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小説のつづき 15

翌日、会社を終われたのは7時を少し回っていた。特急に乗っても三ノ宮には8
時頃になりそうだった。
携帯で連絡を取り合っていつも待ち合わせに使う喫茶店で落ち合う事にした。

「遅くなってすまない」
「ううん、いいの、今日は夕方までレッスンしてたから大丈夫よ」
「お腹は、空いてないのかい?」
「空いてるはずだけど、緊張してるから、よく判らない。コーヒーだけでいい」
「わかった」

彼女は、僕に話を促すように視線を投げかけた。

「昨日、一晩考えたよ」
「えっ、眠ってないの?」
「いや、少しは眠った」
「よかった」
「ユミの言う事は、よくわかったよ。でも、僕は、ユミがいなくなるのは、嫌だし、
困るし、反対だ」

彼女は、がっかりしたような顔をして、うつむいた。

「だけど、僕だって君の夢も叶えて欲しい。会えない時の淋しさを、どう紛らわし
たらいいのか教えてくれるかい?」
「それ、どう言う意味? 行ってもいいの?」
「君が別れないって約束してくれるなら、気持ちはずっと一緒だって言ってくれ
るのなら、東京に行っても・・・いいよ。  しかたがない・・・」
「ありがとう、本当にいいのね。私約束する。私だって別れたくないのよ。だけ
ど、このままは嫌。いつかずっと先でいいわ、堂々と二人で会えるようにして」
「わかった、その事は、わかったよ。僕も約束する」

「私、また、今日も怒られるかと思ってドキドキしてたの。甘い事考えるなって昨
日も言われたし」
「そうさ、ちょっと浮かれ過ぎだよ」
「そんなことないわ」
「冗談だよ。心配してるんだよ。お安く利用されるだけじゃないかって。そのデ
ュエットもヒットするかどうか判らないじゃないか」
「そうね、やってみないと判らないわね」
「頑張らなきゃな」
「ええ、私、精一杯やるわ」
「来週、東京へ行くんだろう」
「ええ、XX君のOKももらったし」
「契約の条件とか、しっかり詰めてこないとダメだぞ。特にツア-が終わってデ
ビュ-する時の希望をはっきり言っとかないと本当に前座バンドだけで終わっち
ゃうぞ」
「わかった、しっかりする」
「帰って来たら壮行会を開こう。ユミがチャンスをものにできる事を願って」
「本当!うれしい!!」

彼女は、今日、初めて笑った。

「あの海際のホテルにしよう。僕達が、初めて泊まった。」
「いいわ、でも食事だけにしましょう。泊まりは、なしよ、いいでしょ」
「どうして?」
「だって、泊まると又XX君、色々言い出すといけないから」
「わかった。君の好きなようにすればいいさ」
「再来週なら神戸はもうルミナリエね、あの辺りは、きれいになるわーっ」

僕達が会うと決めた日は、冬とは思えない暖かな日だった。
三ノ宮で落ち合うと彼女の言った通り周りはルミナリエを見物する人たちで、
ごったがえしていた。

「少し遠いけど、ここからルミナリエを抜けてホテルまで歩きましょうよ」

僕達は、光のアーチの下を、人ごみを縫うようにしてホテルへ急いだ。彼女の顔
がたくさんのイルミネ-ションに照らされて、赤く上気して見える。晴れやか
で、綺麗な横顔だった。

「綺麗ね、とっても綺麗ね。結婚式で偶然会って、今、こんな所を二人で歩いて
るなんて信じられない」
「出会ってからもう半年たったね」
「早かったわね、半年が、すごく短く感じるわ」

ホテルにつくとエレベ-ターに乗ってメインダイニングへ向かった。メインダイ
ニングの窓からは、ライトアップされた港やハ-バ-ランドが見渡せた。ちょう
ど僕達が夏の終わりに乗った観光船がナイトクル-ズに出航するのが見えた。

「あの船乗ったわよねぇ、あの時も楽しかったわ」
「僕は、暑いのにス-ツ着てて君に笑われたなあ」

ウェイタ-がメニューを持って現われた。
 御予約のXX様ですね、本日は、ありがとうございます。お食事の御希望はお聞
かせいただいてるのですが、
 お飲物は、なにになさいますか、食前酒も色々と揃えておりますが。

「せっかくだからシャンパンにしようか」
「うれしい」

 シャンパンでしたらドンペリニヨンとモエとランソンのブラックラベルがござ
いますが。

「僕、判らないよ君が決めてくれよ」
「じゃあ、モエをいただくわ」

 はい、かしこまりました。すぐ御用意いたします。

「モエはね、ドンペリのセカンドラベル的な存在なのよ。だから今日はモエにし
て、私の夢がかなったら、XX君、ドンペリ御馳走してよ」
「わかった、僕は、ユミが帰って来てくれたら、もうドンペリでも何でも抜く!」
「それじゃ、だめよ〜」

