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小説のつづき Part 2 6b

 庭園美術館を過ぎて恵比寿に向かう途中、少し入り組んだ住宅街に鈴木の住む古いマンションがあった。
少し離れた駐車場に車を停めると、冬枯れの街は冷たく静かだった。

黒木は常に鈴木を使っているわけではない。
しかし、今回のデュオのレコーディングは大編成じゃなくピアノとのトリオが軸になるので派手なアレンジよりじっくりミュージシャンの持ち味を引き出してくれる鈴木を選んだのだ。

鈴木は、譜面とアレンジのデモテープを用意して黒木が来るのを待っていた。
挨拶もそこそこに、レコーディングの話が始まった。
黒木は先日の河口湖での様子やその結果のアレンジ変更を改めて伝えた。

「黒木さん、了解です。新人二人だけだと大変だけど、ユミさんていうピアニストがいるから安心できますよね」
「そうなんだよ。よくやってくれてる。いい音も出してくれるし。
レコーディングに立ち会ってその場で譜面直しとかも必要になるだろうけど、直接デュオの二人に指示するよりユミを通して言ってくれた方がうまく翻訳してくれるはずだよ」

「パーカッションもバーチャイムとかカサカサ音がなる鳴り物中心で行こうと思うんですよ。あと重くならないカホンくらいかなあ」

「そう、風がテーマて言うかキーになるからフルートも風を感じさせてくれるといいなあ」

「間奏でのフレーズで考えててアドリブっぽくいれてみようとしてます。修正したデモ聴いてみてください」

「そうだな。あまり細かく決め打ちし過ぎても、あの二人できないだろうから雰囲気重視、現場合わせで行こうか」

「なんとか、鮮度のあるボーカルやハーモニー録りたいですよね」

なんだかんだと、一時間以上打ち合わせして、最後はサニーミュージックの現状やこのプロジェクトの帰趨について語っていた。

「黒木さん それこそアゲンストの風、吹いてますけど。このデュオいいし、エンジニアの原田さんも乗り気だしきっと良い物が仕上がりますよ。黒木さんのコンセプト通りですよ」

「わかった。ありがとう。明日また早朝にフルートの城も連れて迎えに来るからよろしく頼むよ」

マンションを出るとあたりは夕暮れだった。
もし、このプロジェクトが失敗に終われば、どう生きていくか。
やっぱり、好きな音楽と関わって行くしかないか。
会議では強気で押し通したけれど、自分にそれほどの自信があるわけではなかった。

だけど、シンジやカズヤ、そしてユミのことを思えば、自分の先の人生より明日のレコーディングのことに集中しよう、彼らと同じ立ち位置に立たねばと思った。

つづく