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小説のつづき Part 2 3

黒木が向かう河口湖の別荘は、サニーミュージックの創業メンバーが、銀行筋の保養所が売りに出ているのを知って、会社に買い取らせたものだ。
時間をかけて、スタジオ機能を持たせるように改造され、音が良いと一時は盛んに使われていた。しかし今、コンピュータに打ち込んだ音楽データをメールでやりとりして仕上げるような時代になってミュージシャンが一同に集まることも激減し、黒木のプロジェクトが終われば売りに出されることが決まっていた。

車を止めてドアを開けると、一気に冷たい空気が流れ込んだ。
ゆっくり歩いて裏手のデッキの方にまわった。
二重になったガラス窓の向こうに、白く煙るように彼らの姿があった。
シンジが懸命にギターを弾いている。
防音ドアが閉まってないのか、微かにピアノやボーカルの音が漏れてくる。

しばらくそのまま立っていると、カズヤが黒木の姿に驚いて、大きなガラス窓を開けてくれる。

「お疲れ様で〜す、黒木さん。 来週来るんじゃなかったんですか?」
「ああ、そうなんだけど仕上がり具合が気になってねえ。 順調なのか、カズヤ」
「どうなんでしょう?ユミさん」

話し上手でないカズヤはユミに話題を振った。

「アレンジャーの鈴木さんの譜面に戸惑いながら、でもまあ二人とも良くやってるとは思いますが。 ・・まだまだです。 それに・・・」

黒木は黙って説明を聞いている。

「いや、全部鈴木君の譜面通りに弾かなくても良いんだよ。ユミの言う通りテンポはもう少し遅くして、うーん、間奏のメロディーを頭に持ってくるか」

そう言って、一度聴かせてくれるように促すと、三人の正面に椅子を持ち出して座った。

シンジが何度か苦手なフレーズを繰り返した後、ユミを見た。
ユミは足で軽くリズムを刻んで、イントロを弾く。
こころを少し不安にするような印象的なメロディ。繊細なペダルワークが活きる。
すぐにカズヤのギターが被さり、シンジと二人のハーモニーが拡がる。
転調してシンジのギターソロ。
テンポを落としたおかげで、一音一音がしっかりと響く。

しかし、ソロが終わったところで黒木が止める。

「みんなもっと頭から強く入ろう。わかりやすく頭にアクセントを入れる。それとカズヤは怖がらずもっと声を出せ。シンジが走ったら付いてい行け。シンジはひたすらギターの練習。
ユミ、アレンジはこの方向で行こう。あと、細かいところは他のメンバーが揃ってからな。

黒木はシンジ達を練習させたまま、ユミをダイニングに呼んで、
スケジュールを早めることを告げた。

「大丈夫でしょうか・・・」
「今月中に3曲、パイロット盤の録音をする」
「でも、まだ一曲であたふたしてるんですよ」

「ダメだ。来月からは地方のFM局と楽器店なんかを廻る。寒いから南からにしてやるよ」

                             つづく