シャンパングラスからは、細かな泡が次々とのぼってゆく。

「乾杯しよう。」
「そうね。」
「XX君ありがとう。私うれしいわ。こんな風に送りだしてくれるなんて」
「だって、僕は君のことが好きだから」
「私もよ」

「ところで、東京はどうだった?」
「ええ、先のことまでは、約束できないって言われたわ。プロデュ-サーはね、
二人を、分かりやすく言うとサイモン&ガーファンクルみたいな、アコースティ
ックで透明感のあるデュオにしたいのよ。4月に出すサンプル盤は、だからバッ
クも打ち込みじゃなくて、私達の生の音で行くって。それでね、1月から、河口
湖の別荘借り切って合宿なのよ。サウンドディレクタ-兼アレンジャ-でね、プ
ロデュ-サ-がずっと目をかけてる東京芸大を出てジュリア-ドで勉強させた若
手を起用するんだって!今は、有名な作曲家の所にあずけてあるらしいわ。その
天才肌の人がね、彼等の曲をプロデュ-サーのコンセプトにあわせて、徹底的に
ブラシュアップするそうよ、まあゴーストライターね。主役の二人と、その彼
と、バックバンドの4人が3ヶ月、毎日練習ってわけよ。そして仕上がったらサ
ンプル盤を録音してツアーがスタートするの」
「大変じゃないか」
「ええ、とても緊張するわ」
「けっこうハ-ドそうだから、体壊さないようにしろよ」
「ええ、ありがとう。大丈夫よ、私まだ体力に自信あるから」

食事をしてる間は、二人ともあまり話さなかった。お互いの不安な未来を見つめ
るように遠くをみていた。
ウエイタ-がワインを勧めに来たが彼女は、断った。

「今日はね、酔ってしまいたくないの。しっかりXX君の顔、見とかないとね。
XX君とも当分お別れね・・・私が決めた事なのに寂しがってておかしいわ
ね・・・。
シャンパンが綺麗だわ。いつまでも、ずっと泡がのぼっていく・・・」
「もしユミが東京に残れても、もうこんな風にしょっちゅう会うわけには行かない
ね」
「そうかもしれないわね。でも、私東京で仕事が出来るようになったら、XX君に
毎月、のぞみ号の回数券を送る。日帰りでもいいから逢いに来て。そのかわ
り、もし、帰る事になったら、いじめないで、やさしくなぐさめてね」
「わかったよ、どっちでも、僕達はいつも一緒にいよう」
「私ね、XX君に渡す物があるの」

そう言うと彼女は、バッグからMDを取り出した。

「XX君の好きな曲、録音したの。一生懸命弾いたから、時々は聴いて私の事思い
出して。ケーブルでラインからとったから、きれいな音ではいってるわ」
「ありがとう。僕も君に渡す物がある」
「えっ、なに?」

僕は、この日のために買っておいた指輪を彼女に渡した。大きさを違えた三つのダイヤを中心に、やさしい曲線をつなげたようなデザインのプラチナの指輪だった。

「素敵なデザインでとても綺麗ね、ありがとう、大切にするわ。でも無理したん
じゃない?」
「大丈夫さ。 この指輪・・・、君の左手にして欲しいんだよ」
「わかったっわ。じゃあXX君がはめて」

僕は彼女の細い指をとって、ゆっくりと、指輪をはめた。 二人は、黙ってしっ
かりと手を重ねた。


その時、テ-ブルにアフタ-ティ-が運ばれて来た。ポットから、恭しくティ-
カップに紅茶が注がれると、アールグレーの凛とした香りが二人を包んだ。
                 
                おしまい

あとがき
鬱病のリハビリとキ-ボ-ドの練習をかねてスタ-トした、小説のつづき、でし
たが、最初の心づもりを、大幅に超えるボリュ-ムとなってしまいました。最後
までおつき合いいただいた読者の皆様、ありがとうございました。アールグレー
の章から始まって書き進むごとに、この二人のことがとても愛おしくなって来て
しっかり結ばれて欲しいと願うようになりました。長く幸せでいて欲しいと、旅
行にも連れ出しました。
本当は結末も二人にとって悲しい別れになる予定でしたが、あまりに可哀想なの
で夢のある別れにしました。その分リアリティ-がないかも知れません。
今頃、XX君は、肩をおとしながら社長プレゼンをしているのでしょう。彼女は、
厳しいリハ-サルの合間に冬の河口湖を眺めながらXX君の事を想っていることで
しょう。
4月になって彼女がXX君に連絡をとった時から、又、小説のつづき、が始まるの
かも知れません。
なお、この小説は、加筆のうえ単行本として講談社から出版される わけないよ
ね。さようなら。

あとがきのあとがき

この小説のつづきは1999年11月から2000年6月までポツリポツリと書き足してごく親しい数人の友人にメールしていたもの。去年の秋からインスタを初めてまた文章が書きたくなった。かわいい友達がじゃあノートに上げれば〜と動きの鈍いぼくに代わって登録してくれたのだった。改めて残っていたテキスト原稿を読み返して今の自分の心にも響いたから加筆推敲して、写真も撮りおろしや自分のストックからあてて掲載した。 当時はケミストリーとかアコースティックなデュオもいなかったしアナログな空気感、アコースティックな音楽や、紅茶の香り、光と陰な心の動きなど描きたかったのかな。

2000年から7年後、今はないアップルのブログでこののちの物語を書いた。

ユミが河口湖の湖畔に沈む夕陽を見ているシーンから始まった気がするが、ブログの原稿が途切れ途切れにしかない。もう一度思い出しつつ書き足してまたノートにあげようと思う。