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映画『アンダーグラウンド』のトラウマ  『あかり。』 #19 相米慎二監督の思い出譚

渋谷だった。
映画を見た後で吐いたのはこのときが初めてで、それ以来ない。

映画のインパクトと、体調の悪さと、そして一緒に見た人たちの組み合わせが、あまりに凄すぎたからである。

「映画の毒気にあたったんだな」
「すいません
「よくあるんだ」
「そうなんですか

相米慎二監督は、僕が真っ青な顔をしていても容赦なく、鰻の串を頼み続け、いつになく饒舌だった。
いや、いつも無口な訳ではないから、饒舌さの種類が違ったというべきか。
つまり、監督はいま一緒に見たばかりのエミール・クストリッツァの映画『アンダーグラウンド』に興奮していた。

人間の業、政治、恋愛、戦争、圧倒的な映像美、シュールな音楽、コッテリとした臓物の赤ワイン煮込みのような映画だった。

一緒に見た人がもう一人いた。俳優の緒形拳さんである。待ち合わせたわけじゃない。映画館に入ったら、偶然いらっしゃったのだ。しかも同じ座席の列に。

監督と緒方さんはそれぞれ「お」「あ」と挨拶を交わした。監督が間に入れと僕に手で合図をした。従うしかない。それで、僕は、相米慎二監督・僕・緒形拳さんという並びで、この映画『アンダーグラウンド』を見た。それもかなり緊張した。

緒形拳さんは相米監督の『魚影の群れ』で主演をされている。

この映画もトラウマ級にすごい映画で、相米組スタッフの皆さんが地獄を見たトップクラスなのではないか…。僕なんか、仮にいたとしてもなんの役にも立たないだろう。

その映画の中で漁師をしていた緒形拳さんが隣にいる。鮪を現場で本番で釣り上げた人だ。言わずと知れた日本を代表する名優である。映画が終わると、監督と緒方さんは「じゃ」「はいはい」みたいな短い会話だけをして別れた。まるで居合抜きの達人同士が、街道筋ですれ違ったかのようなもので、間にいる者としては、ただびびるだけであった。あれだけの映画を共に作り上げた同士というものは、こういうものなのか…その時は深く感じ入るばかりだった。

その流れの鰻の串焼きだった。監督は饒舌に喋り続け、僕はトイレと鰻を往復した。

監督と映画を何本も見たが、この一本が強烈な印象を残している。この後、何本もエミール・クストリッツァは映画を撮っているが、『アンダーグラウンド』を超えるものはない気がしているのは、僕の勝手な思い込みのせいだろうか。

時々、渋谷で映画を見た後に、一人でその店に入ることがある。いつも美味しくいただいている。つまり、あの時ほどの毒気のある映画に出会っていないのだ。

あとで思ったのだけど、監督の『光る女』と、どこか映画の方向性が似ていた。相米監督が志向したものと完成した映画がどれくらい乖離していたかはわからない。映画としては破綻した中に美しいものがある映画だった。

『光女』に主演した武藤敬司は、その後もプロレス界のスターであり続けたが、先日いよいよ引退を発表した。

9月には『光る女』のBlu-rayやDVDも発売されるそうである。Blu-rayはちょっと嬉しい。






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