見出し画像

久しぶりの手紙

おばあちゃんから久しぶりに手紙が届いた。おばあちゃんの手紙には毎回実家の庭の様子と家族の様子が書かれている。実家の静かに時が流れている様子と、草木が少しずつ変化していく様子が並んでいるとそこに変わりのない幸せがある感じがしていつも心が温かくなる。

おばあちゃんっ子の僕は庭を見るのが好きだった。おばあちゃんの部屋の窓からいつも庭を見ていた。80歳をこえても脚立にのぼって庭仕事をするおばあちゃんが心配だ。だけどずっと働いてきたおばあちゃんにとって働くことは生きることと切っても切れないものなのだと思う。

おばあちゃんは毎朝かかせなく家族の健康を仏壇にむかって、観音様にむかって、神棚にむかって祈っている。3つの神様に拝むだなんて願掛けすぎなんじゃないかな、と思ったりもするのだけれど、それくらい思ってくれている人がいるというその事実が励みになる。

おばあちゃんは去年くらいからアルツハイマーだ。僕のことを忘れる日も近いのだと思う。僕のことを忘れたら、おばあちゃんの中で僕は死んでいるのと一緒になるんじゃないかとおもい、さみしい気持ちになる。

おばあちゃんから来た手紙は全てファイリングしている。日々の喧騒に巻き込まれると、手紙を返すのも遅くなってしまったり、数回に一度しか返さなかったりする。でも手紙はなんだか特别なものな気がする。手紙を送ることで、おばあちゃんと自分の距離が離れていても、例え記憶が薄れていっても、確かなものであり続けられるようなそんな気持にさせてくれる。今週末は手紙の返事を書こう。

サポートでいただいたお金は全てサポートに使わせていただきます。note村のスキの循環が活性化します。