見出し画像

ブリ炒飯

昼間、静かに覚悟した。

午後一時半ごろ、ジャックが激しく吐いて、その後ふらつきが激しく、立っていられない状態になった。
水を飲むジャックを両手で支えていた。

そのあと、フラフラとベッドに行き一緒に横になった。ジャックはスーッと力が抜け僕の腕の中で脱力していった。
目がゆっくりと閉じられ、静かな寝息に変わった。

昨晩から、医師の指導で点滴が250ccから350ccに増えた。湯煎しているが7キロ弱の犬には多いように感じる(素人だからかもしれない)。
実際、点滴したあとは以前より上半身がコブのように膨れる。

点滴が負担なのか、薬が気持ち悪いのだろうか、布団の中で蒸れたのだろうか……原因をいくつか考えたが、吐いた原因はわからない。どれもそうでもあるし、複合的なものかもしれない。

それより、こうして点滴をしないと死んでしまうからといって、続けるのがジャックにいいのかわからなくなる。
夕方の散歩の二時間くらいだけ、ジャックはなんとか元気で、あとは食べるとき以外、寝ているのだ。

これでいいのだろうか……。

そんなこんなで、僕も一緒にうとうとしながら一時間半弱が過ぎた。

ジャックが起きて、僕に合図をする。
抱えて外に出し、おしっこをさせる。
すると、玄関に入るなり元気になり、何か食べさせろと目を向けてくる。

さっきは、いく種類も出したが、どれも少し口をつけただけで食べなかったのに。

もし、これが最後の飯になるとして、今のジャックの悔いのない食事はなんだろう……。
僕は、冷凍庫のご飯を解凍し、冷蔵庫のブリのほぐし身を取り出した。
フライパンに乗せて、ブリ炒飯を作った。
少し冷ましてから皿に盛り付け、目の前に置いてやった。
まだ熱いのか、うまく食べられない。
僕の手のひらに乗せて冷まして食べさせると、すぐに舌の力強い感触があった。
どんどん乗せる。どんどん食べる。

もっと食べろ、ジャック。
全部食べちゃえ。

そのうち冷めたのか皿からも食べ出す。
すぐに完食した。

手を洗っていると、今度は外に行こうよと、目をあげてくる。目に力が戻っていた。
僕らは上着を着て防寒対策をしてから、自転車を出した。
ドアを開けるなり、ジャックがグイグイとリードを引き、小走りに路地をいく。
左方面に曲がる……つまり下北沢に行きたいのだ。
途中、うんちをしてから、さらに左へ、左へ。
カゴに乗せろと合図してきた。
僕たちは自転車に乗って、下北沢の行きつけのカフェに向かった。

テラス席で、知り合いの若い人に会った。
それとなく今日の状況を話したら、親身になって聞いてくれた。
彼も実家で飼い犬を亡くした経験があるのだ。

「どうしたいって犬は考えられないんだから、やれることをやればいいんじゃないですかね」
彼は静かにそう言った。
若くたって、含蓄のある人の心を打つ言葉は言える。
「そうかもね。ありがとう」
僕は、ジャックが死の淵にあることを受け入れていないのだろうか。
それとも受け入れていて、諦めようとしているのだろうか。

スマートフォンが鳴り、昔馴染みの友人が「どうしても気になって、今、下北にいるんだけど、ジャックにブリを差し入れたい」と連絡をくれた。
「こはぜ珈琲」にいますよと伝えると、すぐにやってきた。
東急フードショーで買ってきてくれた高価なブリの切り身をたくさんいただいた。
ジャックも突然の再会に尻尾を振り、二人をぺろぺろ舐めて親愛の気持ちを表現していた。
二人はしばらくジャックと遊んでくれて、やがて帰って行った。
……本当にありがたいことだ。

扉写真はいただいたキラキラのブリの切り身。
これも湯掻いて、ほぐして、炒飯にしてみるか。

食べるものは、生き物にエネルギーをくれる。
今日はそれを改めて目の前にした。

ジャックは、生きるために食べる。

僕は、ただ飯を作ればいい。それだけでいいのだ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?