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インディアンカレー

*画像は横須賀海軍カレーであり、インディアンカレーではありません。ご注意ください。

阪急三番街のインディアンカレーは、喩えるならばキャタピラーだ。白色のJ字型カウンターに客は入店し、カレーを食べ、退店する。そこには食う前にダラダラ写真を撮る輩や、食った後チンタラしゃべるような輩もいない。客とカレーが流れるだけだ。

「インディアンカレーのレギュラー、卵のせで」

俺は入り口のレジで、流れを止めぬよう素早く、常連客の風を吹かせないよう丁寧に注文する。電子マネーで会計を済ますと、渡されるのは黄色のチップだ。この店にはカレーorハヤシライスしかないため、そのすべてのバリエーションがチップの色で決まる。壁と席の間をすり抜けて、店員の指し示す席に座ると、既にスプーン、水、キャベツのピクルスが設置されている。ピクルスを食べるタイミングを計算しているうちに、カレーが供される。平らな皿の上で楕円状に盛られた白米の全体にかけられたカレールウ。ルウと米を半々に分けた、常に配分を計算するタイプではない。ハバナシガーのような上品な褐色と、中心に浮かぶ鮮やかな黄身。
「いただきます」
素早くスプーンですくい、口に運ぶ。スパイスの香りとともに、フルーツの甘味が口いっぱいに広がる。この甘みに不意打ちを食らう者は素人だ。滞りなく口に運ぶと、突然辛みが襲いかかってくる。甘みの記憶を打ち消すような辛みだ。辛い辛い、タイミングを計る、辛い辛い、今だ、ピクルスを口に含む。優しい酸味、噛み応えで染み出す唾液が口の中を落ち着かせる。辛い辛いピクルス水、辛い辛いピクルス水水、耐えきれなくなったそのとき、黄身を割って溶け込ませる。玉子のコクがカレーの辛みを覆いながら、香りとコクを引き立たせる。残りのピクルスを見ながら再計算。辛い辛いピクルス、辛い辛いピクルス水、辛い辛いピクルス水水、ルウが全体にかかっているから、ご飯とのバランスを考える必要がない。辛い辛いフィニッシュ。店員に良っで何も言わずとも水がグラスに満たされる。それを飲み干し、余分な辛みを洗い流す。
「ごちそうさま」
それ以外にに言葉はない。香りの余韻を楽しみながら立ち上がり、店を出て立ち去る。カレーを食べれば三番街に用はない。迷い無く阪急電車に乗り立ち去るだけだ。

そのときにはすでに、次のインディアンカレーを計算しはじめている。窓ガラスの向こうで流れる夜景とともに、辛みが消え、カレーは記憶の中に流れていった。


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