見出し画像

写真の話 -200年後に評価されたらそれでいい

ワンジャンハオ〜、レオンハルトです。




私、写真が趣味だったりもします。

が、ちょっと変わっていて、今の札幌の風景を資料のような感じで撮っておき、200年後に誰かが見た時に
「200年前のススキノってこういう感じだったんだ!」
っていうのが伝わる写真を撮りたいと思っているんです。

昔どこかで偶然知った話なのですが、最後の将軍徳川慶喜は写真が趣味だったらしく、撮った写真が幾つか残っています。
ところが、彼の撮った写真を現代の写真家に見てもらったところ、構図がイマイチなど何かと良くない点を多く指摘され、慶喜は写真がヘタクソだったという評価になってしまいました。

ところが写っているものをよくよく見てみると、
その当時の人々の何てことのない日常がたくさん写っており(家や着ている服など)、
写真というものが珍しかった時代の当時の様子を知れる貴重な資料だ、となり、これはこれで歴史的価値があるのではないかという話になって、資料としての評価が上がった。
…ということがあったそうです。


そのエピソードを知った時、私もそういう形で後世から写真の評価をされたいなぁと思うようになり、
アートとして面白くなくても歴史資料になるようなものを残したいと思うようになりました。


例えば、こんな写真。

4プラの向こうにあった建物が丸見え

札幌三越の宮越屋珈琲から撮影しました。

じきにここにまた建物が立つでしょうから、こういう空白ができた一瞬の貴重な瞬間を切り取る事をライフワークとするんだと思いながら日々生きています。


…と、私の風景写真へのモチベーションはこんなところにあったりもします。
その活動をしているインスタのアカウントを貼ります。
いつか誰かの研究の役にたったらいいなぁ。



200年後の評価を待つアーカイブ

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます