トリの名前

トリはよく七緒のところにやってきた。トリといっても鳥ではない。トリが好きだからトリらしい。以前、何のトリが好きなのかと聞いたら、ハトだと答えた。

「ハトのどんなところが好きなの」
「丸いところ」
「丸くないハトは嫌いなの?」
「うん、でも丸いだけじゃだめ」
「ほう」
「飛べないハトがいい。いつもはぽっぽこぽっぽこいうのに、ネコがくると怖がるの」

推理を披露する探偵のごとく、深妙な面持ちでそう話す。トリはおそらく、鳩を飼っている。怪我をした鳩を保護しているのだろう。
トリはほぼ毎日のように、夕方になると七緒の家で過ごす。やってくるときは、もっぱら七緒の部屋のドアを叩く。インターフォンに背が届かないので、バシバシとノックする。そんな珍客はトリしかいないので、七緒も当たり前のように迎える。お菓子を食べて、だいたい十九時を過ぎたら帰る。時にはコタツで寝ようとするので、七緒がひとときの運送業者になる。

「ハトは麻の実が大好きなんだよ、お皿いっぱいにあるのに、いつも一瞬で食べちゃう」
「美味しいのかねぇ」
「食べてみたいな。ある?」
「そんなのないよ」
「あとね、カチカチのトウモロコシも好きだよ。でもチョコレートは絶対にあげちゃだめ」

こんな調子で、トリは鳩の話ばかりをする。友達の話も、家族の話もするが、とにかく鳩の話をする。まるで自分のことのように。七緒よりも50センチほど低い視界から見えるトリの世界は、一羽の鳩でいっぱいだった。それほど夢中なら、自らをトリと名乗るくらい、さして変なことでもない。大して不便もないので、七緒もトリと呼んでいた。

「ハトはね、カゴを開けたら出ちゃう。でも、外を出られないのはかわいそうだから、こっそり開けてあげるんだ」
「運動不足になっちゃうし、その方がいいかもね」
「ハトは飛べないから、カゴから出しても大丈夫なんだよ」

散々トリの話にぼんやりと相槌を打ってきたが、こればかりは頷けなかった。ペンギンやドードーを除き、飛べない鳥がどれほど悲惨か、トリは知らない。知るはずもない。知っていたら怖い。仲間が空を縦横無尽に駆け回る中、自分だけが地上に取り残される心細さなぞ、知らないでいいのならそれがいい。ネコが来ても逃げられない。羽根があるのに使えない。飛べなくなった鳥の不自由さを想像すると、うす暗い気持ちになる。
それでも、ネコに無残に食べられてしまうよりは、保護されたことは鳩にとって幸福なのかもしれない。それとも自然に生き、自然に死す方が幸福なのだろうか。鳥類になぞなったことがないくせに、そこまで考える自分が仰々しいのかもしれない。そういえば昔、おもちゃはきれいに並べられるのか、壊れるまで遊び尽くされる方がいいのか、なんとなく考えたことを七緒は思い出した。

「ハトは飛びたいのかもしれないよ」
「だからどうやったら飛べるのか、先生が調べているんだよ」

先生とは、動物病院の先生なのか、トリが通う場所の先生なのかは不明だった。インコを飼っていた友達に昔聞いたことがあるが、鳥の医者は希少だそうだ。この町に鳥の病院なんてものは、ない。この近くなら、イヌやネコが専門の青木先生のところしか思い当たるものはない。

「ハトの種類がね、先生がドバトだって言っていた。ドバトってなに?」
「調べてみようか」

トリは七緒のスマートフォンを手に取り、さも調べろと言わんばかりに、持ち主に携帯を渡した。仰せのままに七緒はドバトと検索した。

「人間の生活圏に生息するハトは、一般的にドバトであり…」
「イッパンテキ」
「だいたい、いっぱいいるってことだね」
「ハトはいっぱいいるってこと?」
「いっぱいいるよ」
「いっぱい」

トリは復唱した。そしてやや不服そうな顔をして、押し黙った。特別なはずの自分の相棒がありふれていることに対しての失望なのか。特別でいてほしいという気持ちは、七緒にもわかる。次第にそれをみっともないと隠すようになったが、トリは隠せないのだ。隠せても怖い。
まもなく十九時になる。帰りを促そうとすると、先ほどの話が続いた。

