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「避難情報の遅れ批判」に対して思うこと

 7月15日の秋田での大雨に関して、「避難情報が出るのが遅かった」といった趣旨の批判が散見されます。当方が思ったことをいろいろツイートしたので更に加筆してメモとしてまとめておきます。


仙北市で「緊急安全確保が出なかった」「伝達が遅れた」との件

7月16日付秋田魁新報が「仙北市の「緊急安全確保」 発令から40分以上市民に届かず」との見出しで伝えています。

 「角館町西長野地区で入見内川が一時氾濫しながら緊急安全確保を出さなかった」とありますが、まず、同地区には避難判断水位を超えたことから15日8:30に避難指示は発令されていることがNHKの報道で確認できます。

 そして、秋田魁新報によれば「3時40分には、入見内川を管理する県が西長野地区で氾濫を確認したが、市は水位が低下してきたとの理由で緊急安全確保を発令しなかった」とあります。記事からは否定的なニュアンスを感じますが、緊急安全確保は必ず発令される情報ではないと、内閣府「避難情報に関するガイドライン」にも明記してあります。また「水位が低下してきたとの理由」が挙げられており、何の根拠もなく緊急安全確保を出さなかったわけでもなさそうです。これは的外れな批判ではないかと思います。

ただし、災害が発生・切迫している状況において、その状況を市町村が必ず把握することができるとは限らないこと等から、本情報は市町村長から必ず発令される情報ではない。

避難情報に関するガイドライン 29ページ

 次に、「40分以上届かず」についてですが、記事には2時(14:00)に下延地区に緊急安全確保を出したが、防災行政無線、登録型メール、LINEで通知したのが2時40分(14:40)過ぎだったとあります。
 この記事が「細かいこと」を批判していると感じますので、こちらもあえて「細かいこと」を言いますが、防災情報を配信している特務機関NERV @UN_NERV のツイートによりますと、下延地区への緊急安全確保発令は14:27に配信されています。記事中には14:26発表ともあります。

 これはNERVが独自に収集しているわけではなく、Lアラートというシステムに各自治体が入力して機械的に配信されているものをNERVが加工配信しているものです。秋田魁新報の記事はあたかも仙北市の情報伝達手段は防災無線やLINEしかないかのような書きぶりですが、そんなことはありません。マスメディア等様々な機関がLアラート経由の情報を使って防災情報を配信していますから、秋田魁新報の記事が言うより少なくとも13分くらい早く、日本中の誰もが「下延地区への緊急安全確保発令」を覚知することは可能だったと思います。
 「40分以上届かず」と細かい分単位の批判をするならば、秋田魁新報は少なくとも13分、不当な批判をしていると言うこともできるのではないでしょうか。無論こんな細かな訂正を求めているわけではなく、こういう批判ってどうなんですかね、という話です。

秋田市が「避難指示を飛ばし緊急安全確保を出した」の件

 同じく7月16日付秋田魁新報。「秋田市の太平川氾濫、「避難指示」飛ばし「緊急安全確保」 タイミング逃し「反省」」との見出しの記事を出しています。

 「『避難指示』飛ばし」と批判することは共感できないですね。秋田市の避難情報発出のタイミングが速やかだったとは言いがたいですが、事態が急変した際に高齢者等避難→緊急安全確保という順に出すこと自体はなにも問題はありません。

事態が急変し、災害が切迫した場合には、必ずしも警戒レベル3高齢者等避難、警戒レベル4避難指示、警戒レベル5緊急安全確保の順に発令する必要はなく、段階を踏まずに状況に応じて適切な発令をすべきである。

避難情報に関するガイドライン 50ページ

 記事中で住民の方の発言として「水浸しになってから緊急安全確保が出ても遅い。どこかに逃げることもできない」との声が紹介されています。この方を個人的にそしるような気持ちは全くなく、周知が行き届いていないことを感じるところですが、恐縮ながらこの認識は「緊急安全確保」という情報の意味を取り違えられているのではないかと感じます。
 緊急安全確保は、避難場所等への立退き避難を強く促すものではなく、むしろもはや立退き避難は見合わせる段階、「どこかへ逃げる」ようなことは止めた方がよい段階です。

警戒レベル5緊急安全確保について当方が説明で使っているスライド

「2.3.1 立退き避難」を行う必要がある居住者等が、適切なタイミングで避難をしなかった又は急激に災害が切迫する等して避難することができなかった等により避難し遅れたために、災害が発生・切迫(切迫とは、災害が発生直前、又は未確認だが既に発生している蓋然性が高い状況)し、指定緊急避難場所等への立退き避難を安全にできない可能性がある状況に至ってしまったと考えられる場合に、そのような立退き避難から行動を変容し、命の危険から身の安全を可能な限り確保するため、その時点でいる場所よりも相対的に安全である場所へ直ちに移動等することが「緊急安全確保」である。

 避難情報に関するガイドライン 16ページ

 秋田市の高齢者等避難の発出タイミングや、避難指示を出さなかったことがよかったとは言いません。しかし、状況の急変を覚知して避難指示を経ず緊急安全確保を発出したこと自体は適切だったと思います。浸水し、ところによっては激しい流れが生じているおそれもある中では、もはや避難指示を出す事の弊害が懸念されるように思います。無理な行動を抑制する意味での緊急安全確保の発出は重要なことだと思います。

いささか周回遅れな批判ではないでしょうか

 「ナントカ情報が出なかった、遅れた」といった批判はこれまで散々繰り返されてきて、そうした批判を受けて様々な議論が重ねられ、対応策も講じられてきました。このような批判はもはや「周回遅れ」なようにも思います。また、そういう「お手軽な行政批判」はいかがなものなのか、とも思います。そうした批判に行政が過剰反応し、「市内全域全世帯への避難指示」など、範囲を絞らない過大な避難情報を頻発させてしまう事につながらないか、懸念しています。
 また、「(避難指示は出ていたが)緊急安全確保が出なかった」という批判は、かつて「避難勧告が出なかった」「避難勧告は出たが避難指示が出なかった」という批判と同質で、「緊急安全確保が出ないからまだ大丈夫」という致命的な誤解を誘発しかねないと懸念します。
 避難指示などの避難情報に過度に依存、期待することもあまり適切とは思いません。自治体からの避難情報だけが個人の行動を判断する材料ではなく、様々な情報が存在、提供されているわけですから、そうした情報をもとに私たち自身も判断していくことが望まれます。
 避難指示等の情報は必ずしも事前に発出されるものではない。行政側も最善の努力をしていくことは当然必要だが、住民側も避難指示だけに依存するのでなく、様々な情報を活用して判断していくことが重要、ということではないでしょうか。更に避難情報ガイドラインから引用。

居住者等は、このような既存の防災施設、行政主導のソフト対策には限界があることをしっかりと認識するとともに、自然災害に対して行政に依存し過ぎることなく、「自らの命は自らが守る」という意識を持ち、自らの判断で主体的な避難行動をとることが必要である。

避難情報に関するガイドライン 16ページ


記事を読んでいただきありがとうございます。サポートいただけた際には、災害に関わる調査研究の費用に充てたいと思います。