災害時の避難行動 〝成功例〟より基礎固め

(2022年8月3日付静岡新聞「時評」欄への寄稿記事)

 災害時の避難行動などに関する取材や講演などの際、「成功例や先進事例を教えてほしい」とよく聞かれる。筆者は基本的に「どこかにうまい話があるという考え方をまず見直してください」と回答している。

 風水害などの発生時に「積極的な避難で被害が軽減された」といった話は時折聞く。ただ、こうした事例をよく見ると「積極的な避難」があったことは事実でも、そもそも人的被害を引き起こす規模の深い浸水や建物の激しい損壊などが生じていないケースも少なくない。この場合、仮に「積極的な避難」がなくても人的被害は生じなかった可能性が高く、避難のタイミングや方法が本当に「成功」だったのか、何とも言えないところである。

 「建物などに激しい被害が生じたが、人的被害は軽減できた」という事例もないわけでない。こうした事例では、長年にわたる地道な取り組みがあったり、キーパーソンとなる人材がいたりといった背景を見ることがある。こうした状況は「先進事例」とは言えるかもしれないが、それを見聞きして「型」だけ導入しても、その効果は一朝一夕に出てくるものではないし、「キーパーソン」もいきなり湧いて出てくるものでもない。

 そもそも災害は、原因となる現象の種類や規模、現象が作用した地域社会の特性、発生時間帯など、様々な要素が組み合わさった結果であり、全く同じ災害事例などないと言っていいほど複雑な事象である。特定の事例における「成功例や先進事例」が、別の地域、種類、規模の災害においても有効とは限らない。地味ではあるが、災害や防災に関わる様々な基礎知識を人や組織が身につけ、それぞれの事情に合わせて活用していくことこそが、もっとも確実な道であると筆者は考える。

 それでもどうしても「先進事例」を知りたいと思うなら、防災に関わる諸分野で整備されている「ガイドライン」の熟読が有益かもしれない。どんなガイドラインも完璧なものではないが、過去の災害事例から得られた知見の蓄積であることは確かであり、特定事例の断片的なエピソードよりはるかに充実した情報が得られるだろう。無論、ガイドラインを読んですぐに効果が出るわけではなく、その知見を生かすには手間も時間もかかる。

【note版追記】


 今回の内容も意見が分かれるところだと思います。私は、
①建物の流失・倒壊など人的被害を生じるような激しい被害が生じた
②その場所では積極的な避難行動が行われていた
③結果的に人的被害が生じなかった(あるいは軽減された)
が揃った場合が「成功例」だと考えていますが、①がみられなくても②と③がみられただけでも「成功例」だとする考え方もあるでしょう。あるいは建物の流失・倒壊ほどでなくても、床上浸水くらいの被害が生じていれば、「人的被害を生じるような激しい被害」と見なすという考え方もあるでしょう。

 少しでも「成功例」と言えるケースは積極的に褒めるべきだ、という意見を聞いたこともあります。私はそのようには思いませんが、その考え方は不適切であらためるべきだとも思いません。

 一方、たとえば建物の流失・倒壊など人的被害を生じるような激しい被害が生じ、1人が亡くなったが、そこにいた他の10人は避難などにより助かった、といったケースは、「積極的な避難で被害が軽減された」ことになると筆者は考えます。しかしこれを「成功例」であるとは、一般的にはなかなか言いにくいでしょう。

 「成功例」というのは「知りたい情報」「わかりやすい情報」かもしれません。しかし、やはり話はなかなか単純ではないと思います。いろいろな視点が必要なのではないかと考えています。

静岡新聞「時評」欄へ寄稿した過去記事については下記にまとめています。


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