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Tensegral Voice Work-①舌骨ユニット「舌骨テンセグリティ」

※CAUTION ボイストレーナーの先生方、声に関する仕事をされているあらゆる業種の方と意見交流をするため / 生徒様の学習の整理のために書いています。学習者の方がこれを独自に読み解いて学習するのはご遠慮ください。特に舌骨上筋群などの取り扱いは、一つ間違えると最悪故障を招きます。

序文

「人間の歌声と、身体をユニットとして取り出し、その統合体として観察することはできないだろうか」

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歌唱テンセグリティというものについて考えています。テンセグリティ、とはバックミンスターフラー氏が発見した構造のことでありますが、ここでは「声帯の張力に影響を及ぼすには、一つだけのやり方ではない」という意味で用いています。テンセグリティの概念は少し検索すればある程度わかることだと思います。実際にテンセグリティモデルを作ってみると最もわかりやすいのですが。

先輩のボイストレーナーである里見呂明先生と、この理論を「Tensegral Voice Work」※1 などと呼んでいます。まあカタカナにするとかっこいいので笑、好んで使っています。「テンセグリティ的に発声を捉えていきましょう」という意味です。ただ、テンセグリティの概念を僕も完全に理解していません。「テンセグリティ的」というのが精一杯なところです。ただ、注意して欲しいのはメソッドではありません。「発声の見方」に過ぎません。里見先生などは、この視線を持ちつつ従来のボイストレーニングメソッドで練習をされています。目線を変えることで従来のトレーニングがより効果が出るんだとか。

テンセグリティモデルは、張力と圧縮体からなる構造です。ここでの張力は、筋肉です。そしてその中の一つに声帯筋が存在します。そして、「声帯は張力からなる全体構造の一つに過ぎない」。これが重要なことです。声帯の張力は些細なことで影響が出ます。輪状甲状筋という声帯を伸展させる筋肉がありますが、それだけじゃないぞ、ということです。「1次的には難しいが、連携プレーで2次的に声帯に影響を及ぼすことができるぞ」ぐらいの意味で捉えていただいたらわかりやすいかもしれません。

その時、ノドが、ノドで終わらなくなります。ノドが下顎と繋がり、下顎は表情筋と繋がり、また側頭骨とも繋がり、頚椎とも連絡します。頚椎は脊柱という大きな「背骨」ですから、終着地点は骨盤、ということになります。骨盤は大腿骨が支え、大腿骨の可動域は足首の可動域と比例します。

思い切って言えば、足首さえ声に関係があるぞ、ということになります。ここまでは本記事では書きませんが、その可能性があるぞ、という意味で捉えてもらえれば面白いでしょう。(とは言いつつ本稿ではノド周りばかりですが...。)

ノドでコントロールできると思っていたものが、テンセグリティモデルなわけですから、意外なところから、声帯に影響を及ぼせるようになるという考えです。

TVWのルール

この記事で紹介するユニットは4つですが、それらはもともとは比較解剖学的な考えから生み出されたユニットです。ですが、「ただの好み」ともとられそうです。そこで、ルールを設けました。ユニットを考案するときのルールです。好みではあるが、ルールもある、という話です。

1,筋をどれか一つだけ取り出して理論展開してはならない

2.いずれかの筋に注目したら、その筋の反対のベクトルを想定すること

3.いざ筋や骨、構造体を制御するときは必ず「足場=アンカー」を想定すること(どこがアンカーとなり達成されるかを考察する)

この前提でユニットを構築していきます。またこのルールにのっとっているのであれば、ユニットはまだ生成できます。つまりいろんな見方ができるよ、ということです。いろんな見方があるから、ボイストレーニングというのがこれだけ厄介なものになっているのです。TVWはユニット単位で発声を見る、というのがひとつの特徴です。ユニットはイメージ論にも繋がります。生徒にユニット単位で操作を覚えさせたら、生徒にも気に入ったユニット感覚で歌唱してもらえればよいのです。

