見出し画像

Tensegral Voice Work⑦V.Hユニット / ベルトとミックスボイス / 咽頭ユニット

本当は切り分けるものではない

当たり前ですが、タテユニットで歌ってるね、だの、舌骨ユニットで歌っているね、だの、そんなにシンプルに切り分けられるものでもありません。

もともとこれは比較解剖学的な視線から思いついたものです。舌骨ユニットで舌骨を引き出しすように発声するのは四足歩行動物的で、タテユニットは立位動物的と言えるのではないかー。この仮説からきたものです。ですが、1人の人間が多種多様な声を出せるという事実はこれらのユニットが複合的に組み合わさったものだからということに他なりません。

結局のところ、どんな歌手も必ず複合的です。じゃあなぜそんなものに無理矢理に名前をつけたのか、これは、結局指導に当たらなくてはならないからです。指導をするときに、ある程度はわかりやすい「目線」が必要ということです。

目線があれば、生徒も自分である程度分析することも可能でしょう。そのために、人間ごときが、神が創造したこのデザインを無理矢理に、都合よく解釈している、そんなところです。

ただ、比較解剖学的に考え、もう少しソースが作れるのであれば、人間にしてはまあまあいいところまで行ったんじゃないのかと、人間ごときの私が、勝手に思ったりもしています。まあこれではのちの研究で頑張ってまいります。

また、タテユニットと、舌骨ユニットがわかりやすく出会う場所があります。咽頭収縮筋が一つポイントです。中咽頭収縮筋は舌骨に付着します。舌骨咽頭筋とも呼ぶことができます。

軟口蓋の挙上時は咽頭収縮筋も参加すると考えます。そう考えると、軟口蓋と、咽頭収縮筋というのはタテユニットと、舌骨ユニットがわかりやすく出会う場所だと言えるでしょう。人間の体は結局のところ、複数のネットワークがどこかで一つになっていたりします。やはり、切り分けられるものではないのだということになります。また、この咽頭収縮筋を中心とした見方として「咽頭ユニット」をこの記事の後半に書きました。後ほど紹介いたします。

ミックスボイスの思考 「狼をゴリラに変えるようなもの」

「世にいうミックスボイスの多く」が、叫んでいた男の子たちが、ある日、何か裏声とも地声とも言えない声を見つけた、という時の発声パターンでしょう。これは舌骨ユニット頼りで第一パッサージョ、第二パッサージョを超えていたのが、そこにタテユニットが介入し始めたということのサインです。

逆にタテユニットのみしか使わず、ポピュラーらしく歌えない場合は、舌骨ユニットのシステムを使うようにトレーニングをしていけば十分にミックスボイスらしい音色も生み出せると想像します。

と、ここまであっさりとミックスボイスを短い文章で書きましたが、正直言って舌骨ユニット頼りの人間にタテユニットを開発させるのは数年かかるのが普通だと考えられます。あらゆるボイストレーニングメソッドを考えてみてもそうです。

稀にトントンとうまくいくケースもありますが、それはトレーニングをした、というより、成長した、というより、整理がうまくついたね、というその程度のことに思えてなりません。ほとんどの場合は数年コースと考えるのが安全です。

そして、その中で、出てくる障害を一つずつ取り除いていかなくてはなりません。頚椎の評価、顎関節評価、表情すらまた評価していく必要があります。一度取り除いても、トレーニングの中で必ずまた顔を出してきます。これらを入念に取り除きながら、トレーニングをしていくことになります。茨の道、と言っていいでしょう。結局のところ、誰も簡単にはいきません。舌骨ユニット頼りの歌手にそれを封じさせるわけですから、例えるなら「オオカミに、ゴリラの裏声を出しなさい」と言っているようなものです。本当に、難しいことです。

ベルティングの思考ー拮抗のレベル

「ベルティング」に関しては拮抗とは何か、を考える必要があるでしょう。「テント」を使ったアイデアを一度ここで紹介します。

画像1

一風かわったテントですが、このテント、何がユニークかというと、テント内に「声帯筋」というロープが内包されています。筋肉の機能はシンプルで、神経信号が送られると、短縮します。

