#04【日記】年齢

30歳になって三ヶ月ほどが経ちました。わたしが小学生の高学年の頃、「17歳」がやたらと犯罪を犯す、それも、万引きとか放火とかの出来心(?)が加味できるようなものではなくて、人を何人も殺めてしまったり、バスジャックしたりなどの、重犯罪が多発しました。休日にワイドショーを見ていると、訳知り顔のおじさん・おばさんたちが、重々しい表情で、甘やかされて育ったことが問題だ、とか、逆に愛情が足りなかったのが問題だったのだ、と永遠に解決しそうもない論争を繰り広げていました。わたしはその「17歳」までにはまだ間があるし、たぶん、わたしの同級生たちは、17歳になったときにそんな重犯罪をしないだろうと考えました。なぜなら、あまりにも"17歳=悪"の図式が綺麗に出来上がってしまっていましたので、それに乗っかって犯罪をするのはなんだか恥ずかしいと感じるだろうと思ったからです。想像通り(なのかたまたまなのか知らないけれど)わたしが17歳になったときに、全国の同級生たちはみな大人しく、目立ちすぎることなく、それぞれの17歳を過ごしました。


スガシカオさんの「19才」という曲があります。「大嫌いなぼく、19才」がキラーワードです。19歳というのはいちばん、自分のことが嫌いなことが似合う年齢な気がします。何をするにも、振り返るにも、先を見るにも、自分のことが不安で嫌いでどうしようもない。「大嫌いなぼく、30歳」だと、お前もうちょっと頑張れよ、と思ってしまいます。「大嫌いなぼく、36歳」…おっかないです。そんなこと言ってる場合じゃないだろう。やっぱり、19歳がちょうどいいです。「大嫌いなぼく、67歳」むむ。これはこれでいいかもしれません。自分のことを嫌ったまま、67年も生きてきたらそれはひとつの才能です。


わたしはずっと詩を10代の終わりから書いていたのですが、30歳間際になって異様に書いていることが恥ずかしくなりました。音楽と違って、詩は、自分の内面を1メモリも隠すことができません。詩を書くことは裸のままのわたしを皆さまにお見せすることとほぼイコールなのです。音楽は服を着れます。リズムやピアノの旋律がつるつるしたシルクの服になります。分厚いニットのようにはなりません。キャミソールみたいに、身体のラインがぼんやり見える、つるつるした素材です。セクシーだし、美しいです。でも、詩は、裸です。乳首見えちゃってます。わたしは乳首NGです。形も綺麗じゃないし、男にしてはちょっと大きめだし()


だけど、30歳になった今、そういうことがどうもよくなりました。関係ないね(柴田恭兵)。そういう気持ちになりました。なにより、書けるのに書かないのは勿体ないです。昔みたいに、無理にインプットをたくさんして、色んな文体や作風を作らなきゃ、とかも、どうでもよくなりました。自由に。自由にやらせていただきます。うす。


寒いですね。年の瀬ですので、風邪に気をつけてください。長くなりましたが、この辺で。

ありがとうございました。
バイバルディア。


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