【「はじめに」公開】村山昇 著『コンセプチュアル思考』
まえがき
2021年5月、私は連日、オンライン研修の講義にあたっていました。受講者は、ビール・酒・飲料を製造する国内大手のグループ企業の社員の方々です。
『コンセプチュアル思考ブートキャンプ~製品・サービスに独自の概念の光を入れる』と名づけた研修は、DAY1~DAY3まで3回シリーズで行われました。
280名超の受講者は、6クラスに分かれ、毎回、講義とワークを通し、新たな概念起こし、自己の再定義、意味・価値の言語化、枠組みの図化、事業の世界観づくりなどに取り組みます。
「VUCA(不安定で・不確かで・複雑で・あいまいな)」と呼ばれる時代が到来し、事業の成功のがもはや一つの正解値に集約していかないなかで、受講者は独自の意志・解釈による答えをつくり出すべく、アタマではなく、肚はらで考える汗をおおいに流したのでした。
客観的・分析的にアタマを駆使して、製品スペックやコスト面で改良・改善に励み、競合他社に対する比較優位を得ることは重要です。しかし、それによって出てくる答えは最終的にはどこも似たり寄ったりになってしまい、早晩、コモディティ化による持久戦を招いてしまいます。
消費者のデータ分析依存や、他社の成功事例の過剰なリバースエンジニアリング、イノベーションにかこつけたプロダクトアウト発想のものづくり……。科学・分析・論理が万能だとする「知」の過信が先導する製品・サービス開発は、逆に個性を失わせる結果に陥っています。
また、「お客様の声に寄り添う」という「情」の構えばかりが優勢になっても、革命的な事業は生まれえません。確かに、ユーザーというのは既存の商品の不備・不具合・不満については雄弁に答えることができます。したがってそこからは改良・改善的な製品・サービスはできます。しかし、ユーザーは「まったく新しい何か」については答えられないのです。
「まったく新しい何か」を起こし、形にし、ユーザーに投げかけることこそ、つくり手側の仕事ではなかったでしょうか。
VUCA時代に必要な「概念や意味、価値を考える」思考
マーケティングの世界では、次のようによく言われます。
「消費者調査はクルマの運転席のバックミラーのようなものだ。後ろはよく見せてくれるが、けっして前の景色を見せてくれるわけではない。それは自分の目で見なければならない」
昨今、ビール・酒・飲料業界に限らずどこの業界も「知」や「情」への偏りが大きく、というか、それを言い訳にしているようにも見えます。
「お客様の調査データから分析し、最新の技術でこんな機能を盛り込んでつくってみたのですが……(残念、売れませんでした)」のような。
市場にはモノやサービスが溢れていますが、つくり手のほんとうに深いところから出てくるコンセプト、強い意志や哲学、世界観を伴ったものはとても少なくなっています。VUCAの時代をたくましく切り拓く鍵は、「意」の思考力の復権・錬磨にあります。
こうしたなかで「コンセプチュアル思考」を鍛える研修への需要が高まりをみせています。この研修では、概念や意味、価値を考えます。コモディティ化が進む業界の中で、みずからの事業・製品・サービスをどう再定義して売っていくか。たとえば「アズ・ア・サービス」モデルを考える箇所では、次のような思考ワークをします。
「ビールを●●として売る」「酒を●●として売る」「●●をサービスとして売る」……。受講者は担当する事業・製品・サービスに対し、他社との比較競争で優位になる小手先の工夫を考えるのではなく、「在り方」を見つめなくてはなりません。ここでは根本の在り方、自分独自の在り方を起こす答えが求められます。
この研修の狙いは、こうした「意」の思考が主導となり、「知」や「情」を携え、独自の世界観をもった事業をつくり出すことにあります。
人間の3つの思考活動―――知の思考・情の思考・意の思考
哲学者カントは、「私は何を知りうるか・私は何を望んでよいか・私は何をなすべきか」との有名な問いを発し、人間の精神のはたらきとして「知・情・意」を考えました。人間の思考は当然そうした精神のはたらきの影響下にあります。その観点からすると、思考活動を3つに分けてながめることができそうです。すなわち、「知の思考・情の思考・意の思考」です。
たとえば思考の中でも、「鋭く分析する」「賢く判断する」「速く処理する」といったときの思考は、「知」のはたらき主導でなされる種類であるように思います。