「丸いハトはいっぱいいる」
「そうだね」
「ケガしているハトはどれくらいいる?」
「うーん、みんな外で暮らしていてそれなりにケガしているだろうから、結構いそう」
「飛べないくらいケガしたハトは?」
「もうちょっと少なくなるかな」
「お家の中にいるハトは?」
「そこまでいくと、そんなにはいないかも」
「トリの家にいるハトは、一匹だけだよ」
「それはそうだね」

トリは機嫌を取り戻したようで、コタツから身体を出した。そして七緒に見送られて、自分の部屋に戻っていった。
七緒の部屋は、毎度の珍客が食べたお菓子の空き袋で散らかっている。そんなことももう気にしなくなっていた。そして片付けながら、反省した。そう、トリの鳩はハトだけだ。電信柱にいるハトもそのハトだけだし、公園で人の落としたパンくずをもらうハトも、そのハトだけだ。
片付けが済むと、七緒はベランダに出た。すっかり冷たくなったこの季節、鳩たちはどのように暖をとるのだろうかと考えた。彼らは夜には滅多に現れないが、どこで眠っているのだろう。どこで息絶えるのだろう。でもトリのハトは飛べないから、今宵もカゴの中で眠っているのだ。

それから影響されて、ふとした時に鳩について検索するようになってしまった。百年くらい昔のアメリカには、リョコウバトというのがいて、それこそドバト並みにいたらしい。もしかしたらそれ以上に生息していたのかもしれない。しかし、それを上回る狩猟によって絶滅したという。鳩は害鳥ともされる。多少の駆除は現代でも行われている。今いる鳩たちも、いつかは絶滅するのだろうか。いや、それよりも人類が先に絶えるなんて事態も有り得る。そうすれば鳩たちだけの世界ができる。あちこちでぽっぽこぽっぽこ鳴いて、食料という食料は麻の実や固いトウモロコシだらけで、地面が糞まみれの世界を想像すると、少し面白い。
そんな妄想をしていると、バシバシとノックの音が聞こえた。はいはい、とドアを開けると、小さな箱と画用紙を携えたトリがいた。箱の中身はクレヨンだった。それはどうしたのかと聞くと、絵の宿題が出たとだけ話した。つまりこの部屋でそれをやるつもりだだ。絵のお題は「空」とのことだった。空といえば、凡な私は青空しか浮かばなかったが、トリは夜空を選んだらしく、黒のクレヨンで紙をベッタベタにする。指を真っ黒にしたまま、普段通りに家中のものをさわっていた。特段、高価なものがある家ではないので放っておいたが、この後の片付けや掃除の苦労を思うと、苦笑いが零れた。

「白のクレヨンって、どこで使うの?」
「上から他の色を消せるんだよ」
「ううん、白くならないよ。ハトみたいな色になる」

夜空の隅に白クレヨンをなぞって見せてくれる。たしかに、幼稚園や小学校の頃に使っていた色鉛筆やクレヨンの白もそうだ。むしろ隣にある色に汚染される始末だった。存在意義をいまいち見出せないまま、それなりに活躍してくれた他の色とともに、実家の開かずの間に置いたきりだ。一度ついたものはそう簡単に消えないものだ。仕事のミスとか、若気の至りとか。ふとよぎった憂鬱に、七緒は一瞬眉をしかめた。トリは白のクレヨンを小さな手でつかみながら、悩んでいる様子だった。

「何に白を使うの」
「星」
「星なら他の色でもいいんじゃない」

一見、星はすべて白く見えるが、実はそれぞれ温度が違って、赤かったり青かったりするのだと、七緒は教えた。トリはめずらしく関心を示したようで、クレヨンを交代しながら出動させていく。

「金色ってどうやって作るの?」
「黄色じゃだめなの」
「金がいい。金ピカのおじぞうさんが夢に出てきたから、足そうと思ったの」

地蔵ではなく、大仏だろうか。それとも本当にお地蔵さまが金色に塗られていたのか。真相は不明だが、さすがに夜空が主題の絵に仏像はシュールに思った。別の紙に描いてみないかと提案したら、案外すんなりと納得した。トリは金色の捻出に試行錯誤しながら、また疑問攻撃を浴びせてきた。