舌骨テンセグリティ / 舌骨ユニット

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さて、そのユニットです。まずは「舌骨テンセグリティ」という名前で私が好んで呼んでいた構造です。

舌骨、は喉仏=喉頭(こうとう)の上に位置する骨です。非常にユニークなことに、舌骨は体の中でふわりと浮く骨です。他の骨と接触していません。

筋肉と靭帯で吊るされています。喉頭(こうとう)、も似たようなところがありますが、高騰の場合は気管とがっちり接続されています。そもそも喉頭というのはある程度安定していると考えることができるでしょう。

緑の骨が舌骨です。触ることができます。喉仏の一番鋭利に尖った部分の上の骨、と記載すればそれをヒントに探し出せるでしょう。

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また、喉頭は「舌骨に吊るされています」。これは認識しておくといいでしょう。舌骨に吊るされているわけですから、舌骨が移動すると、喉頭ももちろんその影響を受けます。喉頭は舌骨の影響を免れることがどうしてもできません。単純に上下する、だけでなく甲状軟骨や輪状軟骨の角度にも影響を及ぼすと考えます。つまり、音高、音色にも影響があるということです。

喉頭(こうとう)単体でもできることは大いにあるのですが、歌唱段階になると、より強い力が必要になるわけですから、喉頭が喉頭で完結しなくなります。そうなると、喉頭の協力相手としてまず候補になるのが舌骨です。舌骨は、喉頭の上に位置し、喉頭を吊るしているからです。

里見先生がポロっと言った一言が印象的でした。「ノドの本体ってもしかして舌骨じゃないのかな」。膝を打つような思いでした。確かにそうかもしれない。

なぜなら、舌骨は位置に自由が効き、また人によって自由度に大きな差があるからです。歌唱レベルが人によってあまりに違うのはそこが原因ではないかと思えたのです。

そこから、僕は喉頭(こうとう)周りの解剖学が好きですから、一気に理論展開をしてみました。そうすると、喉頭中心主義、だった思考が一気に舌骨中心主義に変わっていきました。

舌骨のコミュニケーション相手

舌骨の面白さは、舌骨とコミュニケーションを取れる構造の多さにあります。

下顎、舌、側頭骨、肩甲骨、胸骨、喉頭、中咽頭収縮筋,,,これら全てが舌骨と直接筋肉によって結ばれています。

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舌骨に吊るされている喉頭は、舌骨の位置によって、大きな影響を受ける。そして、その舌骨は、他の骨と接触しておらず、四方八方からの筋肉で吊るされている。そして、舌骨のコミュニケート相手は、数が多い。

これは、歌唱に、「下顎、舌、側頭骨、肩甲骨、胸骨、喉頭、咽頭壁」が直接ではないが、第二次機構として関係しうるぞ、ということを意味しています。

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舌骨のユニット以外のユニットはまた次の記事で紹介しますが、その一つは「VERTICAL UNIT(タテのユニット)」です。は、喉頭と喉頭に直接関与する筋です。イラストではオレンジ部分です。声帯筋の相手として、輪状甲状筋。輪状軟骨、甲状軟骨。また、別のセクションで紹介しますが、甲状軟骨を傾けうる筋肉として口蓋咽頭筋 / 軟口蓋。この辺りまでがタテのユニットです。直接、声帯とコミュニケーションを取るユニットです。

二時的にコミュニケーションをとるのはセカンダリーユニット。緑色がセカンダリーということになります。このセカンダリーユニットには舌骨が主役として躍り出ます。

さて、セカンダリーユニットの主役である、舌骨。この舌骨を動かせば、喉頭が動く。喉頭が動けば声帯に影響が出る。で、舌骨を動かすには?

