群や肝硬変など.
➤甲状腺機能低下症はないか
稀ですが,粘液浮腫の原因となります.
血管内容量の増加を察知するには
➤中心静脈圧の測定ないし推測
➤肺うっ血所見,心負荷マーカー
➤血管透過性亢進や膠質浸透圧の低下は示唆されないか
をチェックする
4.静水圧の上昇が主因でなくとも,浮腫に利尿薬を使用するか:使用することはある
ここまで読んで,意義がある人が生じるはず.
「ネフローゼ症候群や肝硬変で利尿薬を使用しているの見たことがあるぞ!どうなってるんだ!?」
4-➀.漏出性の浮腫(ないし胸腹水)に対する対症療法
繰り返しにはなりますが,利尿薬が介入できる浮腫の病態は,静水圧だけです.
低アルブミン血症が浮腫の原因の時,その治療の本幹は,低アルブミン血症の原因を治すことです.利尿薬ではありません.
ただ,浮腫自体が有症候性のとき,(原因が血管内容量の増加でなくとも)対症療法として利尿薬を使用することがあります.(但し,漏出性に限る)
主因が血管内容量の増加でない限り,(痛いとか,靴がはけなくなった,とかのない)無症状の必ずしも必要であるとは言えませんが.
なぜ効くんでしょうか?
静水圧を下げるだけなんで,(浮腫の成因を考えると)全然効かなそうですよね?
実際,さっき"あんまり効かない可能性がある"って言いましたし...
その理由は,浮腫の形成には上述した"Starlingの式による水移動"以外にも,RAA系の亢進などが必要なことが関与します.
【浮腫形成の維持:RAA系の亢進】
血管内から間質への水移動は,浮腫形成のはじまり,つまり"きっかけ"に過ぎません.
実際に,浮腫として,その間質への移動状態が維持されるためには,RAA系などの亢進が必要です.
RAA系などは,血管内Volumeの低下を察知して,水とナトリウムを体内に溜め込むんです.
≫浮腫形成のしくみに関しては,こちらの記事でも言及しています.
≫MRAの解説記事
この体液貯留のしくみを考えると,体液貯留の実行犯である腎臓を抑える利尿薬は,仮に静水圧上昇が浮腫の主因でなくとも,まったくの無効ではありません.
ただし,注意点は2つ.
■1つは,あくまでも対症療法であるということを肝に銘じましょう.
血管内脱水のリスクが高く,利尿悪は少量から慎重に使用すべきです.
また,原因を治療しない限り,対症療法だけで浮腫をとりきることは難しいことを忘れないように.
■もう1つは,病態を考えると,ミネラルコルチコイド拮抗薬(MRA)やトルバプタン(サムスカ®)の方が,有効だったり安全だったりします.
実際に,トルバプタンは"肝硬変における体液貯留"にも適応があります.
≫トルバプタン(サムスカ®)の解説記事
■「結局利尿薬,使うんじゃないか!」⇒アクセルの踏み方が違う
ということで,血管内容量増加が主病態ではなくとも,漏出性の浮腫に対しては利尿薬を使用することはあります.
しかし,あくまで対症的な意味合いが強いですし,(原因を除去しない限り)浮腫をとり切れないことも少なくありません.
なので,利尿薬のアクセルの踏み方が違います.
薬剤選択も変わってきますし,やはり「浮腫」とひとくくりにするのは良くない,と思ってます.
4-➁.炎症性の浮腫には利尿薬を使わないか:普通使わない
一方で,炎症性など,血管透過性亢進による浮腫に対して利尿薬を使用することは普通ありません.
いかに対症的な効果の必要性に迫られても,です.(漏出性とは違う)
その原因として,膠質浸透圧や静水圧の変動に比して,水の移動や血行動態の変化がダイナミックだからです.
炎症がコントロールがつかない間は,下手に利尿薬を使用すると,血管内脱水となり循環が破綻しかねません.
逆に,炎症のコントロールがついてくつ回復期に関しても,改善自体が速いので,利尿薬を使うまでもなく改善することがほとんどです.
ただ,実際の臨床では,漏出性の因子と滲出性の因子が混在することもあります.
ゆえに,一概に"絶対に無し"とまでは言えませんが,少なくとも血管透過性亢進が浮腫の主因子と考えられるのであれば,利尿薬で対応しようとは思わないでしょう.
原因を治療しましょう.