「夢ってどこで見られるの?」
「寝ているときにしか見られないよ」
「金色のおじぞうさん、見たことある?」
「ないよ。夢はその人しか見ないものだから、金ぴかのお地蔵さんは、きっとトリにしか見られないよ」
とは言いながらも、今夜夢枕に金色の地蔵やら大仏が立ったら面白いな、と少しだけ期待してしまう。
「じゃあ、どうしたらもう一回見られる?」

古典的な手段として、枕の下に物を入れると見たい夢が見られるというが、金ぴか地蔵を今から調達するのはなかなか骨が折れる。何より硬そうだ。七緒は、どこかで見かけたフロイトの夢日記の説を思い出して、書いて記録に残すのはどうかと伝えた。
「絵に描いてもいい?」
さしてフロイトに詳しくもないが、文章でも絵でも記録は記録だ。七緒はいいんじゃない、と返した。トリは喜んで、張り切って金ぴか地蔵の完成を目指し始めた。黄土色に黄色や茶色を足して、金色とはいえないが、納得のいく色を見つけたようだ。集中しているのか、気味が悪いほどに静かだった。

「できた」
「お、上手いじゃん」
「ななみちゃんより上手がいい」
「ななみちゃんは絵がうまいんだ」
「うん。でも負けたくない」

闘争心はこんな子どもの頃から生まれるものなのだと思うと、少しぞっとした。教育機関では平等性に従事して、諸々に順位を付けなくなったと聞くが、それでもこうした意志が湧いてくるのなら、戦争が無くなるはずはない。
金ぴか地蔵を完成させると、トリはまた本題の夜空の絵に戻った。小さな画伯は紙面を見つめながら唸る。普段、だらだらとコタツでお菓子を食べて疑問攻撃をしてくる姿しかほとんど見ることがないので、この真剣な様子はなかなか新鮮だった。温かいお茶でも淹れ直してやろうかと思い立った頃、トリはつぶやいた。

「ハトをね、描きたいんだけど」
「描いたらいいじゃん」
「やっぱり本物を見ないとだめだね」
「いつも見ているのに」
「うん、そこにいないとだめ」

通なことを言いおって、と七緒は小さく笑った。とはいっても、スケッチをするのに目の前に本物を置くのは基本だ。この課題は、きっと自宅でなければ完成しない。いつもの十九時までにはまだ時間があったが、トリがやる気満々のようなので、送っていくことにした。
トリはコタツからそそくさと出て、玄関まで向かい外に出る。先に一人でふらふらと行ってしまうと大変だと、急いで上着を羽織いながら追う。ドアを開けると、トリは背伸びをして廊下の柵につかまって、ちゃっかり夜空を眺めていた。トリの身長ではかろうじて見えるか見えないかという高さだ。七緒はもう一度部屋に戻り、洗面器を持ってきた。裏返してトリの足下に置くと、黙ってそこに乗り出した。

「夜空も本物を見てこそですか、先生」
「ハトはさ、飛びたいよね。本当は」

答えにならない答えが飛んでくる。突然、トリが一歩大人になったような気がして、七緒は目を見開いた。洗面器に乗っているから当然なのだが、背も伸びたような気がした。ついこないだまでハトの不自由さを嘆いていた我が頭なら、「きっとそうだよ」と答えるに決まっている。だが、すぐに口から出てこない。トリの言葉は、その奥にあるハトの気持ちは、自分が想像するような普遍的なものではない。できることなら、この一夜で叶えてやりたくなるような、そんなものだ。

「どうにか飛ばしてあげたいな」
「先生はなんて言ってたの」
「難しいって言っていた」

そこからのトリの言葉を訳すと、骨が折れたまま固まってしまって、ここから元に戻すのはほぼ不可能とのことだった。ひょっとすると、これはトリにとって初めて抱く苦悩かもしれない。どうにもならないことがあるのだと、人も(鳥も)思い知ってしまった瞬間を目の当たりにしたようで、七緒は無性に虚しくなった。虚しさを、うっすらと見える星々に流した。それくらいの間、七緒もトリも、黙って夜空を眺めた。トリが洗面器から降りると、七緒も星から視線を戻して、ハトのいる部屋に向かった。