まず舌骨を動かしてくれる「舌骨上筋群」について書いてみましょう。セカンダリーユニットの可能性について書いていきましょう。

舌骨上筋群は声帯の伸展に二次的に関与する

舌骨上筋「群」と書いたのは、結局どの筋肉か、というのはなかなか特定ができないからです。舌骨上筋群は発声時に2つの役割を果たすと考えることができます。

1.「舌骨が甲状軟骨よりもより前方に配置される場合」...声帯の伸展
2.「舌骨が舌骨筋群によって静止させられる場合」...舌骨がアンカーとして機能しだす。声帯筋、輪状甲状筋らの活動のサポートをする。(舌骨アンカー仮説)

1から説明していきます。

舌骨上筋群は、「アゴ」の中に納められた筋肉です。また、「舌骨」という骨に繋がります。筋肉は働くと、「縮む」わけですから、アゴが安定して、土台になるのであれば舌骨を前に引き出すことができます。

上手に動かせる人であればmm単位ではなく、前後に2cmほどの可動域を出すことができます。つまり、甲状軟骨よりも前方に位置させることが可能です。

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舌骨が前方に前に引き出されるのであれば、つられて甲状軟骨も前方へ引きずり出される可能性がでてくるでしょう。つまり、声帯の伸展に加担するということになります。
 
例えば舌骨上筋群のなかのオトガイ舌骨筋などは、声帯と似たような走行をもっています。まるで「声帯の延長」のようにも見えますね。これはまた後述しましょう。イラストはわかりにくいですが、「上から見下ろした状態」です。

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舌骨上筋群を発声時に働かせると、だいたい金属的な音色が強くなります。(この時に舌を後方に引き、咽頭壁と接近させると「クネーデル=団子声」という音色になります。

ただ、舌骨上筋群を使った発声を、クネーデルとイコールとは考えません。クネーデル発声の中に舌骨上筋群の働きも含まれる、と考えています)

「声帯の閉鎖のサポートになるのではないか」とする考えもあるようです。その作用がなかなか断定がしにくいのは、結局のところそうシンプルではないから、のように思えます。また舌骨ユニット、な訳ですから、なかなか証明がしにくいのでしょうね。
 
例えばオトガイ舌骨筋ですが、もし、「舌骨がもともと低い位置にあったらば」。(舌骨の高さ、また大きさは人それぞれかなり個人差があります)

その場合、オトガイ舌骨筋のベクトルは水平にはなりません。前方上、のベクトルになるわけですから、舌骨が後方に回転する力が生まれます。

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この舌骨の動きに甲状軟骨がついていくのであれば、甲状軟骨もまた後方に傾くのではないかと推測します。その場合、声帯は声帯筋の力によってではなく、喉の外から縮められることになります。声帯の伸展とはまた逆のことが起きる、ということです。
 
その他、舌骨舌筋 / 茎突舌骨筋 / 顎ニ腹筋なども舌骨の高さ、角度に関わると考えられます。浮いている舌骨ですから、人それぞれのパターンがありえそうで、舌骨について考えれば考えるほど、あぁこれは本当に難しいなと、ため息をついてしまいます。一概に「舌骨上筋群を使えば声帯を引っ張れるぞ」とは断定しにくいものです。
 
しかしながら、クラシック出身で、「どうしても声がポピュラーぽくならない」と考えてる方がもしいたら、舌骨上筋群はかなりポイントになるぞ、とは言えます。伸展に関わるのか、短縮に関わるのか、断言がしにくいところですが、いずれにせよ、音色にはかなりの影響を及ぼします。

クラシック発声で高度に歌える方の場合、舌骨上筋群をよくゆるめて歌っているケースがよく見られます。もちろんゴリゴリに使う方もいるのですが、ポピュラー歌手よりは弛緩させることが得意な歌手が多いように思われます。ベルティング歌手などは舌骨上筋群を強く収縮させる歌手がほとんどではないかと推測します。

