きわめて充実した作品解説:『アニメの詩人ノルシュテイン:音・響き・ことば(ユーラシア・ブックレット)』

 『二五日、最初の日』『ケルジェネツの戦い』『キツネとウサギ』『アオサギとツル』『霧の中のハリネズミ』『話の話』の6作をとりあげる。それぞれについて、制作経緯、原作、スタッフ、使用楽曲、美術的・文学的な引用および影響、さらにノルシュタインの個人的体験に基づく部分を解説していく。
 60ページ超の薄いブックレットながら、作品解説としてかなり充実した内容。本格的というか、もはやマニアのレベルだ。ロシア文化に精通し、ノルシュテインとも知古である著者だからこその充実度だろう。著者は、ノルシュテインの来日講演で通訳を務めたこともある。
 もっとも、作品によってかなり落差がある。『二五日、最初の日』のような全体がコラージュである作品では必然的にページが11ページにまで伸びるが、『ケルジェネツの戦い』や『霧の中のハリネズミ』などは、おそらく解説が必要な部分が少ないためか、2、3ページしか割かれていない。
 とりわけ、『二五日、最初の日』や『話の話』ではシーンごとに文章化しながら解説を加えていく徹底ぶりである。一部を引用してみよう。
 
「まず素早い垂直な動きで真っ赤な柱のような数々の線が立ち現れる。ショスタコ-ヴィッチ(1906~75、西洋のモダニズムを吸収し、アヴァンギャルドの技法で創作し続けた。社会主義リアリズムを基盤に形式主義と批判されるが、常にソビエト音楽界の第一人者であり、20世紀世界最大の作曲家である)の曲(交響曲12番、ニ短調、作品112、『1917年』 十月革命を題材とし、レーニンを追悼して捧げられた4楽章からなる作品)が流れ出す。赤い線とは、タトリン(1885~1953、画家、デザイナー、舞台美術家として多面的な仕事を展開。構成主義の創始者)設計による第三インターナショナル記念碑の設計図の一部なのだ。」
 
 とまぁ、こんな調子である。さらに、監督と親しい著者ならではの情報が多いのが本書の強みだ。とくにノルシュテインのような、作家性がダイレクトに現れる個人作家の作品に対しては、自伝的な知識があることでその世界により深く入り込めることも多いだろう。
 ただ、見ての通りかなりマニアックな本なので、ちょっとノルシュテインが好きくらいの気持ちで手に取っても知識の洪水に溺れてしまうだけかもしれない。その意味では読者は限定されるだろう。

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