ジョージア隔離生活 三日目

*2018年から日本の家で活動していたYくん、昨年から次なる"日本の家"を立ち上げるべくコーカサス地方、ジョージアへ旅立ったKさんを追いかけて同じくジョージアへ。訳あって4月にライプツィヒに戻ったところコロナロックダウンに合いジョージアに帰ることができなくなってしまいました。4ヶ月のライプツィヒ滞在を経て8月、ジョージアへの入国許可が出た!とみんなの期待を背負って旅立ったのですが、そこへ待っていたのは2週間の隔離生活でした。そんな隔離生活の様子を毎日noteでレポートしてくれます。

隔離三日目、火曜日。12時前。今日は一日、ぶっ倒れていた。ベットがなんだか自分に合わない。柔らかいのも耐え難い。朝起きてから、バキバキに凝り固まった背中が痛すぎて、気絶するように二度寝。食欲もわかず、風邪かと怖くなったが、熱もないので大丈夫そう。それに加え、暑いからと裸で過ごしてたお陰で、腹を壊し、その痛みが背中に移動したようにも感じる。
それに、有難いことに三食毎日食べさせてもらえる。消化しきる前に次のご飯がやってきて、私のお腹は常にパンパンである。夜中に侘しくなるのは、相変わらずだが、
アムスに発つ前日、一週間はとても忙しかった。記憶に鮮明に残っている。Halleにも何とか遊びに行き、何人もの友達と会い、パーティーにも行き、特にプレゼンの前は、狂ったことが多かった。バス停に向かう道中、ふらふらだった。正直、盛大なお別れ会なんてして欲しくなかった。何故、皆とお別れしないといけないのか、やめてくれと心の中では叫び続けていた。同時に心は急速に締め付けられていく。それでも頭はその感覚なのか、感情なのかを受け付けず、何も考えられなかった。単に寂しかった。今生の別れでもないのに、送り出される事に、寂しく、怒っていた。私だって、離れたくて離れるわけじゃない。行く理由があるから行くだけ。
ふらふらで味噌と服が入ったトランクを引きずり、歩いていく。トラム乗り場でチケットと買ったのだが、そのおつりで出てきた小銭が熱くて熱くて持てなかった。そんなぼぉ~とした頭でバスに乗り込んだ。
その前日、Halleにて、一年半前ぐらいだろうか、Hasiでお世話になったジョージア人のお姉さんに会いに行った。一年ぶりぐらいに会いに行った。ある種のジョージアに行く前の自分の中のおまじない、会ってからじゃないとジョージアでも上手く行かない様な気がして訪ねに行った。心よく迎えてくれて、楽しい時間だった。一緒にご飯を食べて、お酒を飲んで、先輩家に帰って、将棋を二回圧勝した。お姉さんと会ってからなんだか運が良い。気のせいだろうけども、こうやってジョージアで隔離されているとはいえ、入国できたし、まあお別れ会は辛かったが、確かに人から色んなものを貰った旅立ちだったと思う。上手くやって行けよとの思いも背中に感じ、愛も受け取った。今でもとても暖かい。

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