また、逆に言えば、アマチュアの学習者の場合、とにかく舌骨上筋群が硬い。短縮したまま、とにかく緩まないのです。発声するイコール顎下を硬くする癖がついていますから、この癖を取り除くのがアマチュアの学習者のボイストレーニングのほとんどの場合において最重要任務だと思います。

また、ボイストレーニング現場にまるで急患のように送り込まれてくる多くの方が舌骨上筋群がガチガチになってしまっていることも経験として多く記憶しています。
 
こうして書くと収縮させたほうがいいのか、弛緩(しかん)させたほうがいいのかよくわかりませんが、この答えはシンプルで、

「収縮と弛緩(しかん)を自由に選べるようにしましょう。0か100かではなく、自分の意思でグラデーションをかけるように、まるで車のアクセルのように使いこなせるようにしましょう」

といったところです。クラシックとポピュラーを自由に行き来できる歌手などは「舌骨上筋上手」なのかもしれませんね。

舌骨上筋群は、レッスンの中では徹底的に練習をさせます。今どのくらい働かせているか、をレベルわけして認識し、発声の違いを感じてもらいます。

前述したように、アマチュアの人ほど、この舌骨上筋群がとかくランダムに働いてしまいます。独学で発声をどうにしかしようと練習したきた人なら、もう99パーセントが弛緩することができません。いかにここの力を抜いて発声できるようになるか、はボイストレーナーの腕の見せ所なのかもしれません。

舌骨は、「声帯筋が伸展 / 収縮するためのアンカー」である(舌骨アンカー仮説)

上述したように、「声帯の伸展筋」と書くと少し言い過ぎに聞こえるところもあります。そうですね、確かにイメージしにくい。今度は2つ目の機能について説明します。以下の機能です。

2.「舌骨が舌骨筋群などによって静止させられる場合」...舌骨がアンカーとして機能しだす。声帯筋、輪状甲状筋らの活動をサポートする。(舌骨アンカー仮説)

実際に舌骨上筋群を働かせてみると、グッと声帯筋に力が入りやすくなるのが実感できるはずです。舌骨が甲状軟骨よりも前方に位置しなくても、です。これは、声帯の前方のアンカーができた、と考えると合点が生きやすいはずです。※舌骨上筋群に限らず、「アンカード状態」にするには、舌骨の後方から舌骨を支える筋群も影響すると考えられます。茎状舌骨筋、顎二服筋、咽頭収縮筋など)

声帯は、甲状軟骨と、輪状軟骨で分け合うようにデザインされています。ですから、声帯がしっかり働くためには、しっかりとアンカー(おもし)がついていないといけません。

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筋肉をしっかりと作用させたいのなら、結ばれる骨と骨、どちらかはしっかりと安定させなくてはいけません。声帯筋ー輪状甲状筋はどちらも甲状軟骨と輪状軟骨に付着します。では、甲状軟骨を安定させて、輪状軟骨を動かすには?甲状軟骨を安定させなくてはいけません。

甲状軟骨を土台として安定させるためには、その上の舌骨を安定させる。これが一つの方法です。しかも、舌骨を前方に引っ張るように安定させなければならない。ですから、甲状軟骨にとっては、舌骨と舌骨上筋群はアンカーそのものです。アンカーによって安定させられることを「アンカード」と言います。

声帯筋が本気を出すためのアンカー、だと考えると、声帯筋の収縮にも加担することもできます。これが「拮抗」という言葉の面白さです。拮抗相手が見つかることで、反対のベクトルなのに、筋肉は収縮を最大に発揮することができる。このことを理解するのが重要です。

筋トレをするときにダンベルをするのは、ダンベルが拮抗相手になるからです。ですから、筋肉に強い負荷をかけることができるのです。

そして一方で、繰り返しますが、アンカーがつけられた甲状軟骨は、土台になります。ですから、輪状甲状筋が甲状軟骨ではなく、輪状軟骨を動かすのだ、と考えた時、輪状甲状筋もまた活動しやすくなります。