夜に鳩の姿は見えない。ハトにとって、夜は心休まるひと時なのだろうか。朝が来れば、仲間たちの掛け声が聴こえる。昼間は駅前で、人家のそばで、森の中で、川のそばで、それぞれの場所に鳩たちはいる。どこにだっている。翼の力が許す限りは、どこにだって行く。自分はカゴにいる。翼の力が残っていないから、どこにも行けない。いつまでも。せめてこの夜がハトのわずかな救いになるように、七緒は祈る。ベランダの外で、星が瞬いた気がした。これ以上、トリに諦めの時が訪れないようにと願った。無謀だと知りながら。
トリはどんな大人になるだろう。その頃まで、トリと呼び続けるのだろうか。そもそも七緒のところには来なくなるかもしれない。それを幸福と受け取れるようになりたい。この先、自分が親になることがあろうともなかろうとも、一人の子どもの成長を見守り、存在を愛しく想える自分でありたい。今宵は願いが多すぎる。
ベランダから室内へ戻って、トリが残したコタツ布団の黒いシミを落とす作業にかかる。諦めは消えてほしいが、寂しさは幸福の裏にべったりとくっついていて、消えないし消さないでほしいところがあるものだ。

それからしばらく、トリが来なくなった。麻の実の代わりに少し甘めのナッツなんて買っておいたのだが、なかなか袋を空ける出番はこなかった。よっぽど真剣に宿題に打ち込んでいるのか、それとも何か行事でもあったのだろうか。そんなことを思いながら気長に待っていた。
ある日、七緒は買い物に出かけた。お菓子を常備する習慣も消え、自分一人に必要なものだけを買って戻った。すると、部屋の前にトリがいた。うずくまるように座っていたので、そんなに待たせていたか、気分が悪いのかと焦って駆け寄る。トリは顔を上げると、機嫌がいいとも悪いとも言えない表情でいる。そして筒状に丸めた紙を差し出してきた。絵ができたことを察して、七緒はそれを受け取って開いた。
びっしりと黒で覆われた上半分に、赤や青、白、様々な点が並ぶ。これは夜空。下半分は、丸く描かれた緑と細長い茶色の一本線が交互に繰り返されていて、森や林なのだとわかった。その夜空と森林の境には、ハトの背中がくっきりと描かれていた。空へ向かって飛んでいくハトの翼は、一枚一枚の重なりや模様まで、なかなか微細に描かれていた。紙面の半分を占める夜空と森がちょっと雑なのに対して、ハトだけが鮮明にそこに浮かんでいる。あれだけ話には聞いていても、実際に見たことのなかったハトの特徴が克明に伝わる。ミスマッチさに七緒は微かに笑ったが、金ぴか地蔵がいるよりも、ずっとずっといい。

「かなりいい出来だね。ななみちゃんにも勝てたんじゃない?」
「ハトがそこに入ったよ」
「ね、ハトが仲間入りしたんだね」

トリはもう、ななみちゃんのことはどうでもよさそうだった。大なり小なり、他者との比較の上でしか生きられない身には、その態度が羨ましかった。かといって、トリは満足な様子でもない。何か言葉を迷っているようだった。「絵の中ならハトは飛べるんだね」と付け加えようとしたが、飲み込んだ。相手の探している言葉の核心が、そこに潜んでいる気がした。七緒はトリの言葉を待って、静かに絵を眺めていた。そしてトリが口を開く。

「ハトはね、もうカゴにはいられなくなっちゃったから」

七緒はトリの目を見た。トリは続けて話した。麻の実をだんだん食べなくなったこと、カゴのドアを開けても出てこなくなったこと、ぎょろっとした目がだんだん開かなくなってきたこと。自分の目で見たものを、何かに急き立てられるように話した。疑問形はなかった。
ここに来なかった数日、トリはきっと絵に向かっていたのだろう。小さな背中を丸めて、灰色のクレヨンで指を汚しながら、一羽のハトを羽ばたかせていた。日に日に弱っていく分身を前に、無言の対話を交わしていた。そこにいるように、そこにいさせられるように、指を動かしていた。そう思うと、七緒の喉が熱くなった。この一枚の画用紙が、ずっしりと重く感じた。

