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赤い実

東京の深夜
コンクリートの白い壁に手をあてる
その冷たさに心がすこし痛んだ

ルイボスのティーバックは
乾燥が進んだと或る日、粉々になって
僕の頭上にぱらぱらと降ってきた
アパートは朝の6時を過ぎた頃だった
手でルイボスの残骸を払い落とすと
そこらじゅうから饐えた草の匂いがした

シャワーを浴びてすぐに仕事へ出る
恋人は近所のファミレスで勉強をすると言った

「湖」を貸してあげるから合間に読んでよ
ぼくはそう言った
うん、わかった、と恋人は言ったけれど
結局それは読まなかったらしい

恋人はぼくの好きなものをさほど好きではない

「目的でなく手段だとしんどいよね」


それらはすべて
君とは無関係であるわけなので
僕はそれについて気にしすぎてはいけない

「怖かったら怖いと言っていいんだ」
かの詩人はそう高らかに唄ったけれど
僕はまもなく怖いものだらけになった

言いすぎた
きっと僕は言葉が多すぎた

遠い森の奥地、冷たい湖の淵に
あの日のぼくらはまだ立っていて
苦し紛れの冗談で笑っていた
ピーナッツ大の赤い実を、せーので飲み込んだら
手をつないだまま草っ原に倒れ込んだ
喉から食道へと徐々に下っていく赤い実を
内臓で意識しながらまたぼくは冗談を言った

黄金色の月が出ているけれど
ぼくの視力ではぼやけてうまく見えない
「満月?」
ぼくが訊くと
恋人はもう眠っていた



#詩

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