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春雨サラダじゃ地味かな

「きみ何年目?困るんだよね、報告書もださないとか」

「申し訳ございません」

腰を折って謝る。


(その報告書、何日も前に送ったやつだけど)

営業に聞いたら

「あー報告書?客には出してないっすよ。だって部長のサインなかったし」

「そうだったんだ。部長に直接クレームがはいったみたいで、私びっくりしちゃったよ」

(早く言ってくれたら、サインもらいに行って、すぐ対応できたのに)

「いや、俺も客には手ぶらか!って怒られちゃったんすよ。あはは。」

「そっか。ごめんね、サインもらってなくて」

笑顔で謝る。両手を合わせて、ごめんごめんのポーズ。


部長は暇じゃないし、些末な報告書のことなんてすぐ忘れてしまうだろう。

営業だって、サインのない報告書は客先にだせないだろう。

わかる、わかる。そうだよね。

お客さんもいつまで経っても報告書が来なかったら怒るだろう。

うんうん。わかるわかる。


私が急いで仕上げた報告書。

急ぎだから、と優先順位を上げて、

重要だから、といつもよりしっかり書き上げた報告書。

部長と営業に送った報告書。

お客さんには届かなかった報告書。


(全部全部わたしが悪い)

前をむいて、姿勢よく、オフィスの廊下をまっすぐ歩く。


明日の打ち合わせは部長が報告書の提出がおくれたことをまずはお客様に謝るだろう。

報告書は私が最初に出した時から一文字も変わらず、部長のサイン入り。

営業も一緒に頭を下げる。私はその隣で頭を下げる。

その後は、営業と部長が私が申し伝えた内容を、堂々と説明するだろう。

隣で私は座っておとなしく話を聞くだろう。



「責任がなくていいじゃん」

今晩この話を彼氏に話したら、きっとそう言う。

「そうだよね」

私も笑顔で答えるだろう。


こうして私は私の手で、自分で書き上げた報告書をなかったことにする。

私が働いた時間も、考えた時間も、なにもなかったことになる。



「お疲れ様でーす」

(くそくらえ)

心の中で悪態ついて、笑顔で退社。

決めた。今日は彼氏を呼ぶのはやめよう。具合が悪いとか何とか言って。

それからコンビニでビールと春雨サラダを買う。

それで部屋の中で爆音でパンク聞いて、ビール飲んで、春雨サラダ食べよう。決めた。そうする。

私が働いた時間も、報告書もなかったことなんかにしない。ちゃんと派手に弔おう。

(春雨サラダじゃ地味かな?)

コンビニで手に取って考える。
コンビニから出るときの足取りは、さっき会社の廊下を歩いたときよりきっとずっと軽い。


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※この話はフィクションです。


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