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2023年8月静岡市葵区諸子沢の地すべりについて


諸子沢の地すべりの概要

 2023年8月21日頃、静岡市葵区諸子沢で比較的大規模な地すべりが発生したようです。今のところ人的被害や住家の被害は生じていません。8月25日に現地を少し見てきました。以下、災害情報的な視点からいくつかメモしておきます。

 地すべりが集落を直接襲ったわけではないこともあり、いつ動き始め、いつ大きく動いたのかなどはよく分かりません。上記静岡市の資料によれば、8月21日に川の濁りがひどいと地元から市に通報があり、同22日に市により地すべりの発生が確認されたそうです。

地すべりと深層崩壊

 わが国において土砂移動現象は、がけ崩れ土石流地すべりの3種類に大別されることが一般的です。がけ崩れと地すべりについてはもう少し詳しい解説も挙げておきましょう。

 がけ崩れか、地すべりか、というのはそこまで厳格な区別があるわけではなく、見た人の専門によっても変わる、とも言えます。私は土砂移動現象の物理的なメカニズムについては専門でないので、ごく初歩的な知識にもとづく見方ですが、静岡市の公開している俯瞰写真を見ますと、滑落崖があって、元の地形をある程度残した移動土塊(立木が変な方向に倒れかかっているあたり)がみられますし、典型的な地すべりと言っていいのでは、と思います。
 「深層崩壊」という言葉も出回っていますが、深層崩壊・表層崩壊というのは崩壊の形態というか、深さ方向の規模を表す言葉で、がけ崩れ・土石流・地すべりというのは、土砂移動現象の形態を表す言葉であり、なんというか、言葉としての系統が異なります。

 今回の現象は深層崩壊か、表層崩壊か、と問われればそれは深層崩壊だといっていいと思います。しかし、「今回の現象は地すべりとは異なる深層崩壊という現象である」などということはありません。というか、地すべりは(規模が大きいものが珍しくないので)多くの場合崩壊の形態としては「深層崩壊」だとおもいます。

諸子沢地すべりの発生箇所

 静岡市の資料と、地形図から判読できる地形を元に、地すべりの源頭部(崩壊の一番上流の部分)と末端部、およその移動経路を図示すると図1のようになるかと思います。あくまでも位置の略図であり、厳格に読み取っていただいては困ります。特に上流側はこの地すべりにより地形自体がかなり変化しているのでほんの目安です。

図1 地すべりのおよその位置。地理院地図に加筆

 静岡市の資料によると地すべりの幅は約170m(広いところで、という意味と思います)、長さ約1.5kmとのことです。当方の読取りでも長さはそんな感じでした。
 地すべり源頭部に至る道(林道樫ノ木峠線)は2023年6月の台風による災害以降通行止めとなっていますが、静岡市に連絡を取って8月25日に林道に入り、地すべり源頭部付近を現地踏査してきました。写真1は源頭部付近の様子です。林道が切れており、尾根部分全体が崩落している様子が窺えます。この現場かなり恐怖を覚える場所で、撮影位置より先には横方向に何本かの亀裂が見えます。当時かなりビビってまして長さを測ったりするのも忘れてしまったのですが、後で地形図上で計測しますと、林道の切れている部分の長さが120~130m程度かと思います。静岡市が公開している写真だとこちらでよくわかり、この写真右側の林道で人らしき姿が見えるあたりから当方も撮影しています。

写真1 地すべりの源頭部付近。2023/8/25牛山撮影

 この場所本当に要注意な現場だと思います。林道自体もかなりの難路です。専門的知見のある方、仕事で行く方は別として、一般の方は絶対に立ち入らない方がよいと思います。

諸子沢集落付近の状況

 今回の地すべりは、住家等がある場所には到達していませんが、末端部では地すべりにより生じた土砂や流木が、市道を覆い通行ができなくなっています。末端部付近も8月25日に現地踏査しましたが、写真2のような状況です。左手の川が諸子沢川で、この付近から下流で非常に濁っていますが、土砂や大きな岩などが大量に堆積したり、川がせき止められかかったりしている様子はありません。