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つまり、「舌骨アンカー仮説」は、声帯筋と輪状甲状筋というシーソーのような拮抗をよりスムーズにしてくれる、という考えです。ある音域までは舌骨によるアンカーを用いれば、あっさり音程の上昇もしやすくなるはずです。

輪状甲状筋による声帯の伸展というのは浸透してきたことですが、そもそも筋肉には収縮するための事前の準備が必要です。その一つが舌骨によるアンカーということになります。

※「ある音程までは」と書きました。あるポイントから、このシステムだけでは上昇が難しくなります。どこかでプライマリーユニットの活動を強める必要が出てきます。それはまた次の記事で書きます。

・ボーカルコードエクステンション

アンカーのついでに、こんなことも書いてみましょう。舌骨上筋群は声帯筋、輪状甲状筋、どちらの活動も補助すると書きました。ところで、舌骨上筋群の主動筋がオトガイ舌骨筋だと考えた時に、筋の走行をみたときに、まるで声帯からオトガイ舌骨筋までを一つの「筋肉ベルト」のように見立てることができます。

これをボーカルコードエクステンション、と呼んでみましょう。エクステンションされた声帯の始止停止は、「オトガイー披裂(ひれつ)軟骨」ということになります。

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これは「いい姿勢」で歌う歌手には感覚としては理解が難しいでしょうが、頚椎が屈曲傾向の歌手には実感としてはありそうです。声帯を単体で捉えず、披裂(ひれつ)軟骨からオトガイまでが、一つの声帯である、と言う感覚です。

このアイデアは4足歩行動物の解剖に参加させてもらったときに閃いたことですが、4足歩行動物のオトガイ舌骨筋は本当に見事なもので、面白いほど、声帯の伸展に加担するなと思わせてくれました。

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私たちは解剖学をベースに考えるのですが、あくまでこれは細分化の美学です。本当はもっと大きく分けることができるのかもしれません。そう考えると、声帯は披裂(ひれつ)軟骨からオトガイまでが声帯,,,と考えるのも面白いのではないでしょうか。

・舌骨上筋群と、ノイズ発声

私自身はノイズ発声が苦手ですが、ノイズ系が得意な生徒から舌骨のコントロールができるようになったことから、ノイズ系発声もやりやすくなったと報告をたくさんもらうようになりました。
 
ノイズ、の種類も多いのですが、例えば、喉頭蓋や仮声帯(かせいたい)などによってノイズを生むパターンであれば、大いに舌骨テンセグリティは力を発揮するのではないでしょうか。

前述したように、舌骨をホールドする舌骨上筋群によって、舌骨は甲状軟骨、披裂(ひれつ)軟骨、声帯、これらのミクロなパーツの「アンカー」になります。

このミクロなパーツのなかには、当然ながら喉頭蓋および披裂(ひれつ)喉頭蓋筋や仮声帯(かせいたい)も含まれます。舌骨というアンカーによって「Anchored」状態になるのは、声帯だけではないのです。

声帯のすぐそばの機構すべてがアンカードされます。そう考えるとノイズ発声の命中率が高くなるのはごく自然なことだと言えるでしょう。

舌骨はミクロとマクロを繋ぐ中継地点である

舌骨を喉頭(こうとう)と並べて考察してみましたが、これだと、なんだかパーツが増えただけ、なが気がしてしまいます。ですが、舌骨のいいところは、コミュニケーション相手が多いことにあります。

もっと言えば、喉というミクロの世界と、頭部、頚椎、肩甲骨、胸骨という全身の姿勢分析に役立つ大きなランドマークに、つまりマクロの世界をつなぐ役割を持っています。都心と地方を新幹線で繋ぐ「東京駅」の役割、なんて例えならわかるでしょうか。

