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災害時の死者・行方不明者名公表 平時に冷静な議論を

(2021年12月2日付静岡新聞への寄稿記事)

 自然災害による死者・行方不明者の氏名を、家族等の同意なく行政機関が公表すべきか、という議論がここ数年繰り返されてきた。筆者は法的なことは専門外だが、見聞きする範囲ではこうした公表は法律等で明確に禁じられてはおらず、基本的には自治体の判断に委ねられているようである。

 筆者は、災害時の死者・行方不明者の氏名や年齢、およその住所等は原則として公表してよいと考えている。まず行方不明者は、公表により行政だけでは把握できない情報を広く集められることで安否確認が進み、捜索活動の負担軽減につながることが期待される。今年の熱海市、平成30(2018)年7月豪雨災害時の岡山県などで、氏名公表が安否確認につながった例があり、効果は明らかではなかろうか。死者名も、捜索活動が多様な組織によって行われることなども考えると、公表により情報共有が容易となるなど、行方不明者と同様な意義があると思われる。

 災害時には被災地に親族、知人などがいる人達が、「安否確認行動」(知人等の安否を確認するための情報収集を行うこと)をとる事が知られている。現地自治体や各種組織などへの問合せが生じ、災害時に多忙な現地関係機関の作業量を増やすことも懸念される。不確実な情報が生じる可能性もあり、「安否確認行動」の影響を軽減する意味でも、死者・行方不明者名等を公表する意義はあると思われる。

 なお、DV被害者など公表を明確に拒んでいる方への配慮は必須である。これは既に運用例があるように、住民基本台帳の閲覧制限を判断基準とする方法が適切だろう。この方法は当事者の意思が明確であるとともに、新たな情報収集を要さず作業量が軽減できる点でも合理的であると考えられる。

 また、こうした災害時の実務的な意義だけでなく、後世に災害を語り継ぐ際に「○○市の死者×人」より、「△△地区では○○さん(××歳)が亡くなられた」という情報の方が、現に存在した人が難に遭われたのだ、という現実感を持って受け止められるといったこともあるのではなかろうか。

 いろいろと意見が分かれるところだと思われる。平時のうちに、冷静な議論を重ねておくことが重要だろう。

【note版追記】

 今回の内容は、長らく心に引っかかっている課題です。以前にもいろいろな所で記事にしており、例えば下記もご参照下さい。

 今回の記事では、災害時の死者・行方不明者名公表の、実務的な意義にウェイトを置いて書きました。ただ、書いた後に改めて考えてみると、そもそも「実務的な意義があるのだから」という主張ばかりをすることは適切ではないようにも思えてきました。災害時の情報は、明確な支障(氏名についてであれば上記記事に例示したDV被害者など)がない限り公表が基本では、と言っていくべきなのかもしれない、と思いました。

 災害時には総務省消防庁が人的被害などの状況を逐次公表しています。この情報中では元々死者などの氏名は掲載されていませんでしたが、2010年代前半頃までは、死者については「○○市で××により△△歳男性が死亡」といった記述が定型的でした。それが2010年代中頃には「○○市で××により△△代女性が死亡」などと年齢が年代に丸められるようになり、2010年代後半以降は「○○市×人」のように人数だけが記述されるようになりました。この間の経緯について詳しく調べているわけではありませんが、筆者の知る限りでは「○○市で××により△△歳男性が死亡」といった記述が法的に禁じられたという事はないと思います。あくまでも筆者の想像ですが、死者という情報に対する「配慮」が深まっていったのかもしれない、と感じています。

 これは筆者の妄想かもしれませんが、仮に死者・行方不明者名(年齢性別も)は非公表が基本ということになると、更に「自主的な配慮」によって死者・行方不明者が生じた場所を報じることも自粛、次は死者・行方不明者が生じたことを報じること自体自粛、となっていったりすることはないでしょうか。当然そうあるべきだ、という考え方もあるかもしれません。しかし、私は、災害で亡くなったり行方不明となったりした方が生じたこと、生じた場所、どういった状況だったのか、といったことは、まさに「災害の教訓」であり、誰もが知ることができるようにし、語り継いでいくことではないかと考えています。

 そして、これは情緒的なことかもしれず、大変意見が分かれるところかとは思いますが、私は「氏名」というのは、統計値としての「死者1人」ではなく、現にそこで生活を営んでいた人が、自分の隣にいたかもしれない実在の人が、そこにおられたのだ、という現実を、生き残った私たちに伝えてくれる「情報」なのではないかと思っています。

 記事上にある写真は、2004年台風23号による洪水時に、兵庫県豊岡市日高町で、車で通行中の2台、2人の方が亡くなった現場と、そこに建つ災害碑です。碑には次のような文字が刻まれています。

 平成十六年十月二十日、台風二三号により、 この地にて二人の貴い命が失われた。
  <地区名> <氏名>
  <地区名> <氏名>
 ここに慰霊とともに、治水整備への願いと誓いを込めて、治水祈念の碑を遺族、周辺住民の志により建立する。
   平成十八年十月二十日
    日高町地区円山川上流直轄河川改修促進期成同盟会

 この碑では、死者名が「公表」されていることになります。ただし写真と上の碑文の引用では、亡くなった方の居住地区名と氏名を伏せています。これは私の「自粛」です。

 静岡新聞「時評」欄へ寄稿した過去記事については下記にまとめています。


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