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「令和の天才」藤井聡太二冠、嬉野へ! 王位戦嬉野対局を楽しむポイントを解説


 将棋8大タイトルの1つ王位戦七番勝負の第4局が8月18日、19日に佐賀県嬉野市の老舗温泉旅館「和多屋別荘」を舞台に繰り広げられます。王位の座にあるのは、14歳でのデビュー以来数々の最年少記録を破り、瞬く間にトップ棋士に昇り詰めた令和の天才・藤井聡太王位・棋聖。挑むは対戦成績7勝1敗と藤井二冠に大きく勝ち越している「天敵」の豊島将之竜王・叡王です。タイトルホルダー同士の一戦で、歴史に残る番勝負となるのは間違いないようです。地元市長として、一人の将棋ファンとして嬉野市での対局が実現したことに感無量です。注目の第1局は豊島竜王が手厚い指し回しで制しましたが、勝負はこれから。中学、高校と将棋部の主将で将棋愛好家暦は30年の私が、ちょっと違った切り口で嬉野対局を楽しむポイントを解説します。

出るか「AI超え」の伝説の一手

 王位戦は、福岡県を本社に九州一円で発行する日刊紙「西日本新聞」を発行する西日本新聞社が加入するブロック紙3社連合などが主催。名人、竜王に次ぐ序列3位の格式高いタイトル。一方で本年より緑茶飲料の「お~い!お茶」を主力とする伊藤園が特別協賛に名乗りを挙げており、「王位(おうい)」に引っ掛けたダジャレを受け入れる柔軟さも持っているようです。7番勝負は2日制で行われ、持ち時間各8時間は名人戦(各9時間)に次ぐ長丁場の闘い。体力温存と勝負を仕掛けるタイミングの緩急の妙など、盤上以外の要素も入ってきます。それゆえに受け入れ側としても最高のパフォーマンスを発揮してもらうために、対局場や宿泊場所の環境、午前・午後のおやつや食事と、あらゆる場面で行き届いたおもてなしを提供することが求められます。

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「和多屋別荘 水明荘」特別貴賓室「洗心」(転載許可済)

 会場となるのは「和多屋別荘」の特別貴賓室「洗心」の間。かつてこの地を治めた佐賀鍋島藩の別邸を移築した離れで、昭和天皇が行幸の際にも宿泊されています。15畳の大広間には、質実剛健の気風を体現した重厚な装飾が施されており、名の通り心を洗い清めて対局ができる空間がそこにあります。対局者が宿泊する客室にも、「日本三大美肌の湯」として名高い嬉野温泉の源泉を引いているので心身ともにリラックスできるはずです。神の領域に達しつつあるAI(人工知能)をも凌駕する「AI超え」の伝説の一手が飛び出す可能性は大いにあります。嬉野温泉の癒しの力にも注目です。

「初手お茶」の衝撃。「新・藤井システム」発動

 「初手お茶」―。藤井二冠がいつも対局で最初の一手を指す前にお茶を口に含んで気持ちを落ち着かせる所作が将棋ファンの間で昨年、突如話題になりました。「初手お茶」が繰り出されるたびにツイッターでハッシュタグをつけて瞬く間に拡散され(リンク先参照)、動画中継では大量のコメントであふれる「弾幕状態」でしたので、ひそかに藤井二冠に嬉野市が誇る特産の「うれしの茶」を飲んでもらうための作戦を練っていました。しかし、いきなりの「王手」は迷惑だろうし、藤井二冠の故郷の愛知県には西尾の抹茶があったりして、下手に動くと他の茶産地が動き出すかも―。そんなことを考えながら打開策もなく、思いを募らせていました。
 局面が動いたのは昨年8月。藤井聡太棋聖が、第61期王位戦七番勝負で木村一基王位(当時)を無傷の4連勝で破り、史上最年少の「二冠」を達成し、時を同じくして全国茶品評会で優良産地に贈られる「産地賞」に、嬉野市が「蒸し製玉緑茶」と「釜炒り茶」の2部門で選ばれました。「やはりこれは必然だ」―。自分の中で何かが弾けたみたいで、藤井二冠に偉業達成の記念にぜひ「うれしの茶」を飲んでほしいという一念で、なりふり構わず方々に相談しました。そこに偶然にも昨年の王位戦で使用された福岡市の大濠公園能楽堂が改修のため次年度は対局会場として利用ができないかも知れないという情報を掴み、一気に勝負をかけることにしました。

棋戦誘致についてのご提案

将棋連盟に持参した自作のプレゼン資料


    すぐに自分で突貫工事の企画書を作って千駄ヶ谷の日本将棋連盟へと向かいました。佐藤康光会長自らが対応いただき、緊張のご対面。何しろ自分が将棋を始めたころからの強豪で、今もトップ棋士であり続ける方とお話する喜びと、いきなりの提案で失礼ではないかといういろんな思いが交錯をしていました。主催者の西日本新聞社の皆さんにもお骨折りいただいたおかげで話はトントン拍子で進み、開催地としての内定をいただきました。「初手お茶」に機敏に反応して、「王将」自らが切り込む「新・藤井システム」が奏功したと、勝手に喜んでいます。