また、よく「ノドが大事ですか、カラダが大事ですか?」などと聞かれるのですが、この記事においては全くそのことには言及していません。舌骨に注目して考える、というのはそのどちらでもなく、「ノドとカラダの中継地点について考える」という意味だからです。ですから、ノドとカラダがどちらが大事か、などそういう次元の話ではないのです。中継地点として舌骨が在り、その舌骨を中心に発声を考えると面白いぞ、ということなのです。

というわけで、以下から、ほんの少しだけマクロに移ります。頚椎の話です。頚椎の話に行くと、本当は骨盤まで語らなくてはいけないのですが、それはまたの機会に。あまりに文章が膨大になるので、もう少しまとまってから、文章にしたいと思っています。ナンセンスですが、胸部ー頸部ー頭部のみで今回は説明をいたします。

頚椎(けいつい)- GHS(Genio-Hyoidbone Space)

少し話はとんで、頚椎。頚椎の話をします。頚椎のあり方で声帯にも影響を及ぼすことができます。舌骨と共に分析するとイメージしやすいので、舌骨テンセグリティのなかで説明してみましょう。

※舌骨テンセグリティの中で扱うわけですから、セカンダリーユニットとして扱えばいいのですが、後述するように、頚椎の状態は気管の角度に影響を及ぼします。気管の角度はイコールで輪状軟骨の角度にもなります。つまり、頚椎のアライメントによって甲状軟骨-輪状軟骨の傾きに影響を与えると考えると頚椎はプライマリーユニットとしても扱うことができます。共有部、として考えるのが自然です。

頚椎、とは首の骨のことですが、頚椎の「アライメント」(=「配置」という意味でここでは用いています)によっても舌骨に大きな影響が出てきます。

舌骨位置を変えることができる、ということですから、頚椎の使い方一つで声帯の張力に影響を及ぼすことができるだろう、という意味です。

頚椎が伸展、また上位頚椎は屈曲、となると、いわゆる「アゴを引いた姿勢」になります。舌骨上筋群の話をしましたから、舌骨上筋群をアイデアにして姿勢分析をしてみましょう。

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これは、「顎の先端=オトガイ」に着目するとわかりやすいのですが、オトガイから舌骨まで位置が短くなっています。このオトガイから舌骨までの距離をGenio Hyoidbone Space-「GHS」※2と呼んでみましょう。

GHSが狭くなる。この時、筋肉は「弛みます」。たゆんだ状態では、筋肉は「READY」の状態になりません。つまり、この姿勢の時は舌骨上筋群に頼りづらくなる、ということです。

歌の先生や歌手が、「顎を引いて歌え」とよくいいますが、舌骨上筋群を緩める発声パターンを選べ、ということを示唆していることになります。

(舌骨上筋群にたよる発声パターンの人はそこを理解していないと、顎を引いて歌うことにストレスを感じるはずです。「アライメントの矛盾」が起きているのです。)

逆のパターンも考えましょう。頚椎屈曲 / 上位頚椎は伸展です。猫背、と批判されそうな歌い方ですね。

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歌の先生は大体この姿勢を怒るわけですが、しかしながらアート現象としては大いにあり得ます。つまりアートとしては成り立っている、ということになります。この姿勢をしてみればわかるのですが、舌骨上筋群に力が入りやすくなります。

舌骨とオトガイの位置が離れていますから、その時、筋肉は張ります。GHSが広く取られているからです。舌骨上筋群に頼りやすいアライメントだということになります。

ただ、この時注意点があります。今度は「LCS」がポイントです。

LCSと肩甲骨

LCSは、「Larynx-Cervicalspine-Space」です。喉頭から頚椎までの空間、のことです。これが狭まると、「喉がしまったような感覚」になります。ノド詰まり、とかもそうです。※3

さきほどの上位頚椎伸展のアライメントですが、舌骨上筋群でうまく舌骨を前方に引き出せればいいのですが、うまくいかない場合は、頚椎が前に倒れてくるわけですから、LCSは狭まります。頚椎と喉頭が接近するということです。

