線状降水帯情報の新設に思う まず「危険度分布」活用
(2021年04月01日付静岡新聞への寄稿記事。上図は気象庁ホームページより「洪水警報の危険度分布」表示例)
気象庁「防災気象情報の伝え方に関する検討会」で、「線状降水帯」に関する気象情報の新設が提案されている。同会資料によれば「顕著な大雨に関する気象情報」を新設し、「○○地方では、線状降水帯が発生した可能性があり」といった文言で伝えることが考えられている。
線状降水帯とは、気象庁の予報用語では「次々と発生する発達した雨雲が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる(一部略)強い降水をともなう雨域」とされている。近年では、2020年7月の熊本県南部、2018年7月の広島県などの豪雨災害時にみられている。
同会で気象庁が示したアンケート結果では、「線状降水帯を観測した場合に気象庁が情報提供することについてどう思いますか」の質問に対し、「情報を提供して欲しい」が92%だった。線状降水帯だけに着目すればこうした結果となるのは当然で、筆者自身もこう答えると思う。線状降水帯の発生を解説的な情報として伝えることに違和感はない。しかし、防災気象情報全体を眺めると、すでに多種の情報が存在するなかで、さらに新たな種類の情報を増やしてよいものか、疑問も感じる。
「氾濫警戒情報」「内水氾濫危険情報」「土砂災害警戒情報」「記録的短時間大雨情報」「高潮氾濫危険情報」「早期注意情報」「竜巻注意情報」。これらは筆者が「知名度が低いのでは」と思う防災気象情報で、この他にも様々な情報がある。あるいは、「大雨特別警報」「暴風特別警報」はあるが、「洪水特別警報」は存在しない。これら情報の意味や危険度をだれもが完全に理解できるだろうか。率直に言って筆者もその自信はない。
「線状降水帯」は大雨をもたらす気象現象の1つであり、それ自体が洪水・土砂災害をもたらすのではない。洪水・土砂災害をもたらすのは「大雨」であり、その原因が時には台風であり、低気圧であり、線状降水帯である。原因に関係なく「大雨」による災害の危険度を高低を細かな地域毎に示す情報として気象庁は、洪水・土砂災害などの「危険度分布」を運用している。「防災」を考えたいのなら、まず活用すべきはこの情報ではなかろうか。
【note版加筆】
文中で挙げた気象庁「防災気象情報の伝え方に関する検討会」については下記に資料が挙げられています。線状降水帯の情報については、主に第8回、第9回で議論されています。
まずあらためて強調しておきますが、筆者は線状降水帯に関する情報なぞ一切必要ないとは考えていません。「台風」とか「発達した低気圧」のように、激しい気象現象が生じていることを、解説的な情報の「内容」として伝えることは意義があると考えています。
また、線状降水帯という言葉の定義が必ずしも明確になっていない状況下で、言葉自体が社会的に広く認知されつつあることを考えると、気象庁により言葉を何らかの形で定義し(今後の研究・技術的進展に伴い定義は少しずつ変化してもよいでしょう)、個々の事例について「線状降水帯が発生」と、ある種の「認定」を行うことも意義があると思います。
しかし、既に膨大な「種類」の気象情報がある中で、「線状降水帯が発生」という「(やや目立つ)新たな種類の情報」を増やすことにはためらいを感じます。
ここ数年、線状降水帯に関わる大雨による災害がいくつか目立つ形で発生しました。しかし、大雨にともなう被害をもたらすのは線状降水帯だけではありません。台風による雨も考えられますし、線状降水帯による大雨のような短時間・集中的な降り方だけでなく、長時間降り続くタイプの雨である場合もあります。あるいは気象現象としては、高潮とか暴風なども無視できません。目先の出来事としては線状降水帯に関心が持たれ、その情報が必要だ、という気持ちになるかもしれませんが、それだけ注意していればいいわけでもありません。「線状降水帯ではないから安心」などということもありません。
となると、注意すべきは線状降水帯とか台風とかいった「大雨をもたらす現象」よりは、「大雨による危険度はどうなっているか」のほうが、端的で「わかりやすい」のではないでしょうか。こうした、洪水などの「危険度分布」は「キキクル」という愛称がつきましたが、気象庁のトップページから参照できます。
繰り返しますが、線状降水帯についての情報を一切出すべきではないとは思っていません。ただ、いろいろな災害がある都度、新たな種類の情報を増やしたり、呼称を変えたりすることによって、情報が膨大・複雑になってきたことを考えると、気象情報や避難情報については、整理統合も目指していった方がいいように感じます。
正直なところ、「防災のために役立つよい情報を出そうとしているのに邪魔をするのか」といった批判が予想され、この記事を書くことに対しては、かなりおびえを感じています。これはあくまでも私の考え方であり、これに従うべきだと、他人に押しつけるものではないことはご理解いただければと思います。
静岡新聞「時評」欄へ寄稿した過去記事については下記にまとめています。
記事を読んでいただきありがとうございます。サポートいただけた際には、災害に関わる調査研究の費用に充てたいと思います。