一方、「人の気持ちをくんで考える」とか「心地よさを形にする」「美しいを表現する」ときの思考は、「情」のはたらきに引っ張られているように思います。
さらにはもう一つ、「深く洞察する」「総合してとらえる」「意味を掘り起こす」といった思考は、「意」のはたらきが影響する種類とみることができます(図表0-1)。
そうした3つの思考を考えるとき、「ロジカル思考」は「知の思考」に属するものです。また、「デザイン思考」は「情の思考」に属するものと言えるでしょう。
では、「意の思考」に属するものに何があるでしょう――それが本書で起こす新しい思考「コンセプチュアル思考」です。
「意の思考」でいう「意」とは、意志、意味、意義、意図の意です。意は「念」に通じていて、概念、観念、信念、理念にかかわります。そして意や念は、英語の「コンセプト:concept」に通じます。
「知の思考」にかかわる「ロジカル思考」は次のようなことを目指しているのではないでしょうか。
鋭い頭をつくる
知識を増やし、知識をたくみに扱う
技術に長けた商品・サービスをつくる
論理にもとづく思考態度をつくる
分析力/批判力のある仕事ができる
効果/効率を狙う仕事ができる
利発的な人をつくる
「情の思考」にかかわる「デザイン思考」は次のようなことを目指します。
「 美しい/快い/優しい」を扱う
共感にもとづく思考態度をつくる
「 カッコイイ/かわいい/心地よい/面白い/ウレシイ」を形にする
五感豊かな発想力を養う
美意識/アート感覚にもとづいた仕事ができる
「 体験」を商品化・サービス化できる
これらに対し、「意の思考」にかかわる「コンセプチュアル思考」は、わかりやすく言うと次のようなことを目指します。
根源を見つめ概念化する思考態度をつくる
洞察力を鍛錬する
意志の通った仕事ができる
独自のとらえ方=観をつくる
深く豊かに咀そ 嚼しゃくする力を養う
理念にもとづいた製品・サービスをつくる
意味をつくり出す人をつくる
このように3つの思考法には、それぞれが得意とし、目指す領域があります。本書はこれから、いまだ十分に体系化されてこなかった「意の思考」たる「コンセプチュアル思考」の技法について詳しくみていきます。
コンセプトというと、何か企画を起こすときの軸となる考え方を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、それは狭い意味で、この語は本来、「つかむ・内に取り込む」という意味を持っています。
私たちは感覚器官を通してものごとからさまざまな刺激や情報を受け取り、意や念としてつかんでいきます。さらには経験として取り込んだものを総合して、ものごとの奥にひそむ本質をみようとしたり、ものごとに意味を与えたりします。そうして観(=ものごとの見方)という心のレンズを醸成します。これらの認識活動を包括する言葉が「コンセプチュアル」です。
振り返ってみれば、私たちビジネスパーソンにとって、日ごろ「コンセプチュアルに考える」場面はたくさんあります(図表0-2)。
こうした問いに向かう思考は、「わかる」を目指すものではありません。「わかる」とは「分かる/解る」と書くように、ものごとを分解していって何か真理に当たることです。これは「ロジカル思考」をはじめとする「知の思考」が担当する分野です。
また「デザイン思考」をはじめとする「情の思考」が得意とする「表現する」ことを目指す思考とも違います。
こうした問いを考えるときこそまさに「意の思考」の出番です。「コンセプチュアル思考」は、客観を超えたところに意志的な答えを「起こす」思考だからです。自分の内に概念を起こす、意や念を起こす、とらえ方を起こすのです。
論理のみでは大きな答えは出せない――「知・情・意」を融合させ、分厚い思考をせよ
1981年にノーベル化学賞を受賞した福井謙一氏は次のように言っています。
企業の人事部や経営層の方々と議論をすると、必ず出てくるのが「うちも『iPhone』のような製品を生み出す人材が育てられないか」「なぜうちの社員は『iPhone』のような発想ができないのか」という声です。
スティーブ・ジョブズ氏を中心にアップル社がつくりあげた一連の製品群(iMacからiPod、iPhone、iTunes、iPadに至るまで)は、はたして論理的な思考の賜物だったのでしょうか。
