少なくとも、吉本隆明の思想そのものの入門書を求めている人にはまったく向かない:『永遠の吉本隆明【増補版】』

 本書は書き下ろしでなく、語り下ろしであり、かなり散漫な内容となっている。全体的に、とにかく遠回りというか、吉本隆明の思想そのものに一向に切り込もうとせず、世代や時代といった外的文脈に関連づけたり、自分の思い入れや異論を思いつくがままに挙げたり(それも「ここが違うかなと思いました」とか言うだけで全然深まらない)、ほかの思想家や小説家に話題が移ったりといったことに終始し続ける。とりわけ著者のやや保守寄りの性格がやたらに出しゃばってきて、ソ連批判とか戦後左翼批判とか大半の読者は興味なかろうに自分が共鳴できることばかりを強調するものだから読んでいて疲れる。『反核異論』なんて、今となってはどうでもいいし、そもそもただの陰謀論にしか見えない。国家等の陰謀はもちろん存在するにしても、吉本に言われても信じようがない。そんなものを絶賛している。晩年の原発支持発言にみられたような、自然科学への強固な信頼と関連づけて吉本の思想を考察するとかいうのなら多少面白そうだけど。
 
 吉本隆明の主著を直接解説しているのは60頁程度の第2章のみ。それを5節に分けて『擬制の終焉』『共同幻想論』『言語にとって美とはなにか』『心的現象論』、そして諸々のサブカル批評を解説するのだから、どうしたって浅い内容にしかならない。しかも著者は、ひたすら外堀を埋めるような話(それも抽象的、簡潔すぎてよく分からない)に費やしてしまい、とうとう頭には何も残らなかった。
 あげくの果てに第4章では、自分の社会学における仕事について語りだす始末。「増補 三島由紀夫と吉本隆明」に至ってはほとんど三島の話しかしていない。
 
 本書の強みをしいて挙げるならば網羅性だろうか。吉本隆明の著作を本気で読んだことがないし、これから読む予定もないという人はたくさんいるだろう。そうした人でも「でも、とりあえず有名だし」と入門書を手にとる者がいるわけだが、少なくとも私のように「いろんな著作があるけど、どういうことが書かれていたかを簡単に知りたい」と思った人間には、本書はまったく向かないと断言する。しかし、「どういう人だったのか、とか、なぜ有名なのかを簡単に知りたい」という向きならば、多少は役に立つかもしれない。

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