「ハトはきっと、ずっとそこにいるよ」
七緒の声は揺れていた。トリは頷かない。咳ばらいをして、「寒いでしょ、家に入ろう」と言い直すと、トリは頷いた。
部屋に入ると、トリはゆっくりした足取りでコタツに入る。いつもなら狭くて短い廊下を、パタパタと走り抜けて、コタツに一直線にダイビングした。そばで七緒は温かいお茶を淹れる。やっと出番がきたとはいえ、ナッツを差し出すのは戸惑われたが、精進おとしのようなものと、小皿に出してそっとコタツ机に置いた。
めずらしく静かなトリは、一粒口にした。さすがにこれから麻の実を連想することはないだろうが、泣き出してしまわないか、気にかかった。トリは無言のまま咀嚼して、飲み込んだ。温かいお茶には少し水を入れた。猫舌のトリでも飲めるように。そしてトリはまた話し始めた。

「ハトの骨、すごくちっぽけだった」ハトは火葬してもらったらしい。
「四角い箱みたいなのに入れて、黒い服の人が持って行ったの。帰ってきたら、そうなってた。ずっと病気だったんだって」
七緒は黙って聞いた。
「病気になるとつらいのに、ハトはトリといつも遊んでた」
「いい奴だね」
「うん、いい奴。だから助けたかった」

それはななみちゃんに負けることなんかよりも、ずっとずっと嫌だったと加えた。悔しいという感情の芽生えを見た。この悔しさこそ絵になってほしいと思った。願いの総重量で今にも墜落しそうな星を、七緒は頭の片隅で想像した。

トリは自分の絵を見つめる。「ハト、いなくなっちゃった」と、誰に向けてもいないように、言った。七緒は黙ってお茶を一口すすった。今夜、ハトはいない。夜に癒されるハトはもういない。朝になって、カゴの中で、仲間の声を聞くだけのハトはもういない。ここまでは七緒の想像だ。実際のハトの気持ちは知る由もない。だが、飛べないハトはもういない。トリだけのハトはもういない。それだって変わらないのだ。
タガが外れたように、トリはナッツをポリポリ食べ続けた。機械的なほどに、袋から一粒取り出しては口に入れていった。たくさんの「いない」を飲み込んでいるように思えた。トリの部屋の片隅にある、その様子を見つめながら、余った麻の実や固いトウモロコシはどうするのだろうと、七緒はぼんやり思った。一袋を食べきると、トリはお茶もぐいっと飲みほした。ぷはぁっと、仕事帰りのかけつけ一杯にありついた会社員のように、声を上げた。

「明日はチョコレートが食べたい」
「買っておくよ」

トリに小さく笑顔が戻った。そして絵をまた丸めて輪ゴムで止めて、傍らに置いた。自分の部屋に飾るのだと言った。コタツに丸まって、ごろりと寝ころんだ。家族や友達の話をしながら、疑問攻撃を浴びせてきた。そんな風に十九時までを過ごして、部屋を後にした。
二人は夜空を見ながら、寄り道をして帰る。トリは両手で自分の絵を抱えている。途中、トリは名前を教えてくれた。ハトはあそこにいて、自分はここにいるから、と。

講座を始めて2回目に出した初期作です。
読み返すと恥ずかしさでのたうち回るものもありますが、
これは結構気に入っているので出してみました。

まさしくトリのように、子どもの頃にケガしていたハトを保護して
亡くなるまでの6.7年くらい飼っていた経験がありまして。
(ハトの飼育は届け出をしなきゃいけないそうなんですが、時効ということで・・・)
川上弘美の短編集を読んだ後に書いたので、その影響もややにじみ出ています。

意識した部分を褒めてもらえることも多かったです。
トリが洗面器に乗る場面は子どもの可愛さが出せてお気に入りだったんですが、
まんまと(?)子供らしさが出ていいと言われました。

あと、「総重量で落ちた~」の文章に対して「人工宝石的な良さがある」や、
文体の安定しなさ(これは短所でもありますが)について
「プリズムみたいに屈折が一本線になっているところがある」などなど、
本作以上にかっこいい批評をいただきました。

最近は内容全体を意識するあまり、文章ひとつひとつが簡素になる節があるので、
一行一行に力込める姿勢は忘れてはイカンなぁと。
そういう時に読み返したくなる一作でもあります。


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