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滑稽劇場の道化師

滑稽劇場は、街の人々に笑いと楽しみを提供する場所として知られていた。毎晩、観客は色とりどりの衣装を身にまとったパフォーマーたちの滑稽な演技に大笑いしていた。しかし、その中でピエロのジョーカーは、他のパフォーマーたちほどの人気を得ることができなかった。

ジョーカーは3年前に離婚を経験し、昨年には自身で立ち上げたコメディクラブが倒産し、家賃が払えず家から追い出されるという苦い過去を持っていた。それでも彼は、滑稽劇場で新たな人生を見出そうと必死に努力を重ねてきたが、観客の心を掴むことはできず、いつも影の存在だった。

彼の給料は、劇場での仕事を始めた頃からほとんど上がらなかった。毎月の生活費を賄うのが精一杯で、家賃や光熱費、食費を支払った後には、残るお金はわずかだった。貯金をする余裕などなく、彼の財布は常に空っぽだった。

一年前、滑稽劇場に新入りのピエロ、バブルが加入した。彼は若く、明るい笑顔と抜群のパフォーマンスで観客を魅了し、瞬く間に人気者となった。バブルは妻子持ちで、彼の家族や友人たちが楽屋に訪れることもしばしばあった。バブルの成功は、ジョーカーにとっては妬ましいものだった。

バブルが加入してから、ジョーカーの役は徐々に減っていった。最初は小さな役割から始まり、次第にバブルがメインのパフォーマンスを担うようになると、ジョーカーは舞台に立つ機会が減っていった。彼は自分の存在意義を見失い、舞台の端でバブルのパフォーマンスを見守る日々が続いた。

ジョーカーはイライラを募らせていた。楽屋の隅でゴミ箱を蹴飛ばしたり、トイレの壁を殴ったりする行動が見られるようになった。彼は街を歩く際にも、道路にツバを吐いたり、ゴミを道に捨てたりするようになった。周囲の人々は彼の行動に眉をひそめ、次第に距離を置くようになった。

ある日、ジョーカーはバブルの5歳の息子の靴紐を、誰にも気づかれないようにこっそり結び合わせた。息子が歩こうとして転び、膝を擦りむいて泣き出した。バブルは息子を慰めながら、不審に思い始めた。

次に、バブルの親友のコートにこっそりと塗料を塗りつけた。友人が帰宅後、大切なコートが台無しになっていることに気づき、激怒した。バブルは友人に謝罪し、新しいコートを買う約束をした。

バブルの妻が夫の楽屋に差し入れを持ってきた日、ジョーカーは彼女の目を盗んで、差し入れの中にハバネロソースを混ぜ込んだ。バブルが口にした瞬間、顔を真っ赤にして咳き込み、水を求めて走り回った。妻は心配そうに夫の様子を見守った。

ジョーカーの行動はそれだけにとどまらなかった。彼はサーカスの他の関係者たちにもターゲットを広げた。アクロバットチームのトランポリンに水をまいた結果、練習中の演者が滑って落下し、軽い捻挫を負った。動物トレーナーの道具を入れ替えたため、ショーの最中にライオンが予期せぬ行動を取り、観客をパニックに陥れた。メイクアップアーティストの化粧品にいたずらを仕掛けたことで、ある出演者の顔が赤く腫れ上がり、その日の公演に出られなくなった。

これらの出来事により、劇場内の雰囲気は徐々に悪化していった。スタッフ間の不信感が高まり、バブルも含めて多くの人々が警戒心を抱くようになった。

そしてついに、その夜が訪れた。舞台に上がったジョーカーは、いつもとは違う奇妙な笑い声を上げた。観客は最初、それを新しいギャグだと思って笑ったが、次第にその笑い声が不気味に感じられるようになった。ジョーカーは、観客に向かって次々と物を投げつけ始めた。

大きなケーキを手に取り、観客席に向かって投げつけると、ケーキは爆発し、クリームとスポンジが四方八方に飛び散った。彼はその後も止まることなく、舞台上の小道具を次々と壊し始めた。花火のように飛び散る紙吹雪、バケツいっぱいの水、そして巨大な風船が舞台に投げ込まれた。

その混乱の中、突然、劇場の一角で大きな音が響き渡った。轟音とともに爆発が起こり、舞台が揺れた。

ジョーカーは立ち去ろうとしたが、足元が滑り、バランスを崩して転倒した。頭が硬い床に直撃し、そのまま意識を失った。爆発の煙が充満する中、周りにはクリームと水と血が混じり合い、広がっていた。

周囲は騒然とし、警察や救急隊が駆けつける中、ジョーカーは静かに息を引き取った。彼の周りには、彼が投げつけた物や壊れた小道具が散乱していた。彼の死は、滑稽劇場の悲劇的な幕引きとなった。その後、劇場は閉鎖され、観客たちはあの夜の恐怖を語り継ぐこととなった。ジョーカーの狂気の笑い声は、夜空に消え、誰にも届くことはなかったが、彼の存在は人々の記憶に深く刻まれた。 

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