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コロナ禍,災害対応 避難所以外の選択肢も

 2020年6月3日付静岡新聞「時評」欄に,下記の記事を寄稿しました.「避難=避難所へ」だけではないという話が,新型コロナウィルス感染症の流行状況下においても重要ではないか,という趣旨の記事です.note版では,「安全な場所にいる人は、避難場所に行く必要はありません」という話は静岡では結構以前から言われていたこと,筆者は「どんな場合でも避難所へ行くな」と言っているわけではないことなどを追記しました.

コロナ禍,災害対応 避難所以外の選択肢も(静岡新聞「時評」寄稿記事)

 「『避難』とは『難』を『避』けることです 安全な場所にいる人は、避難場所に行く必要はありません」

 これは,内閣府の「令和元年台風第19号等を踏まえた水害・土砂災害からの避難のあり方について」という報告中の「避難行動判定フロー」に明記された言葉である.「避難」とは「避難所へ行く」ことと連想されやすい.無論「避難所へ行く」が間違いではないが,あくまでも「手段」の一つであり「目的」ではない.

 広辞苑で「避難」の語を引くと「災難を避けること.災難を避けて他の所へのがれること」とある.自然災害について言えば,洪水,土砂,津波など,人に危害を与えうる自然現象から逃れ,助かることが「避難」の目的だろう.そのためには,現象の影響を受けない「他の所」へ移動すれば良く,そこが避難所であろうがなかろうが,どうでも良いはずである.また,すでに現象の影響を受けにくい所にいるならそこは「他の所」であり,動かないことが「避難」になる.

 津波避難は,「揺れたら高いところへ」と単純にとらえても大きな問題はない.一方,洪水・土砂災害は様々な状況があり話が単純でない.たとえば筆者の調査では,洪水・土砂災害犠牲者のほぼ半数は屋外で遭難している.このほとんどは「避難行動中」ではなく,日常生活の中で車や徒歩で移動して亡くなっている.雨風が激しいときに屋外で行動することは大変危険性が高い.

 「避難行動判定フロー」ではハザードマップで身の回りの危険性を確認した上で,洪水や土砂災害の危険性が低い場所や,予想される浸水深より高い建物や堅牢なマンション等にいる場合は,そこにとどまることも避難行動になるとしている.また,危険性の低い場所にある親戚,知人宅への避難も考えられるともある.

 新型コロナウィルス感染症の流行が懸念される中,災害時の避難が大変悩ましい状況である.避難所の感染症対策は重要だが,避難所に集まる人を減らすことも対策の一つではないか.他に選択肢のない人のために避難所は当然必要だが,身の回りの危険性を把握した上で,「避難所へ行かなくても良い暮らし方」を考えることは,コロナ流行下に限らず,今後を見据えても重要なことだと思う.

写真解説

 上の写真は平成29年7月九州北部豪雨で洪水被害を受けた,福岡県朝倉市杷木林田で撮影.手前は低地(氾濫平野)で洪水被害を受けているが,中央の緩い坂の上は何ら被害は見られません.坂の上は台地で地形的に洪水の可能性が極めて低いところ.洪水・土砂災害はどこで起こるか見当もつかないわけではなく,「起こりにくいところ」があります.

[note版追記1]参考資料など

 内閣府の「令和元年台風第19号等を踏まえた水害・土砂災害からの避難のあり方について(報告)」はこちらにあります.
http://www.bousai.go.jp/fusuigai/typhoonworking/index.html
 紹介した「避難行動判定フロー」の抜き書きはこちらです.
http://www.bousai.go.jp/fusuigai/typhoonworking/pdf/houkoku/campaign.pdf
 「筆者の調査では,洪水・土砂災害犠牲者のほぼ半数は屋外で遭難している」と書きましたが,これについては下記などが参考となるでしょう.
http://disaster-i.cocolog-nifty.com/blog/2019/10/post-b96593.html

[note版追記2]「避難場所に行く必要はありません」は静岡では以前から

 「安全な場所にいる人は、避難場所に行く必要はありません」というフレーズは,全国レベルでは最近強調されるようになったことですが,静岡県内では,(風水害ではなく地震災害を念頭に置いたものではありますが)以前からこうしたことが言われてきました.

 私は2009年に静岡県に移ってきたのですが,その際に「いわゆる防災先進地としての静岡」ならではだなと感心したのは,行政機関自身が「安全な場所にいる人は、避難場所に行く必要はありません」という趣旨のことを明言していることを知ったときでした.

 たとえば,静岡県が発行している「自主防災新聞」という刊行物がありますが,その第79号(2011年8月発行)には,地震災害時においてもいくつかの条件を挙げたうえで「自宅付近の安全が確認できれば避難地へ行く必要はありません」と書かれています.
http://www.pref.shizuoka.jp/bousai/e-quakes/data/toukei/jishubousai/79/79_02.html
※このページだけ見ると平成28年12月26日に更新された情報のようにも見えてしまいますが,これは2011年8月発行の資料を転記したものです.

 あるいは,静岡県地震防災センターのサイト内には「避難を考えよう『避難すべきかどうか、考えてみよう!』」というページがあり,ここでも条件を挙げた上で「住宅の耐震性もある場合は、避難の必要はありません」とあります.このページがいつからあるか詳しく分かりませんが,「東海地震」「警戒宣言」といった単語があることから,少なくともここ数年のものではないとは思います.
http://www.pref.shizuoka.jp/bousai/e-quakes/shiraberu/hinan/03/01.html

 こうした記述からは,静岡県における地震防災の目標は,「避難所に真面目に集まる人を増やすこと」ではなく,「地震が起きても自宅で暮らせる人を増やすこと(耐震化等の推進)」なのだな,と感じられました.

[note版追記3]常に「避難所へ行くな」ではありません

 「避難所に避難する」という行動に対して否定的と受け止められる言説に対しては,強い反感が生じることを経験的に知っていますからあえてしつこく書きますが,「あらゆる場合において避難所へ行くなと言っているわけではない」事は強調しておきます.

 また,ここで述べているのは,事前に安全確保のための避難をできる可能性がそれなりにある風水害の,「事前」の避難についてのことです.災害発生後に自宅が損壊して居住できなくなった場合をはじめとして,避難所に行かざるを得ないことは当然あります.

 またここでは「指定避難所」「指定緊急避難場所」の区別を厳格にしていませんが,「指定避難所」「指定緊急避難場所」いずれについても,「あらゆる場合においてそこへ行くことだけが正しいわけではない」という点では同様だと思っています.

 筆者は「避難所へ行く」という行動をあらゆる場合において否定するものではありません.多様な「避難」のあり方がある,と考えています.また,様々な危険性(自然災害に関われ事に限らず)を比較検討した上で「避難所へ行かない」という判断をすることも否定すべきではないと考えています.このあたりは人により大きく考えが変わるところでしょうから,「こちらが正しい,こう考えるべき」と申し上げるつもりはありません.判断するのは自分自身だと思います.

[note版追記4]大前提は「絶対に安全な場所」などはないということ

 誤解を生みそうなので更に追記しておきます.ハザードマップなどで身の回りの災害の危険瀬を確認しておくことは重要ですが,ハザードマップは「絶対に災害など起こらない場所」を保証しているものではありません(下記note記事).自然現象は様々な複雑性,不確実性を持っていますから,例外的なことは起こり得ます.絶対確実に安全な避難方法などというものはありませんから,少しでも難を逃れるために,余裕を持って情報をとらえ,個々の場面で最善の努力をはらう事が重要でしょう.


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