※「藤井システム」は、藤井猛九段が考案した戦法。堅陣を誇る居飛車穴熊が完成する前に速攻を仕掛けて潰す構想で将棋界に革命を起こした。羽生善治三冠(当時)が、藤井聡太四段デビュー当初の非公式戦で採用して勝利を収めている。本編の「新・藤井システム」とは全く無関係です(笑)。

嬉野の「食」、お茶、お菓子、新幹線…

 実は将棋タイトル戦誘致はかねてからの念願でした。近年、将棋の対局はネット中継で配信されるようになり、実際に指すファン層に加えて、観戦を通じて人間模様に興味を持つ「観る将」と呼ばれる新たなファン層開拓が進んでいました。特に注目を集めるのが、対局の合間に出される「おやつ」と食事。普段は将棋会館のある千駄ヶ谷周辺のお店が多いのですが、地方対局になるとご当地食材を使った料理が注目を集めます。ボリュームのある食事で長期戦に備えるか、勝率の高いゲン担ぎで行くか―。食事もまた、勝負の駆け引きの一つと今では考えられています。藤井聡太二冠が昨年の王位戦の福岡対局で選んだ西鉄グランドホテルの「高菜ピラフ」が、受験シーズンに「勝負めし」として商品化される社会現象にもなりました。折しもコロナ禍が観光地を直撃して街全体が苦しい中、この機会に嬉野の食とお茶の魅力を多くの人に知っていただき、少しでも元気になることを願うばかりです。

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 特にイチオシしたいのは、うれしの茶とうれしの紅茶との相性抜群の嬉野スイーツです。嬉野市も通る旧長崎街道は別名シュガーロード。鎖国の時代に長崎へと輸入された貴重な砂糖が手に入りやすかった土地柄で独特のお菓子文化が栄えました。今でも人口2万5千の小さなまちに13件も菓子店があり、どのお店もひいきにしているお客さんがいます。昨年、シュガーロードが日本遺産に認定されたのを記念して市内の菓子店が新作スイーツを開発したので、それもメニューに載るかも知れません。糖分は頭を使う人が本能的に求める即効性のエネルギー。嬉野のお菓子が「伝説の一手」を導くきっかけになればうれしいです。

「豊島?強いよね?」 勝ち負けを超越した美意識が共通の魅力

 肝心の将棋についても触れさせてください。藤井二冠の魅力は、何といっても棋士養成機関の「奨励会」時代から詰将棋解答選手権で5連覇を果たすほどの正確無比な終盤力です。渡辺明名人を挑戦者に迎えた棋聖戦第3局では、王手で取られそうな「飛車」を攻防に利いている「馬」の筋にタダ捨てして20数手先に詰みが発生する絶妙手が、持ち時間を使い果たして1手1分以内の秒読みとなった場面で飛び出して逆転勝ち。史上初の18歳でタイトル初防衛&九段昇段を達成した歴史的瞬間にふさわしい名局でした。第1局と第2局は、中盤以降リードを積み重ねて最後まで優位のまま終わる完勝ぶりで、名人をして「何もできなかった」と言わしめました。
 本稿は藤井二冠の話ばかりになってしまいましたが、挑戦者の豊島竜王・叡王も間違いなく時代を代表する第一人者で、勢いを加味すれば「最強」と言っても差し支えないでしょう。佐藤紳哉七段がテレビ対局の事前インタビューで「豊島?強いよね?序盤、中盤、終盤、スキがないと思うよ」と評して一躍有名になりましたが、まさにスキのない圧倒的な指し回しが身上。今期の王位戦挑戦者決定戦の羽生善治九段戦でも本領を発揮していました。矢倉戦の序盤で羽生九段が速攻を仕掛けて玉頭に嫌味を付ける一手を逆用して金銀で鉄壁の守りを構築しての完封勝ち。本棋戦第1局も藤井二冠のお株を奪う圧勝で、王子様のような優しげな風貌とは裏腹に重戦車のような威圧感を示しました。
 両者に共通する魅力は棋譜から伝わる美意識の高さでしょうか。勝ち負けを超越したところで考えているというか、「美しい棋譜を残したい」という明確な意思が伝わってように思えます。当然、すべての棋士が勝つために対局をしているのですが、お二人は一時的に損をする手順を選んででも新しい研究手順を試しているような気がします。トップ棋士が口をそろえてインタビューに「いい将棋を指したい」というのは、社交辞令というより、そんな心理を素直に映し出しているのかも知れません。
 王位戦七番勝負と同時進行で、藤井二冠が叡王戦五番勝負の挑戦権を獲得しており、藤井二冠と豊島竜王・叡王はタイトルホルダーと挑戦者の位置を入れ替え、合わせて十二番勝負が決まっています。竜王戦挑戦者決定トーナメントにも藤井二冠は出場するため、竜王戦挑戦ということになれば、炎の十九番勝負になる可能性まであります。まさに2021年最も将棋界を熱くするゴールドカード。ぜひこの嬉野の地が、後々まで語り継がれる名勝負の舞台となることを願っています。

 現在、新型コロナウイルス感染症の動向を見極めつつ、大盤解説会などの関連イベントの開催について主催者側と協議中です。将棋ファンの皆様に嬉野市の魅力を満喫していただきたいと思いますので、決定次第こちらでもお知らせいたします。

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