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Tensegral Voice Work③-舌骨位「声と美容の交錯する場所」

まだ、舌骨の話は続きます。今回は「舌骨位」というものについてお話しします。

「舌骨位」

舌骨位。静止時の舌骨の高さ、と思っていただいて構いません。

※「歌唱時、発声時の舌骨の高さ」ではありません。その場合とは全く意味が異なります。

これは「天然の歌うま」をある程度説明する概念ではないかと思います。舌骨位、および舌位、ですが、まず人によってとにかく異なります。異なる、というのは生まれつき、というより、後天的に、生活習慣によって舌骨位が変わってきます。口呼吸、虫歯、姿勢不良、これらによって舌骨は下がってきます。

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「HTS」

舌骨位置が変わるとなると、甲状軟骨と舌骨の距離が変わってきます。これをHTSと呼んでみましょう。Hyoidbone-Thyroidcartilage-Space。新しい概念が作りたいわけではないのですが、短く呼べると楽なので。)HTSが狭くなることがあります。これは、舌骨が垂れ下がってくることが原因と考えられます。これは大変なディスアドバンテージで、甲状軟骨を前に傾けようにも、舌骨がのしかかってくるわけですから、傾けようがありません。※1 傾けようがないのですから、タテユニットが機能しないのです。輪状甲状筋が輪状軟骨を傾けることができたとしても、それまで、です。

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一方でHTSが広い場合は、もうもう、これは甲状軟骨が自由に傾くことができます。トレーニングをする前にまず確認すべきことかもしれません。そもそも舌骨位が低いのであれば、口蓋咽頭筋などの筋肉は、うまく働けない、ということです。甲状軟骨の上に舌骨がのしかかってくるわけですから。

HTSの狭さ、広さを認識するには喉を触ってしまうのが早いのですが、自分ではわからないかもしれませんね。ある程度のHTSが稼げれば、舌骨が手で触ってスライドできます。この辺、舌骨と甲状軟骨をつなぐ、甲状舌骨筋が短縮したままの可能性もあるでしょう。(位置関係がわからない方は無闇に手で動かさない方が良いかと思います。神経と血管が多く位置するので、非常に危険です)

この辺りにストレッチをかけてあげると、声がキンキンしてしょうがない人、裏声を練習してもなにか音色が硬い人はかなり改善していきます。その上でトレーニングをしていくのがとにかく効率的でしょう。

HTSが稼げているのであれば、トレーニングの障害がなくなるわけですから、裏声系のトレーニングをすればあっさりと音域が広がっていくかもしれません。(色んなボイストレーニングメソッドがありますが、うまくいく人と、上手くいかない人であまりに効果に差があることがよくあります。この辺の原因を探っていくことが重要でしょう)

もちろん、HTSが狭かったとしても、舌骨を前に引っ張る方向ならば、甲状軟骨を前に出して、声帯を引っ張ることができるかもしれません。タテユニットをフルに使えないのですから、舌骨ユニットを使えばいい、ということです。ですが、これはベルトっぽい音色しか出ない、ということになります。

ミックスボイス練習をしている方には大変な不利だと言えるでしょう。アンサンブルに向くような柔らかい声を出そうとしている人にとっても、やはり大きな不利です。ここは重要なポイントです。

「下顎に力を入れるな」とよく言います。これは舌骨上筋群を弛緩させろ、ということと同意義だと考えると、舌骨上筋群を使わなければいけない理由があるとも考えられるのです。舌骨ユニットに頼らないと行けない理由がある。それは舌骨位が低く、HTSが確保されていないから、つまりは甲状軟骨が傾くことができない。

そうなると舌骨を前方に引き出す以外の選択肢が残されていない。こういう場合はいくら「顎を前に出すな」といっても、いくら「姿勢をよくしろ」といっても、無駄なことです。肝心のタテユニットが働く条件を満たしていないのですから。

・舌骨位によって、舌骨上筋群の作用が変わる

また、舌骨位置が下がっている状態で舌骨を前に引き出すのか、舌骨位置が高い状態で舌骨を前に引き出すのかで、わずかにベクトルが変わります。舌骨ユニットの時にも書いたことですね。

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舌骨には後方に停止する筋肉もありますから、条件はもっと複雑にはなるのですが、「やすさ」で考えてみるといいでしょう。舌骨が垂れ下がっている場合、舌骨上筋群が収縮すると、ベクトルは斜めになります。

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舌骨位が高い状態であれば、ベクトルは真っ直ぐになります。甲状軟骨を前方に引き出したいというのであれば舌骨もまた真っ直ぐに引き出すのが良いでしょう。力がより伝わりやすい、ということになります。

ベルティングサイン

舌骨のベクトルの話になりましたから、「ベルティングサイン」についてお話ししましょう。ベルティングをする歌手の喉に浮き出る徴候のことです。もちろんこれは私が個人的に使っている言葉です。筋肉の名前で言うと、「胸骨舌骨筋」です。