画像2

ですから、テントは放っておくと、崩壊します。これが俗にいう、「ノドが閉まる」というものです。痛みも感じやすいかもしれません。ですから、テントを外から引っ張る必要があります。

画像3

外から引っ張ることで、外からのロープと、中の声帯筋が拮抗しました。テントの内のスペースも十分に守られています。この状態が、いわゆる安定した発声の一つだと言えるでしょう。さて、ベルティング、はどうでしょうか。

ベルティングの時は声帯筋に強烈に力が入ります。ですから、テントもより一層崩壊しやすい。外からのロープを強靭に張らなくてはならない、と考えます。さて、外からのロープとはなんでしょうか。もうお分かりかと思いますが、輪状甲状筋や、口蓋咽頭筋、または舌骨を前方に引き出すための筋肉となります。どのユニットも外からのロープです。また、さらに言えば、テントはそこだけで終わりません。

画像4

テントの足場は、またそこからテントを形成します。そうすることで、より声帯筋が強く収縮しても問題がなくなります。テントの足場がテントになる、とは、具体的に言えば、例えば舌骨を前に引き出すためのアイデアとして、下顎骨を前方に引き出す、などがありましたね。そのためには外側翼突筋ー咬筋が必要になります。これが二つ目のテントを形成するためのロープ、ということになります。もちろん下顎骨だけではありません。大きいものは頚椎です。「頚椎テント」がどれだけ安定しているかでもまた大きく結果は変わってきます。飛び道具で「肩甲骨」、もあります。解剖学を学ばれた方なら、「あ、このままいけば足底までいけるね」と瞬時に思うことでしょう。これまで紹介した「アンカー」などのアイデアのグランドデザインということになります。

画像5

このように、つまり、ベルティングや、もしくは声帯を厚めに使ったアクートなどは、声帯筋と、外側の筋群との強烈な拮抗から生成される声ではないかと推測します。ただ、内視鏡を見ると、なかなかわかりにくいかもしれません。どちらかというと、「声帯が短縮された【結果】」が目に入るからです。ですが、外側から強烈に反対のベクトルを差し向けてあげないと、声帯筋は強く出力することができません。そうでないとノドというテントが潰れてしまうからです。

声帯筋と披裂(ひれつ)喉頭蓋筋を共同体として見る

内喉頭の構造を内視鏡でよく観察するうちに、「喉頭蓋」の動きが段々と気になってきました。喉頭蓋というと音響装置※1としての役割が強いと学んできましたが、そもそも、声帯筋と似たベクトルを持つ筋肉ではないか、ということに注目しています。

画像6

外から引っ張るロープが例えば、舌骨上筋群、輪状甲状筋、口蓋咽頭筋など、増えるたびに、今度は声帯筋の部が悪そうになってきます。頑張りきれない、ということです。そこで、披裂(ひれつ)喉頭蓋筋という筋肉があります。これは、喉頭蓋から披裂(ひれつ)軟骨間の距離を狭める筋肉です。この筋肉は声帯筋と似たベクトルを持っています。

つまり、声帯筋と一緒に働けば、より強いパワーを生み出すのではないか、ということです。これは音響装置、というより、張力的に捉えても、です。「テンセグラル」に考えるということですから、張力をベースに考えます。

これであれば、外からのロープたち、つまり各ユニットを複合的に使ったとしても、対抗し切れるのではないでしょうか。喉頭蓋系統の筋肉を、音響装置として考えるのではなく、あくまで張力の一つとして、つまりテンセグリティ構造の一つとして考えて見るのはどうか、というアイデアです。

この喉頭蓋についての仕組みもそうなのですが、テンセグラルボイスワークにおいては、いったんあらゆる発声の常識を「張力の釣り合い」で考えてみることにしています。音響/音声学に頼ればもう少しあっさり答えが出る気がするのですが、あえて、そうしています。その方が新しい発見が生まれますし、音響/音声学を語るにはあまりに自分が不勉強だからです。それはその道のスペシャリストが語るべきでしょう。