確かに論理は重要だったでしょう。しかし何よりも決定的だったのは、コンセプトを起こす力であり、グランドデザインを描く力であり、製品世界をイメージする力でした。さらには「Think different」という同社が文化として持っている強力な意志の力でした。これらはコンセプチュアルな能力に属するものです。
もう一つ忘れてはならないのは、彼らの美・快の体験価値を具現化する力です。あれらの道具に最初に触れたときの操作感覚の驚き。そして日常使うときのウキウキ感。それらの実現には卓越したデザイン的思考が不可欠でした。
ビジネスパーソンにとって、帰納的・演繹的に推論ができる、「MECE」に考えることができる、あるいは「4C」や「SWOT」「5Forces」などの思考ツールを使いこなすことができる、といった「知の思考」の技術は武器になります。
しかし、それらは万能ではありません。『iPhone』のような独創的なアイディアは、福井氏も指摘するように論理とはちがうところでの飛躍によって起こります。
その飛躍を可能にするものこそ、「意の思考」であり、「情の思考」です。むしろ論理はその発想の飛躍を助けるための手段として有用なものといえます。要は、「知・情・意」3つの思考の基盤能力を養い、それらをたくみに融合させる分厚い思考ができるようにならねばなりません。
そうしたことから、本書は「意の思考」の基盤能力養成に目を向け、ビジネス現場にマッチした題材で講義とワーク(演習)を組みました。
ビジネスパーソンのための思考リテラシーと位置づけたとおり、年次、立場、職種を問わず、だれもがその思考の基盤をつくるために読んでいただきたい内容です。
では、新しい第三の思考リテラシー「コンセプチュアル思考」でおおいに肚(はら)を使ってみてください。あとがきでまたお会いしましょう。
目次
第1章 「コンセプチュアル思考」を知る
概論 「コンセプチュアル思考」とは何か?
鍵概念1 抽象と具体
鍵概念2 「一」対「多」
鍵概念3 概念・観念・信念・理念
鍵概念4 「πの字」思考プロセス
第2章 ものごとの本質をつかむ
準備 根源探索:ものごとのおおもとを見つめる
スキル1 定義化:ものごとの本質をつかみ表す
第3章 ものごとの仕組みを単純化して表す
スキル2 モデル化:思考上の模型づくり
第4章 ものごとの原理を他に応用する
スキル3 類推:ものごとの原理をとらえる、他に適用する
第5章 ものごとをしなやかに鋭くとらえなおす
スキル4 精錬:コンセプトを磨きあげる
第6章 ものごとに意味づけや価値づけをする
スキル5 意味化:ものごとの目的を定める
第7章 事業・製品・サービスを独自で強いものにするために
総括講義[1]「モラル・ジレンマ」に立つ
総括講義[2]「知・情・意」の大きな融合
著者について
村山 昇(むらやま のぼる)
キャリア・ポートレートコンサルティング代表
組織・人事コンサルタント
概念工作家
企業の従業員・公務員を対象に、「プロフェッショナルシップ(一個のプロとしての基盤意識)醸成」研修はじめ、「コンセプチュアル思考」研修、キャリア開発研修、管理職研修などの教育プログラムを開発・実施している。哲学の要素を盛り込んだ内省ワークや直観的に本質をつかむ図表現、レゴブロックを用いたキャリアのシミュレーションゲームなど、独自の手法で企業内研修の分野で幅広く支持を受けている。1986年慶應義塾大学・経済学部卒業。
プラス、日経BP社、ベネッセコーポレーション、NTTデータを経て、03年独立。94-95年イリノイ工科大学大学院「Institute of Design」(米・シカゴ)研究員、07年一橋大学大学院・商学研究科にて経営学修士(MBA)取得。著書に、『個と組織を強くする部課長の対話力』『いい仕事ができる人の考え方』『働き方の哲学』『スキルペディア』(以上、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『キレの思考・コクの思考』(東洋経済新報社)、『プロセスにこそ価値がある』(メディアファクトリー)、『ぶれない「自分の仕事観」をつくるキーワード80』(クロスメディア・パブリッシング)など。
ビジネスホームページ:careerportrait.biz/
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