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小説のつづき Part 2 4

黒木が慌ただしく去ってゆくと、夕陽をかき消すように厚い雲が広がり、
すぐにみぞれ混じりの雨になった。
みぞれは、パチパチと音を立てて窓ガラスにあたり砕け落ちてゆく。

シンジがユミに聞いた。

「黒木さんと、何を話してたんだよ」
「まず、スケジュールを早めてレコーディングする」
「それは聞いたよ」
「黒木さん詳しくは話さなかったけど、サニーミュージックが思ったほど乗り気じゃないみたい」
「そうだよな。だいたい初めからこんなところに押し込んでさあ。
オレおかしいと思ってたんだよ」

「だけどさあ、しょうがないじゃん。今更行くとこないよ」

カズヤが言うとユミが続けた。

「わたしも今はまだ帰れない! 黒木さんの言う通りやるしかない」
「ねえ、3曲仕上げられる?」

二人は自信なさげな表情を返した。それはユミも一緒だった。

「明日、ここでのレコーディングをいつも担当してたミキシングエンジニアが機材を持ってきてテストするって」

「そう言えばレコーディングの装置ないですねえ」

「昔はね、スタジオミュージシャンの間でもここのシステムは評判だったのよ。
でも随分使われなくなって明日来られる原田さんが引き取ったそうなの」

「まさかアナログ?」

カズヤが訊いた。


「昔は、シンセも含めてアナログだったから多分そうでしょ。原田さんがマックとハードディスクレコーダー持ってくるとは思えないから」
「黒木さんの陰謀ですよねユミさん。なあシンジ大丈夫かよぉ、一発録りさせられるぞ〜!」

翌日、原田は大きめのワンボックスに機材を積んでやってきた。
助手二人がテキパキと機材を下ろしてゆく。
原田は何度か一緒に仕事をしたユミのことを覚えていた。
ユミは音大を卒業後、東京へ出て彼氏のバンドでキーボードを演奏したり、その後何年かスタジオミュージシャンとして幾つかのスタジオに出入していたのだった。

「お疲れ様です。随分と久しぶりですね。アオイスタジオ以来ですかねえ」
「ありがとうございます、原田さん。よく覚えていらっしゃいますよね」
「いや、僕もあの辺りから仕事が減りましてね。それで覚えてるんですよ。最後の豪華なレコーディングでしたから」

原田はもう60を過ぎたのだろうか、少し太って髪の毛はすっかり薄くなってしまっている。
しかし、温かな感じは昔のままだ。

「ユミさんはどうしてらしたんですか」
「はい、神戸に戻ってピアノやオルガン教えたり、ブライダルで演奏したりそんな事してました」
「そりゃ、勿体ない。残念だなあー 腕があるのに。でも黒木さんから聞いてますよ、若い二人仕込みながらいい音出してるって」
「いえ、とんでもない。でも最後のチャンスかなって思って懸命にはやってるんですが」
「まあ、楽しんでやりましょうよ。イベントのPAばかりな僕にとっても久しぶりな音楽録音ですから」

立ち話をしている間にすっかり搬入は終わった。
使い込まれた片側8チャンネルのミキシングコンソール。大きなオープンリールのデッキ。
そして沢山のマイクとマイクスタンド。
きれいに束ねられたケーブルたち。
原田は、まるで自分のスタジオのように迷いなくマイクセッテイングをしてゆく。
モニタースピーカーを最後につなぐと、ブースからガラス越しにユミに音を出すように要求する。

ユミは譜面を見つめ、鍵盤に手を置いた。

                             つづく