これまで舌骨上筋群のことばかり書きましたが、「舌骨テンセグリティ」なわけですから、より3Dに絡み合うイメージを持つことができます。

この状態で水を飲んでみるといいでしょう。飲みにくいのがよくわかるはずです。喉頭と頚椎の間に挟まれているのが食道ですから、LCSが狭まるとは、食道もまた狭くなっているということです。もしこの状態でお水じゃなくて固形物を飲み込むとなると、嚥下がうまくいかず危ないかもしれません。

さらに、肩甲骨がLCSに大きく影響しています。肩甲骨と舌骨は、「肩甲舌骨筋」によって結ばれています。オレンジの部分が、LCSです。

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このことから、頚椎が前に倒れていわゆる猫背姿勢になると、肩甲舌骨筋が張ります。結果、収縮してしまうと、舌骨が後ろに引かれ、ノド全体が頚椎に接近します。LCSが狭まります。

ノドが頸椎に接近するだけでなく、舌骨につられて甲状軟骨が後方に傾く可能性もあるでしょう。これでは音高を上げていくことが難しいさくなります。

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...こうやって書くと「いい姿勢」を称賛するような文章に思えてきますが、頚椎が前に倒れている歌手ももちろんいます。もし頚椎が屈曲していても、肩甲骨が挙上しているのであれば、肩甲舌骨筋は弛みます。最低限のLCSは稼げるでしょう。

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肩を上げるな、とはいいますが、肩をあげて歌う歌手は大勢います。しかもジャンルを問いません。ロック歌手にかぎらずクラシック歌手でも散見されます。(この場合は肩=肩甲骨としましょう)頚椎というタワーの真横に肩甲骨という支柱ができるわけですから、肩甲骨を高い位置に保つことで頚椎を安定させることもできるでしょう。

また、頚椎は「気管 / 輪状軟骨」の角度も変えると考えられます。これも声帯には大きな影響をもたらすことができる考えます。

頚椎と器官-輪状軟骨

頚椎が伸展しているとき。甲状軟骨は前方へ傾きやすいアライメントだと言えるでしょう。頚椎のアライメントと、気管の角度は同期すると考えます。つまり声帯を伸展させやすくなります。輪状甲状筋の収縮と相性が良くなります。

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一方で、頚椎屈曲(上位頚椎伸展)の時は甲状軟骨を前方に傾けるのは難しくなるでしょう。※4

どちらかと言えば、後方に傾きそうですね。つい輪状軟骨は宙に浮いているかのような想像をしていますが、気管と輪状軟骨はがっちりと接続されているということを認識するといいかもしれません。

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この状態では、輪状甲状筋だけで高い声を出すのは一苦労です。なぜなら甲状軟骨が後方に傾きかねないアライメントなわけですから。輪状甲状筋の働きは甲状軟骨と前方に傾ける作用です。それと真逆のことをしているのです。

大抵、こういう状態のアマチュア歌手は舌骨上筋群に声帯の伸展を委ねることになります。ピッチを稼ぐのに、それ以外に方法がなくなるのです。傾けることができない、となると、前に引き出す。それ以外に道がないのです。

その発声で良いなら、まあそれで良いのですが、本人が歌いにくさを感じているのであれば、頚椎のアライメントから見直していく必要があります。また同時に、舌骨上筋群でピッチを稼ごうとする以外の方法を教え込む必要があります。(=タテのユニットで音高を稼がなければならない)

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・気管安定仮説---「2ラリンクス」

気管の話が出たので、おまけに書いておきましょう。声帯は甲状軟骨/舌骨と、輪状軟骨/気管で分け合っているのです。まるで、「声帯という綱をかけた、甲状軟骨/舌骨チームと、輪状軟骨/気管チームの綱引き」という風にも考えられます。つまりラリンクス(喉頭)を2分割して考えるという視点です。ツーラリンクスなどと呼んでいます。これも見方の一つですから、ユニットとも言えるでしょう。

