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風水害での安全確保 目標は避難不要の生活

(2023年7月12日付静岡新聞「時評」欄への寄稿記事)

 風水害に関し「どう避難すれば安全か」「安全な避難のタイミングは」といった問いを受けることがある。こうした問いには「どんな場合でもこうすれば確実に安全、といったうまい話はありません」と答えざるを得ない。

 防災に関する啓発記事や番組、講演などでは、「こうすればいいですよ」という、分かりやすく簡単にできそうな「正解」を挙げることが好まれる。災害の厳しい「教訓」を聞いた後に、「でもこうすれば大丈夫ですよ」といった救いのある話があれば安心できる、という気持ちはよく分かる。しかし、地形的に洪水・土砂災害が起こりうる場所でそれを人間の力で完全に防ぐことはできない。また、災害発生場所や時刻について時間的余裕をもって正確に予測することも残念ながら困難である。すでに浸水したり土砂が出つつあったりする中を安全に避難するというのも、現実にはほぼ無理な話だ。

 洪水・土砂災害の危険性がある場所でも誰もが確実に安全を確保できる方法というものは、残念ながらないと筆者は考える。もし確実な安全性を確保したいならば、目指すべきは「避難しなくてもよい暮らし」だろう。たとえば、地形的に台地に分類される場所は洪水・土砂災害の危険性が低いので、こうした場所への転居はかなり確実性の高い対策となろう。予想される危険性が浸水のみで、洪水による家屋倒壊の危険性が低い場所ならば、想定される浸水深よりも高い堅固な建物に住むのも一つの選択肢となりうる。

 もっともそう話は簡単でないだろう。災害に対しては安全性が高い場所だが日常生活や仕事の上では不便、ということは大いにありうる。さまざまな事情でその土地を離れるのは難しいこともあるだろう。結局なにを最優先とするかは、われわれ一人一人が判断するしかない。災害の危険性がある場所で確実な安全性を確保するのは極めて困難だという現実を受け入れ、災害と何らかの形で折り合いをつけて暮らしていくしかないだろう。

 現実にはなかなか難しいことはよく分かっている。しかし、時間はかかるかもしれないが、可能であれば目指していきたい方向の一つとして「避難しなくてもよい暮らし」というものがあってもよいのでは、と筆者は考えている。

【note版追記】

 今年の梅雨期も各地で大雨に伴う被害が発生しています。何か災害が起こると、被害の実像、そこから見られる課題とともに、「解決策」を挙げることが得てして求められます。しかし、そう簡単に「解決策」を作ることは難しいので、無難な話としてついつい「早めの避難」という言葉を使いがちです。私自身もそうです。

 しかし、現実の災害調査を重ねれば重ねるほど、本当に「早めの避難」なんてできるんだろうか、できるとしてもそれはかなり幸運に恵まれた場合であり、現実には難しいのでは、という思いが強くなっていきます。また、そもそも大多数の人が「避難(主に立退き避難という意味で)」をする必要性が本当にあるのだろうか、という思いもあります。

 ここで挙げた「避難しなくてもよい暮らし」というのは、決して絵空事ではなく、少なくとも「すべての人が安全確実に(立退き)避難する」ということに比べたらはるかに現実性が高いことだと思います。無論これは時間もお金もかかることですし、個人の価値観にも関わることで、人に対して強く要請することは適切でないと思います。あくまでも、「災害から命を守ることが何よりも重要」だと考えるならば、目指すべき方向の一つは「避難しなくてもよい暮らし」ではないだろうか、という話です。

2023年7月15日の大雨による災害が生じた秋田県五城目町の内川川。河川付近の低地は洪水の被害を受けたが、写真左側の台地上では目立った被害は生じていない


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