そして、理想は、「張力の釣り合いでも説明がつくし、また音声学としても説明がつく」という二重に三重に完璧な理論です。そういうものが見えてくるといいなと思っています。

咽頭収縮筋の「咽頭ユニット」

海外の研究においての「強い声」「高い倍音がなる声」についてですが、披裂喉頭蓋筋によって喉頭蓋が動く、このパターンだけではないという指摘もあります。一つのアイデアは咽頭収縮筋です。アメリカの音声研究者、Kerrie Obert氏の高次倍音(いわゆるシンガーズフォルマント)に関する研究が非常に面白いので、簡単にご紹介させてください。「シンガーズフォルマントは、咽頭収縮筋による咽頭の狭窄によって生じる」というものです。

画像7

つまり咽頭収縮筋による共鳴器の形状変化によって倍音構成が変わるという意見です。咽頭収縮筋は喉仏や舌骨の後ろにある咽頭空間をそのままコントロールします。食べ物を食堂にぎゅっと送り込むために使われる筋肉だと考えれば想像がつくでしょう。この研究をベースに、テンセグラルボイスワーク、な訳ですから、これも反対のベクトルと足場の考察をし、ユニットを作ってみましょう。

画像8

イラスト右側が中咽頭収縮筋で、先ほども書いたように咽頭空間のトンネルを調整する筋肉です。この筋肉の足場を考えなくてはなりません。足場になる「骨」は舌骨です。また舌骨かい、と言われそうですが、やはり舌骨がキーワードになります。この中咽頭収縮筋は文献によっては「舌骨咽頭筋(HP)」などと呼ばれます。非常にイメージがつきやすいので、一旦ここではHPと呼んでみましょう。

HPの足場は舌骨。しかしながら舌骨はもうお分かりの通り、どこにでも移動できてしまう足場です。これではアンカーになりません。アンカー状態にするには、HPの反対側のベクトルが重要になってきます。そうです、イラストの左側のオトガイ舌骨筋です。これによって、HP、すなわちトンネル空間の微調整が可能になってきます。

重要なことですから、少し深く話を続けてみましょう。トンネル自体も微調整することは可能ですが、筋肉を単独でコントロールしようとすることは現実的ではありません。ですから、ユニットが大事になってくるのです。ユニット感でのみ、私たちは実際の歌唱に生かせるのです。そうでないとあまりにミクロで、部分的なイメージしか持つことができません。また、脆弱かつ機械的な音声パターンにしかなりません。有機的な芸術的歌唱は、常に張力体と圧縮体から生成される本人の意思を超越した自発的なコミュニケーションシステムから生まれると考えられます。そうでないならば、コンマのスピード間のなかで神がかり的な身体動作を実現することはできません。

さて、ここに咀嚼筋もくわてみましょう。オトガイ舌骨筋の付着部であるオトガイを制御するためです。

画像9

咬筋(黄色)と、外側翼突筋(緑)を足してみました。この思考は下顎骨の章でも書き記しましたね。

こうすることによって「オトガイ」の位置を制御することができます。オトガイとはイコールで下顎骨でありますが、下顎骨はこうして書いているとまるで「あやとり」をしている時の片の手のひらです。もう一方の片手は、頚椎。頚椎と下顎骨という前後の手のひらで、筋肉と靭帯、そしてのどと舌骨を含むあやとりをしているように思えます。

画像10

咽頭収縮筋ですが、広げればいいというわけでもありません。ここからは音声学的見地ですし、また他の研究者たちの専門領域ゆえに詳しくは述べませんが、狭めることによって生まれる倍音構成というものもあります。

そして、TVWで思考するのは基本的にミクロ視点での「結果」ではありません。結果を作るための外枠を常に考えるというのがTVW的だと言えるでしょう。ここでは咽頭空間というトンネルをいかに微調整するか、そしてそのユニットとはどういうものかを思考するのが大事だと言えるでしょう。

