キスに飲み込まれた言葉
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この漫画を読んで考えたことをまとめた、AロマかつAセク寄りの私、というフィルター、というか生身の人間を通しての批評だ。
キス
「人が嫌がることはしない」というコミュニケーション全般に横たわる原則が、恋愛や性愛の名の下許されてきた歴史があり、それは今も実際に起こっている。DVがその典型だ。多くが親しい仲、夫婦という名前のついた関係の中だから、そこで起きる出来事はあくまでプライベートな問題である。そこで行われるハラスメントにはハラスメントという名前は与えられない。
しかし、断じてそれらが許されるはずがない。ハラスメントはハラスメントだ。どのような関係であれ、他者を傷つけることは許されていない。同意を取れているならばOKとか、そんな問題じゃない。その同意を取るにあたり不均衡は本当にないか?「嫌だ」と言いづらい故に言わない(言えない)わけではないか?
ハラスメントや性暴力は男性→女性の方向で描かれることが多い。実際の数として、その構図が最も多いことも十分理解している。しかし、だからと言って女性→男性のハラスメントが軽視されて良いわけがない。暴力はだめという大原則が、セクシュアリティが原因で阻害されるようなことは許されない。
他の人は嫌だけど、君なら許せる。君は大切な彼女だから。そうやって峰くんはキスを受け入れてくれた。ロマンティック文脈で見られる「特別」の意味を与える行為に、キスがある。
漫画の登場人物において、村井の女友達に「性愛至上主義バリバリ、セックスしてこそ彼氏彼女」的な価値観の役割を押し付けて、村井はエロいこと「は」望まない、性的な文脈での接触について考えるようになった役を担っているように見える。しかし読んでいくと、村井も最後まで性愛至上主義バリバリの人のように見える。村井にとってはキスこそが最大の愛の形で、キスによって関係が変わるほど、それは大きな意味をもつらしい。
関係が代わるコマ、8/11、村井の「キスして」「そしたら別れてあげる」にどのようなメッセージが込められていたのだろうか。私には「訳の分からない性愛のルールから私が解放してあげる。苦痛から遠ざけてあげる。」という意味にしか受け取れなかった。もし峰くんの立場であのように言われたら、私は傷つくし怒るだろう。ルールの中に引っ張り込んだのは村井の方なのに、何を偉そうに解放宣言をするのか。本当に最後まで自分は性愛至上主義の立場から降りなかったじゃないか。付き合う前に「俺はセックスできないし キスもできればしたくない」と伝えて、その条件を受け入れたうえで恋人になったはずなのに、それを反故にしてキスせざるを得ない状況を作り上げたじゃないか。
ここで引っかかったのは「ないからできない」ということの扱われ方だ。どうも峰くんの「できない」ということは軽視されているように思う。最悪な例えをして本当に申し訳ないのだが、もし峰くんが「自分は過去事件に巻き込まれて、そのトラウマで性的なことができないんだ」と言ったら、村井はキスをねだっただろうか。「ないからできない」は「頑張ればできる」ように思われるのかもしれない。頑張ればできるとは、つまり選択の問題に矮小化されることだ。不快だし嫌だけど、頑張ればできるじゃないか、と思われてしまう。
Aセクシュアル寄りの人間としての経験談がある。皮膚から得る快感は刺激の受容の結果として、一応反応はする。痒い所を掻けば気持ちいいのと同じだ。素肌のプライベートゾーンに触れられれば、刺激への反応として、一応身体は跳ねる。しかし、肌でそれらを感じても、脳は恐怖しか感じなかった。他者に性的な欲求が向かないので、この感覚をどう処理し、相手に何を返せばいいのかわからない。行為をする場所は一対一の逃げ場のないところで、助けを求められるわけもない。何より、「この文脈で、あなたに何をどうやって返せばいいかわからないんです」と言って伝わるわけがない。少なくとも相手はルールを理解できていて、何をすべきかきちんとわかっているからだ。あの何もかもが理解できない、まるで言葉の通じない場所に放り込まれる心細さはそんなに想像し難いのだろうか。もっと言えば、性的な接触をする場はより閉鎖的で逃げ場のない環境が作られ、進むほど裸に近い、物理的にも身を守るもの、隠すものが少ない状況に置かれる。例え知識があったとしても、従い動くための指針である欲求を持ち合わせていない人間がそんな状態にさせられて、逃げ出すのを我慢しろというのは、単純に「受け入れろ」という暴力でないだろうか。私はかつてそのような場で、自分の欲求と感情の整理の付かなさでいっぱいいっぱいになってしばらく涙が止まらなかったし、何をすればいいかわからない、そして何もしたくないことに気づいたが何かしなくてはならないことが怖くて怖くて手が震えるのを抑えられなかった。私にとってキスは「生理的に」も、得体の知れなさ的にも無理で、キスのイメージはあの粘膜の生々しい不快感でしかなく、何故かわからないけれど裸を触られるのより怖い。頭の裏からぞっとするような感覚に覆われて、怖くて動けなくなる。