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人によってはこのベルティングサインを忌み嫌う人もいるかもしれませんね。「上手に歌えてない証拠」として。ただ、理想や理論よりやはり現象が先です。プロ歌手でもこのベルティングサインが浮き出る歌手なんて、いくらでも見つかります。ベルティング歌手でなくても見つかるので、この言葉が適正かどうか、難しいところです。

また、胸骨舌骨筋が浮き出ているから、と言って、胸骨舌骨筋がその主たる原因とは限りません。筋肉が浮き出て見えるわけですから、「皮膚よりも前に出ようとしている」ということです。

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つまり、前方へのベクトルが必要になります。舌骨上筋群です。ベルティングサインは、舌骨上筋群によって舌骨が前方に引き出され、その上で胸骨舌骨筋が働いている証拠、ということになります。そうでないと、胸骨舌骨筋が皮膚よりも突出するというのは考えにくいでしょう。

このベルティングサインの是非、ですが、これは舌骨上筋群の項目で説明した通りで、コントロールできていればオッケー、ということになります。弛緩することができなければ、ただの叫び声になるでしょう。

例えば声種がバスでもないのに、E4周辺でベルティングサインがでてしまう。女性であればA4あたり。

これは、舌骨を前に引き出すことでしか音高をコントロールできない、(=他のシステム=タテユニットが機能していない)ということの証拠になります。

最悪、故障の原因になりかねません。一方で、プロのポピュラー歌手で、高音発声時にベルティングサインが見えた場合は、うまくコントロールできている、と評価するのが適切でしょう。(本人が発声をどうにかしたいという主訴がないのであれば。)

舌骨位と美容

舌骨位について書きましたが、この辺りの専門は、本当は歯科業界、美容業界でしょう。知人に歯科医師、美容家の先生方がいらっしゃったので、お話を伺う機会に恵まれました。これから書くことは、業界が違えばもう当たり前のことすぎて、なんだか偉そうに書くのも恥ずかしいことなのですが、念のために書いておきたいと思います。

舌、舌骨位が落ちてくると、「顎のラインが変わってきます。痩せ型なのに二重顎」という現象が起きます。それはそうです、舌骨位がさがる、ということは舌骨上筋群の角度も変わる、ということですから。肥満型の体型じゃなくとも顎のシャープさがなくなっていく、というわけです。先ほども載せたイラストですが、これはイコールで「顔」の印象も変わることになります。ですから、舌骨はノドと全身の中継地点でもあるのですが、発声と健康、発声と美容の中継地点でもあるということになります。

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これはちょっとしたトレーニングなどで変わるわけではなく、長年の生活習慣の積み重ねです。不良姿勢、咀嚼の問題、口呼吸、これらが原因で次第に舌が上がらなくなり、口腔内で癒着をはじめ、舌骨まで下がっていきます。こういう人の場合、正直言って下手にボイストレーニングを始めるより生活習慣を見直す数年間を送る方が圧倒的に効果的でしょう。
 
また、HTSが稼げることで甲状軟骨がスムーズに動くのではないか、という仮説を立てましたが、これはイコールで日常から声帯筋と声帯を引っ張る筋肉のシーソーゲームが行えるということです。つまり、生活しているだけで、発声に関与する筋肉群が育っていきます。その習慣があるなしで10年単位の時間を過ごすとなると、「何もしていないのに声がいい」or「何もしていないし、声も出ない」の差は明確に現れるでしょう。

また、ボイストレーニング現場では、喉仏を下げるトレーニングが圧倒的に多いわけですから、生活習慣ゆえに舌骨が落ちている生徒の場合にはそれはむしろ逆効果を生んでしまいます。舌骨がだらしなく垂れ下がっている人に対して、それをデフォルトの位置と誤認し、喉仏を下げるトレーニングを促してしまいかねません。舌骨というアンカーが機能していない、かつHTSも最小になっている状態でのトレーニングはそう簡単にはいい結果をもたらしません。

舌骨位と美容、と書きましたが、声をよくするための生活習慣というものがあれば、顎のシャープさが生まれます。まあ、つまり、美しくなります。お顔の美しさと、声の良さが比例してしまう、そんな嘘のような本当の話です。よくよく考えれば、歌手の方が美形なのはそういうことが原因かもしれませんね。そもそも静止時の舌骨位が高い、ということです。

※1.HTSが狭い問題は単純に「甲状舌骨筋の短縮」と考えるのもいいかもしれません。ただ、喉を下げる=胸骨甲状筋を働かせることでも甲状舌骨筋はストレッチがかかります。ですが、結局のところ舌骨が垂れ下がってくるのであれば、HTSは狭まります。舌骨の問題がやはり大きいと考えます。

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