また、舌骨咽頭にかぎらず、上咽頭収縮筋にも注目しましょう。咽頭収縮筋の根本的な考え方は、「上から順に収縮する」というものです。

画像11

上咽頭収縮筋は下顎骨にも停止し、かつそこから頬筋にまでつながりを見せます。筋繊維レベルでの連続か、結合組織を介しての連続かは意見があるようですが、いずれにせよ頬筋とコミュニケーションをとると考えて良いでしょう。

これはトンネルが舌骨のみならず、口唇などが土台となるということを意味します。また終着地点が口唇になるわけですから、オトガイという部位の重要性が極めて重要であることが見えてくるはずです。中咽頭においても上咽頭においても、下顎骨が足場として重要なポジションにあるということです。

さて、こうして上咽頭、中咽頭を考察していくと、「咽頭ユニット」が見えてきます。

スクリーンショット 2021-04-25 10.13.54

胸骨甲状筋も加えています。これは咽頭収縮筋の「引き上げ」としての機能に対するアンチベクトルの意味で付け加えています。咽頭収縮筋が引き下げでかつ、声帯を伸展させるのか、短縮させるのか、意見があるようですが、そこには一旦触れず、引き上げ、引き下げとしての考察として足しました。

輪状甲状筋を超えていく

話はテント理論に戻ります。「声帯が痩せる」とは病的なレベルではなく「声帯萎縮」のような発声障害レベルのことは指していません。ですが、発声指導の現場で、「声が痩せている」とはよく用いられる表現です。これが、ボイストレーニングをしている人にも起きることです。

これは、「声帯筋の拮抗相手の問題である」と考えます。「声帯筋の拮抗相手は輪状甲状筋である」とはこの20年間でボイストレーニング現場でも本当に広まったことですが、結論から言うと、おそらくそれでは少なすぎます。また微弱すぎます。「拮抗」とは表裏一体です。拮抗筋が痩せれば、その反対ベクトルの筋も痩せます。ですから、拮抗相手を筋肉に見つけさせ、互いに仕事をさせていくことが大事です。もし、声帯の拮抗筋が、輪状甲状筋一つ、だと想定してトレーニングするなら、声帯筋のレベルは輪状甲状筋のレベルを超えることがありません。輪状甲状筋を超えていけないのです。声帯筋を歌唱レベルにまで育てるには、輪状甲状筋を超えていかなくてはいけません。

もしそうでないなら、それは、話声レベルでしか成立しません。そう考えると、拮抗相手の数を増やすこと、また拮抗相手により大きな筋肉を想定していくことが重要です。つまり、声帯筋をより太いロープに成長させたいというのであれば、より太いロープを外から張ってあげることが大事、ということになります。やはりテントで考えればわかりやすいことですね。

画像12

話声レベルから変えていきたい、とする人にはこれは極めて重要なことです。また、「声優学校などでむちゃくちゃなトレーニングを受けてきた、非科学的ですあれは」などとおっしゃる方がいわゆる甲状披裂筋(こうじょうひれつきん)、輪状甲状筋ありきのボイストレーニングを受けにくることがあります。でも、そういうクライアントの話声はムチムチと声帯筋に重みを感じさせてくれます。これは、ここ20年くらいで流行った輪状甲状筋を拮抗筋として考えるトレーニングを受けていない代わりに、「雑だ」「非科学的だ」と思われる発声トレーニングの中に、輪状甲状筋以外の筋肉を声帯筋の拮抗相手にさせるトレーニングが盛り込まれていたのではないかと、推測できるのです。※2

※1 JoeEstill、Cathrine Sadolin(CVT)等がそれぞれのメソッドでトゥワングという言葉で喉頭蓋の扱いについて言及しています。CVTでは「ホルン状の形を形成する」と表現しています。
※2 パーツを分離する系統のトレーニングと、パーツを複合的に扱うトレーニングで、後者の方が声帯が育つケースがあるなと思っていたものですが、これがその答えであればいいという希望的観測をしています。

目次へ

ここからは自由に値段を設定して投げ銭することができます^^