押さえつけられるわけでもない(実際、9/11の4コマ目で峰くんは村井に腕を回し、体格的にも「押さえる側」に回っているように描かれている)、触れる部分だってわずかしかないような行為でも、人によっては気持ち悪いよりも恐怖が勝る行為だったりする。不快感や恐怖の度合いは人それぞれであるからこそ、簡単に性暴力に転じる。恐怖を軽く見る相手であれば、その可能性は高くなる。
もちろん人によるものだが、「性的欲求が他者に向かないから性行為ができない」とは、決して選択肢というだけに収まるものではない。耐えきれないほどの不快感や恐怖、これらが伝わりづらいことは経験上わかっているから、どうやったら伝わりやすいか、でも結局「ない」がために伝わりづらい。その絶望とあきらめと、それでも自分と、相手とを傷つけたくないという思い。できない、という感情だけでそこにたどり着いているわけではないのだ。それらを無理して押さえる必要などない。
何より、性行為を断るのに理由などいらない。断ることを権利としてすべての人が持っている。そして、強要すること自体がハラスメントの意味合いを持つことが認知されていないのは危険である。漫画を怒りながら読み、怒りながらこれを書いているので、それなりに偏った見方をしている自覚はあるが、それにしたって峰くんが拒めないような(この拒めなさは、リアルでこのようなことが起こったら、という想像よりも、この物語の文脈上断ったらストーリーが途絶えてしまうからこうするしかないんだろうな、という個人的な予測に基づくものです。)状況でキスを「強要」するのは、暴力的にしか思えない。
欠落
以前、アセクシャルが主人公の漫画に対する批評を書いた記事で、
A(セクシュアル)とは欠落ではなく、この状態こそが完全体であるセクシュアリティだ。
と書いた。「ない」ことは「ある」という尺度から見れば欠落に見られてしまいやすいが、少なくともAロマンティックでAセクシュアル寄りである私は、恋愛感情がないことや他者に向く性的欲求がほとんどないことで、自分が人間的に欠落していると思ったことは一度もない。
どんな時でも性的接触をしなかった、付き合う前に「キスをしたくない」と言った峰くんは、最後の最後でキスをしてくれた。性的なことができないはずの人が、自分とはキスをしてくれた。だから「何も峰くんは欠落なんてしてない」。
「欠落のスティグマ」を他者に勝手に貼るな。欠落のジャッジを勝手にするな。
「欠落」とは、「必要な部分が抜け落ちていること」という意味だ。
私の経験だが、自分がAロマンティックであると気付いてから、いや、気付くずっと前から、恋愛感情を持っていないことで「お前は未熟だ、人間として未完成だ」というメッセージに晒され続けてきた。そして今でも、Aセクシュアリティはその存在自体を疑われるような言葉を投げられ、存在をないことにされがちだ。
存在をないことにされがちというのは、「まだ」相手に出会っていないからそういう欲求が(わから)ないんだねと、気づきの経験や、名乗っている経緯を全くないことにされる、ということだ。自分が確かに経験してきたことを、他者に勝手に「無効」と判断され、一方で持っていない欲求や感情がないことで「人間なら(本能、とかいうわけのわからない理由で)持っているはずのものがないなんて、おかしい」と言われる。「ある」側の立場から勝手に私に付け足したり消したりしようとする手は邪魔でしょうがない。そして、「ある」側の尺度が多く流通している中で「ない」自分は人間として欠落しているんじゃないか、周りと比べて自分は何か足りないんじゃないか、と悩み苦しみ、しんどくなる人がいるのだ。私が欠落を感じずにいるのはたまたまで、他者に自分の尺度を押し付ける暴力にはずっとさらされてきたし、「お前はそのままでいる以上完成品ではない」などと言っていいはずがない。「ない」セクシュアリティに対し、簡単に欠落という言葉を使うことが本当に腹立たしい。我々の「ない」という経験は決して欠落の経験ではない。
言えない代わりは沈黙?
