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わが友

組織が拡大して巨大化し、それまで組織の拡大に貢献してきた下部団体が邪魔になり、更には下部団体を放置しておくと組織が崩壊してしまう危機を迎えて、組織のリーダーは下部団体の幹部の処刑を決心し、同時に下部団体の幹部だけではなく、リーダーに批判的な組織の古参構成員の処刑も決心し、命令を受けたリーダーに忠実な部下は下部団体の幹部と古参構成員を処刑し、リーダーは組織の独裁者としての地位を確実にする。

三島由紀夫の「わが友ヒットラー」は上記のような独裁的な地位を狙う組織のリーダーが、邪魔になった下部団体の幹部とリーダーに批判的な古参構成員を処刑する事件の前後の日を戯曲にした作品で、読んでいて独裁的な権力を持たなければ気が済まないリーダーの怖さ、危うさを感じさせてくれます。

組織のリーダーとはナチスのアドルフ・ヒットラー、下部団体の幹部は突撃隊のエルンスト・レーム、リーダーに批判的な古参構成員とはグレゴール・シュトラッサー、本著にはグスタフ・クルップという資本家も登場します。

レームやシュトラッサーがヒットラーの命令により処刑された事件はレーム事件、またはレーム一揆と呼ばれています。

「わが友ヒットラー」の作品中でヒットラーの話すセリフは、ヒットラーがレーム事件の後にどんな厄災を引き起こしたかを知ってる身としては、どれもヒットラーならこんな言葉を発しただろうなという気になります。

民主主義、平和主義、共産主義、ユダヤ人を激しく非難し、処刑すると決めたレームとシュトラッサーに対して事件前は愛想よく振る舞い、事件後は二人の人格と態度を激烈に否定するヒットラー、ヒットラーをわが友と敬愛し自分を裏切るはずはないと信じるレーム、革命は終わったと嘆きヒットラーから学生新聞の社説の思想を終生持ち続けた青臭いインテリと酷評されたシュトラッサー、政治がどう変わろうと抜け目なく立ち回ろうとする資本家のクルップ、作品に登場する4人は親近感を持つとか、憧れの対象になるような人物ではありませんが、4人の会話が生み出すドラマは大事件の真相を解き明かしていくような魅力があります。

自作改題で三島由紀夫は「わが友ヒットラー」は全てが史実ではなく、創作の部分があり、どの部分が創作か語っています。

史実ではない部分があるとしても、「わが友ヒットラー」は私にとって、もっと早く読んでおけば良かったという作品です。

「わが友ヒットラー」は戯曲なので、実力のある演出家と俳優が「わが友ヒットラー」を車か電車で行ける範囲の劇場で上演するなら、見に行きたいと思います。

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