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甲状軟骨をアンカード状態にし、輪状軟骨を動かすことができるという話をしましたが、逆の想定もしてみたいのです。輪状軟骨をアンカード状態にし、甲状軟骨を動かす。

もしも輪状軟骨/気管を意図的に安定させることができたなら、それでも声帯の働きに影響を及ぼすことができるでしょう。この仮説を「気管安定仮説」と僕は呼んでいます。医療の世界では「キャンベル徴候」という言葉で気管が下がるということは示唆されています。

横隔膜の過剰な収縮によって気管が下方に引っ張られるというものです。まあこれは健常者の歌手にあてはめるのは言い過ぎになってしまいますが、もし気管がコントロールがつくのであれば面白いなあと思っている次第です。

まあしかし、気管が下方に引っ張ることができなかったとしても、気管は皮膚や食道、頚椎ともファシャ(筋膜)でゆるく繋がりを持っていますから、そもそも安定性がある程度あるという風にも考えられます。

なかなか無理はある理論です。が、輪状軟骨がアンカード状態になるのなら、もう少し理論は前進するでしょう。甲状軟骨を動かすことがより簡単になります。

輪状甲状筋は甲状軟骨を動かすために存在し、舌骨はアンカーとしてではなく甲状軟骨を引っ張るために存在し、次の記事でお話しするプライマリーユニット全体で強烈に甲状軟骨をコントロール可能になります。

※追記

言語聴覚士のM様に関連論文を教えていただきました。どうやら20世紀前半から「吸気時に気管が下方にプルされる」という意見はあったようで、1989年にはスンドベリ氏によって気管が下方に下がることと輪状甲状筋の活動レベルの関係性について調査する実験がされていました。

気管、は頸部より下に潜り込むと後縦隔に潜り込みます。後縦隔はそのまま横隔膜に結合されていきます。「気管のベクトル」についても考えると面白いでしょう。実際に触ってみると、気管は背側側にわずかに吸われていきます。後縦隔側に気管が伸びていくと考えれば、ありうるととかもしれません。これが面白いのは、「姿勢のパターン」によって、その吸われる度合いが変わってくることです。

「舌骨上筋群をとにかく使えばいい」わけでは全くない

ここまで、舌骨上筋群 / 舌骨ユニットを使うことを促すような文章が続きましたが、全くそういうわけではありません。とにかく注意しなくてはいけないのは、舌骨上筋群はセカンダリーなユニットです。2次的なものです。ですから、取り外しが可能であることが何よりも重要なことです。

取り外しが可能でないと、歌いにくさ、故障につながりかねません。そもそも舌骨上筋群に頼らずとも十分に歌える能力が何よりも大事です。※5

次のセクションではタテのユニット(一次的に声帯に影響を及ぼせる機構)について言及していきましょう。メインは軟口蓋になります。

※1 テンセグリティ、と言っていますが、「テンセグリティ的」というのが精一杯です。現状の自分ではテンセグリティの概念を正確に理解することができないからです。勉強が進めば、また違う名前で呼ぶことになるかもしれません。
※2  MHS,LCS、今回、それぞれ名前をつけてみましたが、レッスン時に生徒様が理解してくださるといいなと思っています。そうすると本人も自分の歌唱分析がしやすくなるはずです。
※3 ボイスケアサロン様が提唱していた喉頭深奥ポジションと類似した概念だと思います。LCSの場合は、改善するものではなくその場その場で意識することとお考えてください。ボイスケアサロン様、不調時にたくさん施術していただきました。
※4 傾くのは甲状軟骨ではなくて輪状軟骨、という意見もあるのですが、どちらもありうるのではないかと考えます。
※5 舌骨上筋群はとにかく取り扱いを間違えると故障しかねません。トレーナーと一緒に発声を相談しながら検討されることを推奨します。

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ここからは自由に値段を設定して投げ銭することができます^^