➤(血管内容量の増加が主体でなくとも)漏出性の浮腫に対して,対症的に利尿薬を使用することがある.
➤血管内容量増加でない浮腫に利尿薬を使用する際は,利尿の加減と薬剤選択は慎重に.
➤血管透過性亢進による浮腫には,基本的に利尿薬を使用しない.
5(おまけ).心不全の浮腫にはどこまで利尿薬を使用するか
最後はおまけです.
利尿薬使用の妥当な適応と考えられる,心不全などの浮腫に対してですが,最後に,どの程度利尿薬を使用するべきなのか少し考えます.
5ー➀.心不全の浮腫はとりきるべき?
血管内の容量を少なくしすぎると,血圧が下がったり,臓器の血流が低下ししまいます.
一方で,血管内容量が多いままだと,浮腫などのうっ血所見は良くなりません.
よくあるのが
「利尿薬を使いすぎて腎機能が悪くなっちゃったー」
というやつです.
これをWorsening Renal Function(WRF)といって,うっ血性心不全治療における大きな弊害です.
臨床では,うっ血所見を改善させるために利尿薬を使用しながらも,WRFを起こさないように慎重に用量を調整しています.
たとえば,
「浮腫とか胸水はまだ残ってるんだけど,これ以上利尿薬増やすと腎機能悪くなっちゃうんだよね~.多少のむくみはしょうがないか~.」
ってなることがあります.
しかし,心不全治療時に,肺うっ血などの所見や症状を残存させると,予後が悪化することもわかっています.(Eur Heart J. 2013 Mar;34(11):835-43. )
このことからある程度の腎機能増悪(WRF)が起きても,心不全においてうっ血所見は可能な限りとりきることが重要とされています.
とはいえ,至適な血管内容量の考え方は本当に難しいですね.
5-➁.右心不全
最後に,心不全による浮腫は浮腫でも,管理の難しい右心不全の話.
ここでいう"右心不全"とは,左心不全からの右心不全(両心不全)ではなく,"右心単体の心不全である右心不全"です.
右室梗塞,重症三尖弁閉鎖不全症,肺性心,収縮性心膜炎などが右心不全(のみ)の血行動態となります.
これらの病態では,CVPは高くなります.
すなわち,静水圧も高いです.
今回の記事の内容でいうところの,"利尿薬がもっとも合理的に使用できる病態"にはなります.
しかし,右心不全の浮腫に対する利尿薬の使用には,注意が必要です.
その理由は,血管内容量の増加が部分的だからです(分布異常).
このように,右心室以降の循環は容量負荷が少ない状態なので,下手に利尿薬を使用すると,循環が虚脱し,ときに致命的となります.
なので,右心不全に利尿薬を使用する場合は,ごく少量の使用に留めるか,血管内容量を減らしにくいトルバプタンを選択しましょう.
まとめ
いかがでしたでしょうか?
まず,
➤利尿薬は,本質的に"浮腫治療薬"ではない
➤浮腫治療における利尿薬は,静水圧降下薬
ということが大事です.
次に,
➤浮腫に対して盲目的に利尿薬を使用すると,有害となる可能性がある
➤浮腫に対して合理的に利尿薬を使用できるのは,心不全や腎不全による血管内容量の増加を病態として考えたとき.
血管内容量の増加を察知するには
➤中心静脈圧の測定ないし推測
➤肺うっ血所見,心負荷マーカー
➤血管透過性亢進や膠質浸透圧の低下は示唆されないか
をチェックする
血管内容量の増加を確認してから利尿薬を使用するのが安全かつ有効です.
➤(血管内容量の増加が主体でなくとも)漏出性の浮腫に対して,対症的に利尿薬を使用することがある.
➤血管内容量増加でない浮腫に利尿薬を使用する際は,利尿の加減と薬剤選択は慎重に.
➤血管透過性亢進による浮腫には,基本的に利尿薬を使用しない.
浮腫形成とって重要な役割をもつRAA系などの体液貯留系の亢進.
(血管外漏出の主因を問わず)これらの病態をターゲットに利尿薬を使用することがあります.
ただし,利尿薬の用量や薬剤選択は少し工夫しましょう.
また,血管透過性亢進による滲出性の浮腫は,ダイナミックな血行動態の変動がありえるため,その浮腫に対して利尿薬を使うことは通常ありません.
今回の話は以上です.
本日もお疲れ様でした.
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