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ある研修医が教育について教えてくれた事

「優秀な医師であっても、環境に恵まれなければ飛躍することができない」
私にそう教えてくれた若い医師がいる。

彼に出会ったのは、私が日本の地方都市にある市中病院で働き始めたときだった。ちょうど彼は2年間の初期研修を終えて、救急部のスタッフとしてキャリアの第一歩を踏み出したところだった。

彼は若くまだ臨床経験は十分とはいえなかったが、人当たりがよく真摯に患者さんに向き合っていた。

彼と一緒に勤務した病院は地方の市中病院とはいえ、心臓外科を含めすべての診療科がそろっており、病床数が600床を超える大病院だった。そして、ドクターヘリを運営するなど救急に力を入れていたが、救急部は彼と50歳を超えた部長の二人しかスタッフがいなかったため、各診療科が応援を出して救急診療を運営していた。

病院全体で「救急は絶対に断らない」という強い理念があり、どれだけ救急が込み合おうと搬送依頼をすべて受け入れていたので、彼にとってはたくさんの救急症例を経験するという点ですばらしい環境だった。

しかし、彼は数多い症例の診療で忙殺される日々が続き、また彼の上司である救急部長はいわゆる「昔ながらの教育方針」を持っていたため、彼のキャリアアップのための具体的な行動を示さなかった(少なくとも私にはそう見えた)。

そのため彼は高いモチベーションと能力を持っているにも関わらず、十分な指導が受けられず、論文発表など目に見える形でのキャリアアップができなかった。そして、彼は2年後に自分の出身大学である大学病院へ帰ることになった

私は彼と個人的に親しいというほどの間柄ではなかったが、彼のような優秀な人材が去ってしまうのは大きな損失だと感じた。


大学病院で異例の大活躍

そして、それから数年後。

私もその病院から異動し彼と接点のない日々が続いていたが、とある日にSNSで彼がクラウドファンディングで資金を集めていることを知った。

彼は母校の大学病院の集中治療部に所属し、ICUで治療を行っている患者さんの廃用症候群予防のための新たなアプローチに取り組んでおり、クラウドファンディングで研究資金を集めていた。

私は懐かしい思いと彼を失ったときの残念だった気持ちを思い出し、少額ながら寄付をさせていただいた。

そして、そのクラウドファンディングはたくさんの方の支援を受けて目標金額を大きく上回り、彼は資金調達に成功。そして、彼は学会や論文等で学術発表を行い、なんと彼の研究は日本集中治療学会の優秀論文賞に選出されたのだ。

彼はたった数年で自分が夢中になれる目標を見つけ、くすぶっていた才能を見事に開花させた。

そして彼を短期間でここまで活躍させる起爆剤になったのは、大学病院での教育であることは間違いない。

私は彼の活躍を見て、「優秀な人材の能力を開花させるには、良い教育環境が必要」ということを今一度確信した。


良い医療を普及するには、良い教育環境が必要だが・・・

今も人知れず、どこかで彼のように才能ある若者は頑張っている。しかし、昔より改善されてはいるものの旧態依然とした指導体制が蔓延している日本の医療界で、そんな優秀な若者のどれだけが才能を開花させることができるだろうか。私ははなはだ疑問だ。

彼らの才能を開花させるには、その才能を伸ばすための教育環境が必要であり、その体制作りが急務だ。

では、どうすれば良いのか?

課題は「教育する人材」と「予算」の不足だ。

まず優秀な若者を教育できる優秀な指導医は一般的に臨床スキルが高い。そして、優秀な指導医ほど多くの臨床業務をこなしており、教育に回す時間がない。そして、もし指導医がプライベートの時間を犠牲にして教育の時間を捻出したとしても、何のインセンティブのないのが現状だ。

また指導を受ける若手医師も業務に忙殺され、プラスアルファとしての教育を受けるには夜間や休日しか時間を確保できないということも多い。

つまり教育を受ける若手医師、教育を施す指導医どちらにとっても、性善説、根性論で医学教育は成り立っているのだ。

その結果、熱意ある若手医師、指導医どちらもバーンアウトしやすい環境があり、結果的に「技術を見て盗みなさい」といった昔ながらの指導(というか教育の放棄)が令和のこのご時世にまかり通っている。

私はバーンアウトする指導医や研修医が悪いと言っているのではなく、教育システムに問題があると考えている。

ではどうすれば人材不足、予算不足が解決されるのか?

残念ながら、私はまだその答えを見つけることができていない。

指導医、研修医とも業務時間内に教育に専念する時間を確保するには人員増が必須だ。しかし現実を見ると、いまだ当直の前後は36時間連続勤務といった深刻なブラック労働が今でも日常茶飯事に行われている。

人手を増やすのが一番効果的な対策なのだが、ほとんどの病院は赤字経営でこれ以上人件費を増やすことは困難だろう。

将来的には医師以外への業務移管やAI技術の発達などがある程度の効果を発揮するとは思うが、根本的な解決には予算をなんとか捻出するしかないように思う。

クラウドファインディングや民間企業とのタイアップなどが資金確保の選択肢になるのだろうか。


医学教育の充実は医療過誤の減少、医師の労働環境改善に貢献できる未来への投資である。何かいい方法がないか、無い知恵を絞って予算獲得の方法を考え続けていきたい。

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