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成田空港 東峰神社と三里塚闘争の痕跡

日本の玄関口としてすっかり定着した成田空港は、開設にあたって大きな紛争があった。筆者の世代ではもう知っている者は少ないだろう。

元々、成田空港近辺は広大な農地で、今でも北総台地に広々と畑が広がっている光景を目にすることができる。見渡す限りの畑で、北海道の美瑛や富良野の有名な海原のような農地の光景にも匹敵する壮大さである。

その農地を接収して空港を建設する、となれば農民の反発は必至である。農民にとって土地は命。補償金をもらっても、先祖伝来の苦労して耕した土地は金では替えられない。当然、農民の反対運動が起きるが、そこに左翼の各セクトが入り込み、それぞれの組織の思惑が紛争を複雑なものにした。

今では紛争はほぼ沈静化し、時折集会やデモ行進がある程度で、かつてのようなゲリラ事件(これは警察用語で、対物攻撃をゲリラと呼ぶらしい。対人攻撃はテロ。本来の意味とは違う)はほとんど起きていない。それでも成田空港周辺は厳重な警備体制が敷かれている。

これら紛争の痕跡は今も残り、また厳戒態勢を体感できる場所があった。それが東峰神社である。

GoogleEarthなどで成田空港を見てみると、空港の東側、ターミナルと滑走路の間に不自然に残された農地があるのがわかる。そこが東峰という。東峰は空港の敷地に囲まれている。つまり反対運動により接収出来ない土地を囲むように空港が建設されている。この東峰地区にある神社が、知る人ぞ知る東峰神社である。

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東峰地区に行くには、東峰十字路から天神峰トンネル方向へ進む。この十字路もかつて機動隊員が殺害される悲惨な事件の現場である。

トンネルをくぐり、東峰地区に入る。地上から見ると、空港の施設も見えるけど、農地と林が広がる光景が美しく、地方農村のありふれた光景にも見えるが、ここは紛れもなく今でも厳重な警備体制が敷かれている紛争の最前線である。

神社へは、高いフェンスに囲まれた道を入る。看板が出ているので、それに従えばいい。

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夜に行ったので暗いが、この写真で異様さが分かると思う。

この道の奥に東峰神社が鎮座している。

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祭神は、勤勉の神である二宮尊徳。神話上の神でなく、乃木神社や東郷神社のように人を祀る神社である。

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狛犬。

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フェンスには人感センサーが取り付けられ、神社に人が来れば警備員に報知される。このフェンスの透けているところから、警備員が監視していることがあるという。しかし、このときは警備員がやってくる様子は無かった。センサーが反応してピーピーなっている様子ではあったけど。

ちょっと前まで、この神社は常に警官が張り付いていて、参拝するだけで職務質問されることで有名だった。しかし最近は警備体制が緩和されたのか、警察は定期的に巡回してくるだけで、必ず職務質問されるわけではない。

以前訪れたときは昼間で、その時も警官はおらず、飛行機マニアらしい望遠カメラを携えた男がいただけだった。もしかしたらマニアを装った私服警官かもしれないが。ともかく、今は巷で言われているほどの物々しさはなく、緩和されている。それでもあまりに長く滞在したり、おかしなことをすれば警察が飛んでくると思う。

Wikipediaによると、社の中に御神体は無いという。どのように祀られているのか、不思議でもある。近くの神社の宮司さんが管理しているのだろうか?

また、東峰神社となる以前は、この地に「航空神社」があり、黎明期の航空開発での死者を祀っていたそうだ。もちろん、空港計画が持ち上がるはるか以前のことだ。奇妙な偶然である。現在、航空神社は成田空港の南端、「空と大地の歴史館」付近に移転されているという。

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いまも紛争は続いている。

以前訪れたとき、東峰で農業を営み、農産物を販売する三里塚物産を訪れた。人の良さそうな、普通の農家の人、という感じの男女が作業していて、そこでラッキョウを買った。紛争のことはあまり詮索出来なかったけど、いかにも活動家という人では無い、普通の農民である。安心して訪れて漬物類を購入できる。そもそもこの地にいた人々は誰もが普通の農民だったのに、空港建設で紛争に巻き込まれ、分断されてしまったのだ。「普通じゃない人」など、どこにもいなかったのだ。

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