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小説のつづき 13

旅行から帰って一週間後、僕達は約束通り、大阪で会う事にした。ユミからは、
電話で落ち着いて話ができるところがいいからと場所のリクエストがあったそ
こは、南にある電鉄系のホテルのスカイラウンジだった。
ロビーに7時までには行けると僕は伝えた。
彼女の旅行の時とは打って変わった、少し沈んだ電話の声が気にかかった。

僕は、上手く仕事の切りを付けてホテルへ6時半頃についた。ホテルの外はター
ミナルに出入りする人や、ビラを配る人、待ち合わせをする人たちで一杯で、1
2月に入って更に混然とした熱気のような物を感じさせた。しかし、一歩
ホテルに入るとロビーはまるで別世界のように静まり落ち着いていた。

彼女は、まだ来ていなかった。

金沢行きの二日間は本当に夢のように瞬間に過ぎ
去ってしまった。ユミの楽しそうな様子が、まだ心から離れない。
ロビーに立って入り口の方を眺めていると彼女が入って来た。今日は、綺麗な色
のスーツを着ていた。華やかな中にも品があって良く似合っていた。ユミは、僕
がいるのにまだ気付いていない。じっと彼女の方を見つめていると、ようやく僕
の姿を見つけてくれた。

「XX君早かったのね、待たせたかしら」

いつもの彼女の優しげな微笑みが僕を包んだ。

「いや、そんなに待ってないよ5分か10分くらいだよ」
「外は人が一杯ね。こんなに多いとは思わなかったわ。ここならね、XX君も会社
からすぐ来れるかと思って」
「うん、仕事も上手く終われたし、地下鉄に乗ればすぐだったよ」
「じゃあ、上に行きましょうよ」

僕達は、エレベーターを乗り継いで、最上階のスカイラウンジへ着いた。時間が
まだ早いのか広いラウンジには空席が目立った。僕達は窓際の席に案内された。

「ねえ、私軽く食事してもいい?少しお腹がすいたわ」
「ああ、そうしよう。飲み物は、ビールでいいかい?」
「ええ、生ビール、ジョッキじゃなくてグラスで頂戴」

注文を済ませると、彼女は、この間の旅行が楽しかったと話し出した。そして、
僕が12月に入って忙しいかと聞いた。

「それがね、今度、広報部で企業広告をやる事になりそうなんだよ。それも業界
紙じゃなくて、一般誌の週刊誌とか月刊誌にね。うちの部長が、やたら張り切っ
ちゃって大変なんだよ。しかも、一応宣伝部もアイデアを出して社長にプレゼン
するって言うんだよ。社内競合プレゼンてわけさ。宣伝部が使っている代理店を
使うなって言うもんだから、うちをメインでやってない広告会社を呼んでね、僕
が一からオリエンしてるんだよ。年内にラフを作って、年明けそうそうに社長プ
レゼン。これで年末も忙しくなりそうだ」
「そうなの、大変ね。でもXX君の広報部としては、いい仕事なんでしょう?」
「そうだよ、媒体を複数使うペイドパブなんて久々の仕事だよ。宣伝部にとられ
るわけには行かないなあー」
「じゃあ、忙しくなるわね」
「まあね、でも君にあえる時間だけは確保するよ、僕のためにもね」
「ありがとう」

ユミは僕の方を見ずに、小声でそう言うとじっと窓の外を見つめていた。

「外は夜景がきれいね、こうして見ると、やっぱり大阪も大都会ね。この夜景を
見ると私、東京を思い出すわ。高い所から見ると、東京も大阪も同じように見え
るわ」
「でも東京はやっぱりスケールが違うよなあ、大阪の何倍もあるだろう」
「私ね、話って言うのはね、東京に来ないかって言う誘いが急に来たのよ。それ
で悩んじゃって、私の正直な気持ち話すから、XX君に聞いてもらおうと思って」
「東京へ行くって?音楽関係で?でも今の仕事は、どうするんだい。それに僕の
事だって・・・」


「そうよね、でもチャンスなのよ。多分私にとってラストチャンスかも知れな
い。実はね向こうで、私と同じキーボードやってるK子からの紹介なの」
「今度、Sレコードから、新人の男性二人のユニットがデビューするのよ。いま
ね音楽業界は、今年大ヒットしたUとか、R&BのMとかヒットしてるグループでも
中心は女性ボーカルで、男性で幅広い層に受けるグループがいないのよ。で、若
い子、両方ともシンガーソングライターなんだけど、二人をくっつけてデュエッ
トにして大々的に売り出そうと言う計画なの」
「それと君が東京へ行くのとどう繋がるんだい?」
「えっとね、ヒップホップとかR&Bとかじゃなくて、メロディーラインの綺麗な
歌を聞かせるユニットにしようと、二人を人選したみたいなの。それで、全国を
コンサートしながらキャンペーンして歩くんだけど、当然カラオケってわけに行
かないから、バックバンドがいるのよ。で、K子がオーディションに合格してた
んだけど、来春からのスタートで一月から、リハーサルに入らなくちゃいけない
のに体壊しちゃってね、もうゆっくりオーディションしてる時間がないから、K
子が私の事プロデューサーに推薦してくれたの。音楽の傾向からして踊ったり
飛び跳ねたりしなくていいから、他のメンバーも、けっこうベテランを配してる
のよ。だから彼らをある程度指導できて、腕がよくて全国を廻れる体力があれば、まずはOKなの。デモテープは前からK子に預けてあったから、それを聞いたプロデューサーもいいだろうって」

「私との契約は、Sレコードのタレント部門のSミュージックと。期間は彼等
のメジャーデビューまでの約一年間。SレコードはSミュージックと共同で相当力
を入れて売り出すみたい」

「マイナーレーベルじゃないのよ! それで、来週中にも一度東京へ来てほしいって言われてるの」
                               つづく