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プレゼンを 1件10万円で売る彼の戦略

28歳になる甥(兄貴の長男)がおりましてね。
 
今より 7年前、甥が大学 3回生のとき、兄貴から相談を受けました。
「ナオトが、就職しないで起業するとか言いだしてな・・・」
 
私の兄は獣医師で、愛知県で開業しています。兄の長男のナオトは、父親の動物病院を継ぐのがイヤだったのか、京都にある大学の経営学部に進学しました。
兄貴は言いました。
「俺は外で働いた経験がないからビジネスのことはようわからん」
 
兄「ついでに言うと、人間のこともようわからん」
 
犬や猫のことはよくわかるんだろうな、兄貴どのは。

元気にしてたか~?

兄「おまえの強い分野だろ。ナオトの話を聞いてやってくれんか?」


その年(2015年)の暮れ、一時帰国した折に甥のナオトと飲みに行きました。
 
いいビジネスモデルを思いついたんだよ、とナオトは言いました。
彼の話はこうでした。
関西の学生で緩やかなネットワークをつくり、青田買いをしたい企業とのパイプ役になる。
 
私「それが商売になるの?」
ナオト「企業の人事の人って、意外と学生との接点もってないんだよね」
私「もってないね。とくに文系は」
ナオト「だから学生ネットワークの窓口になって、企業サイドの人材ニーズを優秀な学生につなげる」
 
そんなことか、というのが率直な感想。
さて、どうやってそのアイデアの浅はかさに気づいてもらおうか。
 
私「そのアイデア、就職活動やってて思いついたのかな?」
ナオト「そうだよ。優秀な学生と出会うきっかけがない、って言う採用担当者がたくさんいたから」
私「だったら、他の就活生も同じこと思いつくんじゃない?」
ナオト「うん。同じことを考える学生はけっこういると思う」
私「じゃあどうして誰もやらないんだろう?」
ナオト「・・・・・・」
私「なんなら、すでに同じことやってうまくいかなかった人がいるかもね」
ナオト「うまくいかないかなー」
私「どんな顧客企業を想定してる?」
ナオト「やっぱり、大手かな」
私「大手はネームに弱い。無名のエージェントが食い込むのは至難の業だ」
ナオト「じゃあ、スタートアップのベンチャーとか」
私「やつらは即戦力にしか興味がない。人材はピンポイントで見つける」
ナオト「ってことは・・・」
私「ニーズがありそうで、じつはないパターン」


大学卒業後、ナオトはメッセンジャーアプリを運営する L 社に就職しました。
なんで L 社なんかに・・・とシラケる思いでしたが、ナオトには有名で一流で安定しているように見えたんでしょう。
 
L 社に入って 2年後(2019年)、ナオトは結婚したい人ができたとのこと。
このときまた兄貴から相談を受けました。
ナオトが彼女を実家に連れてくるので、おまえにも同席してほしい、と。
ちょうど一時帰国の予定があったので、承諾しました。
 
事前に聞いた情報は以下のとおり。
彼女は L 社の直属の上司。
25歳のナオトより 4歳年上の 29歳。
すでに妊娠している。
 
やるなあ、ナオト(笑)

彼女を交えての “お食事会” を和やかなムードで終えたあと、ナオトとふたりで飲みなおすことにした。
 
私「すごい人をつかまえたなー」
ナオト「すごいって?」
私「帰国子女でまばゆいばかりのエリートだ。少し話しただけでわかるよ。頭の良さと、人柄の良さもね。おまえとはレベルが違いすぎる」
ナオト「アハハ。そんなに褒めるなって」
私「おまえを褒めてんじゃねーよ。でも・・・でかしたな(微笑)」

私「おまえ、俺の 1人目の奥さん知ってたっけ?」
ナオト「叔父さんが結婚したとき、僕はまだ 5歳くらいだったから会ったことはなかった。でも話は聞いてるよ。有名人だからね(笑)」
私「有名人ねぇ」
ナオト「叔父さんでは全然釣り合わない、すごい人だったんでしょ?」
(ちっ・・・。誰だそんなこと言ってんのは)
私「その、20年前の “すごい人” を思い出してた」
ナオト「えっそんなに?」
私「しっかりつかまえとくんだぞ。彼女に一生かしずいて生きてゆけ」
 
その年が終わる頃、L 社は Y 社との合併を発表した。


最近、久しぶりにナオトとオンラインで話したんですよ。
 
私「まだ L 社にいるのかい?」
ナオト「いるよ。L 社といっても、今は S 社の 100% 子会社だけど」
私「奥さんは元気?」
ナオト「相変わらず L 社でバリバリやってる。娘の世話は僕の担当だよ」
私「娘さん、2歳か」
ナオト「2歳になった。こんなにかわいいとはねぇ・・・。叔父さんが丸くなったのもわかるわ~」
 
 
私「で、何かあったの? 仕事上の悩みでも?」
ナオト「いや、仕事はほどほどだよ。奥さんのほうが僕よりずっと稼いでるしさ」
私「元上司だもんな」
ナオト「僕のほうは L 社よりも、副業で稼げるようになったし」
私「副業か。何やってるの?」
ナオト「プレゼンの請負っていうのかな。企業から受注して、1週間くらいの納期でパワポのプレゼンを作ってあげるの」
私「へ~そんな仕事があるんだ。フリーランスか?」
ナオト「そうだね。でも、依頼してくる企業はけっこう固定なんだよ。本業でできたコネとか、固定客が新しいクライアントを紹介してくれたりとか」
私「いいカネになるのか?」
ナオト「案件にもよるけど、1件 10万円が相場だね」
私「高いんだか安いんだかよくわからんな。コンテンツも考えるの?」
ナオト「ケースバイケースかな。大手のクライアントはさすがにコンテンツまでは丸投げしない。すでに完成してるプレゼンを送ってきて、僕はお化粧するだけ。かっこいいフォントに変えたり、背景やマンガを挿入したりね。グラフくらいは作ってあげることもあるけど」
私「そんな仕事に 10万も支払うところが大手っぽいな」
 
ナオト「中小なんかの場合は、コンテンツも含めて作り込むことが多い」
私「それで 10万は逆に安すぎないか?」
ナオト「それがそうでもない。例えば ”事業計画書” なんてのはテンプレートが決まってる。クライアント企業用に数字を変えて、その企業が好きな言葉を散りばめたりしてカスタマイズするだけで完成だよ。3日もかからん」
私「そんな手抜き仕事でよくバレないな」
ナオト「相手も全部わかってるんだよ。プレゼンなんて、誰も本気で作る気ないんだよね。だから僕みたいなプレゼン屋に安く作らせるのさ」
私「なるほど。関係者全員が共犯関係ってわけか」
ナオト「そういうこと。クソ仕事ですわ」
 
ガキだと思ってたけど。
ずいぶん成長したなあ、ナオト。
やっぱり、“すごい” 奥さんのチカラだろうか。
尻に敷かれて、かわいい娘のお世話をして。仕事は、ほどほどでもクソでもいいじゃないか。
自分よりデキる女と暮らして、尽くすよろこびを知ったんだろ?
おまえは最高に幸せな男だよ。