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災害情報の要約 『分かりやすく』の難しさ

(2023年1月25日付静岡新聞「時評」欄への寄稿記事)

※画像は気象庁ホームページより 2022年9月24日05時の1時間降水量と「線状降水帯の雨域」

 災害情報を「分かりやすく」との声をよく聞く。そうした声に応え「分かりやすく」するために情報を要約することがよく行われるが、「よかれ」と思って行われたであろう工夫がかえって危険なメッセージになってしまっているのでは、と感じることがある。

 例えば水害時の行動として「浸水が何センチを上回る時の避難は危険」といった趣旨の「豆知識」を防災のパンフレットなどでよく見かけるが、危ういメッセージだと思う。人が水に流される条件は水深だけでなく、水深と流速の組み合わせで決まるものであり、水深が浅くても流速が速ければ流されてしまう。また、関西大の石垣泰輔教授の研究によれば、その組み合わせは年齢、性別などによっても変わるとのことである。

 このようなメッセージは、「難しい」情報を「分かりやすく」要約したものと思われるが、その結果「浸水していても何センチまでなら(誰でも)安全に歩ける」という、致命的な誤解を導く可能性があるのではなかろうか。ちなみに筆者はこうした情報を伝える際には数字を挙げず、「流れる水には近づくな」と言うようにしている。

 気象情報についても類例が挙げられる。例えば気象庁が発表する「顕著な大雨に関する気象情報」では、「大雨災害発生の危険度が急激に高まっている線状降水帯の雨域」を地図上に赤い楕円(だえん)で示すことになっている。線状降水帯に当たる範囲を「分かりやすく」楕円で強調することが目的かと思われるが、大雨をもたらす雨雲はきれいな楕円形をしているわけではなく、赤楕円から外れた所が大雨となっていることも珍しくない。

 日本気象協会の本間基寛氏らによる調査では、同様な大雨が生じている場合でも、赤楕円の範囲外であれば「安全情報」として捉えられる傾向があると報告されている。複雑な雨雲の形を赤楕円という表現でいわば「要約」したことで、本来の情報が持っていた危険性を知らせるメッセージが薄れている可能性がありそうだ。

 災害情報を「分かりやすく」すること自体は何も悪いことではない。しかし、「分かりやすく」するために不用意に要約することによる弊害も懸念される。なかなか難しいが、よく注意していかねばならないと考えている。

【note版追記】

 文中で触れた「関西大の石垣泰輔教授の研究」は、学会誌記事では下記などが挙げられます。

石垣泰輔・戸田圭一:都市水害の実験による検証(その2)地下空間浸水に関わる事象 (1982長崎豪雨災害から30年)、自然災害科学、Vol.31、No.3、pp.195-199、2012
https://www.jsnds.org/ssk/ssk_31_3_175.pdf
(特集記事の一部なので後半の方にあります)

 また、「日本気象協会の本間基寛氏らによる調査」については、論文としては現在投稿中と聞いていますが、速報的な報告としては下記が挙げられます。

 「分かりやすく」というフレーズはついつい口にしてしまいがちですが、それが本当によいことなのか、弊害の懸念はないのか、そもそも本当に「わかりにくい」のかなど、いろいろ考えなければならないことはあるだろうなと思っています。なにが「分かりやすい」と感じるかは人それぞれでもありましょう。

 「難しい」話を「分かりやすく」するということは、要約する、言い換える、といったことになるでしょうが、そうするとどうしても「情報量の減少」が生じ、不確実なことが断定調になったり、例外的ではあるが見落としてはならない情報が欠落したりといったことが懸念されます。「分かりやすく」することは本当に「難しい」と思います。


記事を読んでいただきありがとうございます。サポートいただけた際には、災害に関わる調査研究の費用に充てたいと思います。