この漫画の問題は、「ノンセクシャルの彼氏のお話」としながら、限りなく性愛者側に寄り添った世界から描かれていることだ。村井=性愛者側の話だからあのようになったというのなら、性愛者が非性愛者に行うごく一般的なハラスメントの話でしかない。そうでないはないと言うなら、物語の中で起こっている問題を指摘し、せめて解決に向かうことを匂わせるくらいはしてほしい。またノンセクシュアルの話であるというのなら、峰くんがあまりにも「マジョリティに都合のいいマイノリティ」の枠を出ない範囲でしか描かれていないように思う。ノンセクシャルがメインの話だと言うなら、もっと峰くんの感情を、ありふれた日常の中でしんどくなる場面や、しんどさの原因である性愛・恋愛規範によって苦しめられている、ということを描き切ってほしい。
まさか、この話の問題は、峰くんが性的な接触に応じてくれなくて、村井が自分の欲望が受け入れられない関係を続けることが辛くて、そして性的なことができない峰くんと、性的なことも含めての付き合いをしたい自分も辛くて、だから峰くんにとっては関係から立ち去ることが救いになるし、自分は最後にキスができて、願いが叶って解決だと思っているのだろうか。
もしそうなら、もう、本当に許せない。どこまでもマジョリティのための世界で、マイノリティは世界からの退出でしか救われないなんて、そんな世界があって良いわけがない。居場所を奪われ、そのセクシュアリティを持っている自分をないことにされ、受け入れられないよ、と簡単に「こちらに合わせろ」と自分を捻じ曲げられる。そこに峰くんの、非性愛者の、Aセクシュアリティの尊厳はどこにあるのだろうか。
峰くんは関係の退出を望むような言葉は発していない。8/11で、「俺は、多分村井の欲しいものをあげられない」「ごめんね」と言い、黙り込んでしまう。「村井の欲しいもの」をあげる努力は、非性愛者である峰くんにとってはする必要のない苦行、受け入れられなさと葛藤しなければならないものだ。例え知識として理解できても、自分の中に欲求としてなければ動くことはとても難しい。
峰くんの退出のきっかけの言葉の一つである8/11「欲しいものをあげられない」という言葉、その意味はとてもリアルだと感じた。好きと言いたい相手がいても「(性的な接触はできないけれど)好き」、「(恋愛的な文脈ではないけれど)好き」と言って、それがすんなり伝わると思っているのだろうか。その伝わりづらさは聞く側だけでなく、言う側もわかっている。それでも他に説明が見つからなくて、こう言うしかないのだ。「好き」という感情を伝えたくても、その意味が社会と異なるために使うのをためらい、ありのままに伝えたい「好き」がなかなか伝わらなくて歯がゆさと切なさと悲しさを感じるのに。
峰くんは10/11で「あー…すきだったんだけどな…」と心情を吐露している。そして11/11で「あきらめよ…」とだけ残し、それ以降峰くんの内心は描かれない。村井は、ここにこめられている「好き」をきちんと聞こうとしていただろうか。作者は峰くんの「好き」ときちんと向き合い、描こうとしただろうか。
この話の中で、峰くんは村井を拒否しないし、否定しない。映画館で腕を組まれることに対しても、キスという行為や、「キスもできればしたくない」と伝えたのにもかかわらずキスを望む村井の考えに対しても、嫌だと言っていたキスを押し付けられた相手から下される「何も峰くんは欠落なんてしてない」というジャッジに対しても。この漫画において峰くんには、村井の世界(=マジョリティ)に適合する以外に生存の道が残されていない。世界がマジョリティの側に立って描かれているからだ。そして、峰くんはそれに対し何の不満も恨みも怒りも言わない。何も言えないまま存在させられている峰くんが本当にかわいそうだし、一方で現実の社会もこれと大差ないよな、とも思う。
「当事者視点がAの連載」とあるので、作者はAセクシュアリティ上の人なのだろうか、と戸惑ったのは事実である。確かに、峰くんによって明らかになるAceが受けるハラスメントや苦痛はリアルだと感じた。当事者から見る世界を切り取るということなら、それは成功しているのかもしれない。
しかし、「性的な関係や行為を結べないことはおかしい、異常だ」「それらにはどんな理由や背景を持っていても答えなくてはならない」「結局、他者に性的欲求を向けられないことは人間としての欠落である」というメッセージが最後まで否定されなかった以上、この話は性愛至上主義を強化するものであるように思う。性愛者でない者は欠落者であり、社会不適合な存在であり、規範に従わない者は救われない、という話だと受け取った。私は性愛至上主義が蔓延る社会を呪う者として、この話を批判する。
当事者であることとその分野の専門家であることは違う、というのは日々自分を戒め思っていることだが、(マイノリティ)当事者であることと、自分をマイノリティたらしめる(=自分をマイノリティに追いやる)規範を無意識であろうとなかろうと受け入れているか否か、もまた別の軸の話である。集団の意図は共通しているものではない、という当然の話だが、作者がAセクシュアリティの当事者であろうとなかろうと、他者に性的欲求が向くことが社会にとって正常である、というメッセージを発しているのなら、私はそれに全力でNoを突き付ける。峰くんが黙らなくてもいいように。峰くんがキスをしなくていいように。