写真2 地すべり末端部付近。2023/8/25牛山撮影

 地すべり末端部から0.5kmほど下流の諸子沢川の様子が写真3です。この場所はストリートビューでちょうど2023年3月の映像を見ることができます。この付近では2022年9月に大雨があり、2023年3月の映像はその雨の後と言うことになりますが、それと比べても土砂が流出し、だいぶ河床が上昇していると読み取れます。2023年6月にもかなりの大雨となりましたので、その時に流出した土砂か(土砂の表面の様子からは6月の雨によるものかなとも思いますが)、今回の地すべり伴って流出したものなのかはよく分かりません。

写真3 0.5kmほど下流の諸子沢川。2023/8/25牛山撮影

 諸子沢集落は、渓流沿いの複数箇所に点在している形で、写真4はその最も下流側の一角となります。川からやや高い位置にある家屋もありますが、川にほぼ沿った場所にも家屋は存在しています。なお、写真2,3付近でも同様ですが、諸子沢川沿いの谷底の道路や集落からは、今回の地すべりの姿は全く見えません。

写真4 諸子沢集落の下流部を俯瞰。2023/8/25牛山撮影

ハザードマップで色は塗られていないが「見逃し」ではない

 この地すべり現場付近を国土交通省「重ねるハザードマップ」で土砂災害のリスク情報(土砂災害警戒区域)を表示してみると図2のようになります。

図2 地すべり発生箇所付近の土砂災害警戒区域。「重ねるハザードマップ」に加筆

 地すべり源頭部から末端部まで何の色も塗られていませんが、これは「土砂災害の危険性を見過ごしていた!」訳ではありません。土砂災害警戒区域とは「土砂災害が発生した場合に住民などの生命又は身体に危害が生ずるおそれのある区域」です。
 したがって、例え地形的に土砂移動現象が生じうる場所であっても、そこに住家等がなければ土砂災害警戒区域には指定されません。今回の地すべりが生じた範囲は、末端部に至るまで住家はありませんから土砂災害警戒区域となっていないのは「見逃し」などではなく「対象外」であり「当たり前」のことです。
 今後、この地すべりにより住家等に何らかの影響が懸念されるとすれば、地すべりによって生産された土砂が渓流の水と混ざり合って土石流化することがまず考えられます。諸子沢川沿いの住家等がある範囲は土石流の土砂災害警戒区域に指定されていますので、こうした被害が懸念される目安となる範囲は、概ね示されていると言ってもよさそうです。

このあたりは繰り返し地すべりが発生してきたところ

 今回の現象が地すべりであるとして、では「こんなところで地すべりなど起きたことがない、起こるはずもないところで異常な現象が起きた!」のでしょうか。いいえ、けっしてそんなことはありません。
 地すべり発生箇所付近の地形図に、地すべり地形分布図(防災科研)を重ね合わせてみると、図3のようになります。今回の地すべり発生箇所付近には、規模の大小はありますが多数の地すべり移動体(移動土塊)が読み取られており、1本南側の小流域は更に大きな地すべりが読み取られています。慣れた人ならば、地形図を見ただけでもこのあたりには多くの地すべりの痕跡があると読み取れると思います。図で示された地すべり移動体1箇所あたり1回であるとはなんとも言えないと思いますが、今回の地すべりが発生した場所付近(ピンポイントで「今回崩壊した場所」という意味ではなくこのあたり一帯ということ)は、過去に繰り返し地すべりが発生してきた場所であることを、地形は明瞭に物語っていると思います。
 こうした資料が長い時間をかけて整備されてきたことにより、現代の私たちは「こんなことははじめてだ!」といった感覚的な捉え方を脱し、客観的な視点を持つことができるようになったのだなと、先人の苦労に本当に頭が下がる思いです。

図3 地すべり発生箇所付近の地すべり地形分布図。地理院地図に加筆

地すべりは活動が長期化しやすいが打つ手無しではない

 地すべりはこれまでに起きたこともないような現象では全くありませんから、対応策はその筋の専門の方々から見ればいろいろありうると思います。このあたりは専門外なので詳述はできませんが、諸子沢集落内にはすでに監視カメラが設置されていました。まずは監視体制の整備なのだろうなと思いました。
 一般的に、地すべりは移動の速度が比較的緩慢ですが、それゆえにその活動は長期化(数ヶ月以上)します。しばらくは緊張した状況が続くのかと思います。

写真5 諸子沢集落内に設置された監視カメラ。2023/8/25牛山撮影

記事を読んでいただきありがとうございます。サポートいただけた際には、災害に関わる調査研究の費用に充てたいと思います。