誕生日を知らない超ブラック企業勤めの青年が慶應義塾大学への進学を目指した話 ②
1.出会い
私は当時、某広告代理店で働きながら週末の空き時間を利用し、大学進学を目指す子の受験勉強を年に1人だけ手助けしていた。何故社会人になってまでそのようなことをしているかというと、自分が中学・高校時代、地理的な環境により勉強に苦労した体験をもとに、1人でも進路に困っている学生のサポートができればという思いが消えなかったためだ。高慢ながら大学受験だけではなく、その後のキャリア形成の手助けとなる考え方の基本も教え、就活の際にも活用できるようにしている。
広告代理店で働く前は、GAFA(アメリカの巨大IT企業群であるグーグル,アップル,フェイスブック,アマゾンの頭文字)のある企業において事業計画策定を担当しており、その際に身につけた問題解決法およびプロジェクト管理手法を受験勉強のスケジュール作成に応用していた。家庭教師登録サイトでの文言には、(GAFAの問題解決法を生かして偏差値50からの難関大学への逆転合格の手伝いをします)と記載している。
それを彼が目にし、私にコンタクトをとるために送ってきたメールの内容は、
「今まで自分は勉強というものに縁がありませんでした。今後もそうだと思います。でも今までの自分を変えるために大学進学したい。出来るのであれば東京六大学のどこかへ行きたいのですが、
こんな自分でも可能性はありますでしょうか」
というものであり、このメールを受け取った段階で2017年の大学入試での合格に間に合うかどうかの判断は彼の話を聞き現状を把握しなければ返答が出来ない。
一般的な教育を生業とするサービス(会社・個人問わず)を提供する方々は、指導に入る前に基本的な項目「志望校」、「現状の偏差値」、「受験科目」を確認しているかと思いますが、私はそれに加えて「将来何をしたいのか」ということを聞くことにしている。これは何故かというと、大学受験の年齢の段階でそれを意識した上で決して面白くもない大学受験勉強に取り組むのとただ漠然と取り組むのでは大きな差が出るからだ。それらの情報を元に学生の志望校が現状の学力および学習背景を考慮した上で適切なところなのかどうか、志望校以外に他の選択肢が提案できないかどうか確認する必要があるからである。
もちろんダイキ君に対してもこの時点では、世間によくいる、ここまで勉強してこなかった偏差値40台からの有名・難関私立大学への逆転合格を目指す受験生だと思っており、これまで教えてきた生徒と同じような手順で計画を立て、指導を進めようと考えていた。
しかしそれは大きな間違いであり、今まで経験したことのない難易度の高い指導案件の始まりだった。
受験シーズンまで残り時間が少ないにも関わらず、予定がなかなか合わなかったこともあり、初顔合わせは結局12月になってしまった。ただでさえ時間がないで面談までに2週間かかってしまい貴重な時間を無駄にしてしまったと後悔の気持ちがあふれてきた。顔を合わせたらまずは謝罪しようと心に決め、ダイキ君が待ち合わせ場所として指定してきた東京23区の郊外へと向かった。通勤経路の途中であったため私は待ち合わせ時間の15分前に待ち合わせ駅近くの喫茶店に到着し、どんな子が姿を現すのか楽しみにしつつ、面談時に聞いておくべきことをまとめているうちに待ち合わせの時間となった。喫茶店の近くで自転車を止める音とともにさわやかそうな青年が私服姿で現れた。そしてそのまま事前に特徴を伝えていた私の元へと軽快な足取りで近づいてくる。
彼に対しての初印象は、「真面目そう」である。見た目も整えており、髪の毛の染色奇抜なセットもしておらずよくいる高校生という第一印象だ。脇に抱えていたのは大量の参考書が入ったバッグであり、そこから覗かせるのはよれよれになった英単語帳と参考書である。それには付箋(ふせん)が大量に張られており相当勉強している痕跡がみられ、この相談案件は難易度が低そうだという印象を抱いた。