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【詩】浜辺

「ねえ、私が人を殺したって言ったらどうする?」

「どうして殺したのか聞く」

「聞いてどうするの?」

「納得できたら、それは仕方なかったね、って。納得できなかったら、それはよくないよ、って言う」

そっか、とその子は笑った。

「私ね人を殺したことがあるの」

「どうして殺したの?」

「気に入らなかったの。自分だけ不幸みたいな顔をしてたからさ」

「どうして?」

「どうしてって?」

「どうしてその子は、自分だけ不幸みたいな顔してたの?」

その子は少し黙った。それから言った。

「弱かったの。殻に閉じこもって、外の世界が自分に優しくなるのを待とうとして。殻の隙間から、睨むように外を見てた」

彼女は一呼吸置いた。

「私はその子を、入ってたその貝殻ごと海に投げ捨てた。殻から出てきてしまう前に。もう二度と、彼女と目を合わせなくて済むように」

彼女の眼は遠くなる

「時折思い出すの。あの子がまだ殻の中にいることを。海の底で、きっとまだ拾われるのを待ってる。あの頃と同じ目のまま、何も変われずに」

「どうして投げ捨てたの?殻から出ないうちに」

「もう、その中を直視できなくなってた。手に負えなくて、遠ざけるしかなかった」

「そう」

彼女は僕を見た。

「それはつらかったね」

彼女は目を少し大きくしてから、嘘つき、と言ってまた笑った。

僕も笑った。

「そうだね」

「君は人殺しで、僕は嘘つきだ」

「嘘つきは泥棒の始まりって言うし、いつか二人で刑務所に入れるかもね」

「きっと泥棒の方が早く出られるから、そしたらドーナツでも食べながら会いに行くよ」

「どうしてドーナツ?私の分も買ってくれる?」

「まさか。君にドーナツを食べる姿を見せつけて、そこから出たら買ってあげるね、って約束するよ」

「ひどい」

彼女は笑った。僕は言う。

「出られるといいね」

「刑務所から?」

「その子が、貝殻から」

彼女は神妙な顔になる。

それから僕は言った。

「いつか君はその子を見つけることになる。浜辺に打ちあがったその子と目を合わせる時が来る。そのとき、その子を拾って、そのかたい殻を優しくなでることができたら。そしたらドーナツをもって、君に会いに行くよ」

「許してもらえるかな」

僕も神妙な顔になる。

「それは僕にもわからない。でも」

僕は一呼吸置いた。

「でも許してもらえるように、その子の分のドーナツは、買っておくことにするよ」

彼女は笑った。

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